333)挙兵
黒騎士レナンが、皇帝ユリオネスを始めとするゼペド等白き偽神の狂信者達を倒して、三日が過ぎた……。
「……死んだ筈の皇女エリザベートが皇位を継ぐ!? この様な事、認められるか!」
ロデリア王国との国境沿いにあるブラン辺境伯領の領主ストフスは、ギナル皇国皇都カナートから送られた書簡を握り締め叫んだ。
「閣下……やはり、先日……空に映し出された映像は……事実だったと言う事でしょうか?」
「あんなものは、魔法か何かを利用した唯のまやかしだ! 恐れるに足らん!!」
領主ストフスに書簡を届けた配下の者は、恐る恐る問うが……ストフスは聞く耳を持たず切り捨てる。
3日前……ここ、ブラン辺境伯領の領主館上空にも……傀儡皇帝ユリオネスが、皇女エリザベートの前で跪いて宣言する映像は映し出されていた。
「そんな、まやかしよりも! 此方の方が大事だ! 見るがいい、皇女の奴が送ってきた書簡を! 敵国ロデリアと不可侵条約を結ぶなど! 腑抜け共め!!」
ストフス辺境伯は、たった今届けられた書簡を一目見て激怒して叫ぶ。
ブラン辺境伯領は、ロデリア王国侵攻軍事拠点として……前皇帝ユリオネスの指示を受けた皇国中央政府より莫大な支援を受けていた。
しかし、今は亡きユリオネスの後に皇位を継いだ皇女エリザベートは、今までの他国排他路線と180度変わり、ロデリアを始めとする諸外国との融和を掲げたのだ。
そうなると、ロデリア王国の侵略拠点であるブラン辺境伯領は、ギナル皇国中央政府から、支援を打ち切られ弱体化するだろう。
事実……皇女エリザベートは、ストフス辺境伯に対し国境軍事拠点の解体を求めてきた。
それが断じて許容出来ない領主ストフスは、激高して叫ぶ。
「……戦を知らぬ、成り上がりめ! このまま、事態を傍観する訳にいかぬ! 兵を集めよ!! 皇都カナートに向け挙兵する!!」
ブラン辺境伯領の領主ストフスは、大声で配下の者達に指示を下した。
こうして、ロデリア王国侵攻の為に配備されたブラン辺境伯領の大軍は、皇都カナート侵攻の為に進軍を始めた……。
◇ ◇ ◇
「な、何だと!? ブラン辺境伯領が謀反!?」
ギナル皇国皇都カナートの皇城、玉座の間にて……兵達の報せを聞いたラザレ将軍が、驚き叫ぶ。
ここ玉座の間には、皇女エリザベートが玉座に座り、その左右には女性型アバターのAIオニルと、護衛を務める一体のリベリオンが各々立つ。
他にはラザレ所軍と、その部下ネビルに一級冒険者のフワンと、エリザベートを長らく支えてきたガストン以下配下の者達が居た。
「して、その数は?」
「は! ブラン辺境伯領の国境拠点や中継拠点より続々と兵が集まり、凡そ3万は下らないかと! また、侵略用の兵器として活用されていた大型魔獣も多数確認されています!」
同じく玉座の間に居たガストンが、報告してきた兵に問うと予想以上の大軍が、此処カナートに迫っている事を聞かされる。
「むぅ……。ブラン辺境伯領はロデリア侵略政策で、潤っていた領地だからな。此度の不可侵条約が我慢ならんのだろう……。私欲に塗れた俗物共が……!」
兵の報告を聞いたガストンは、忠義心の欠片も無い領主ストフスに憤る。
「で、でも……3万の大軍は脅威です! こんな時に黒騎士様が居ないとは……! エリザベート陛下、あの御方が何処に居られるか、ご存知ですか!?」
「……レナン様は、大切な方の墓前へと向かわれました……」
そんな中、女性騎士ネビルが、レナンの不在に焦りエリザベートに問うと、彼女は小さな声で答えた。
「と言う事は……黒ちゃんはロデリアって事ね~」
「オニル様、黒騎士様はいつお戻りになりますか!? このままでは皇都は戦場になってしまいます!」
エリザベートが小さく呟くと、横に居たフワンが如何にも困った様子で応える。
そんなやり取りを見ていたネビルが、皇女の背後に立つ美しい女性アバターのオニルを問い詰めた。
「全く、貴女達はどうしようもない愚劣且つ低能な存在ですね。偉大にして至高のマスターが、この様な事態を想定していなかったとでも?
貴女達が狼狽してオロオロと怯える様は、AIとして興味深い様では有りますが……もはや、マスターが最初の内に、全て処置を終えております。
とは言え、皇都カナートに危機が迫った時は……マスターをお呼びする事になっておりますので、お声掛けさせて頂きます」
問うたネビルの問いを受けた、AIのオニルは狼狽する彼女達を淡々と小馬鹿にしながら……ロデリアに居るレナンを遠距離通信で呼び出したのだった。
◇ ◇ ◇
その頃……黒騎士レナンは、ロデリア王都高台にある墓地に来ていた。
「……マリアベル……遅くなって済まない」
この墓地は高台にある為、破壊された王都が一望出来る。
墓地の端側に建てられた白い墓の前でレナンは跪き、花を捧げて……ここで眠るマリアベルに話し掛けた。
彼は鎧を纏った黒騎士の姿だったが、その声は偽装されていない元の声だ。
彼の頭上には、白く美しい戦艦ラダ・マリーが浮いている。ラダ・マリーも今は亡きマリアベルを偲んでいる様だった。
10日程前のゼペド等襲撃によって……ロデリア王都の死者は40万を超えた。
無残に殺された者達の、その亡骸は無数のレギオンによって焼き尽くされたり、喰われたりと……彼等の殆どが原型を留めていなかった。
僅かに人としての姿が残っていた遺体も、損壊が多く身元が分らない事より、纏めて焼却され共同墓地に埋葬される。
病原菌の発生の恐れも有る為、遺体処理はオニルが指示して、リベリオンが主力となって迅速に行われた。
そんな死者の中で、身元が分り引き取り手が有る者達は、墓が立てられ埋葬された。
……マリアベルもその一人だった。彼女はこのロデリアに取って英雄だった為、特に大切に埋葬された。
マリアベルは、共に亡くなったオリビア達白騎士隊と一緒に、眠っている。
彼女達の墓には、誰かが参っているのだろう。花が添えられていた。
「……これは……ソーニャか?」
レナンが白い花を見て呟いた時だった。
“マスター、皇都カナートで緊急事態です。想定通り、内乱が発生しました”
彼の脳内に、AIのオニルがテレパスで、ギナル皇都に迫る危機を伝えてきた。
「やれやれ……仕方無いか……。オニル、俺の“死体”は上手く出来たか?」
“はい、マスター。強制強化前のサイズで、複製素体は製作完了しています。また、マスターの指示通りの加工も済んでおります”
「……分った。その死体をアルフレド殿下に引き渡せ。後は手筈通りのシナリオで、アルフレド殿下達に頑張って貰おう」
オニルの答えにレナンは続いて指示を出した後、ゆっくりと立ち上りマリアベルが眠る白い墓に向かって声を掛ける。
「……マリアベル……ゆっくり出来なくて済まない。また来るから……」
レナンはそう呟いた後……光に包まれ、白き戦艦ラダ・マリーへと瞬間転移したのだった。
◇ ◇ ◇
オニルから呼び出されたレナンは、白き戦艦ラダ・マリーにてロデリアから皇都に戻ってきた。
その時間はオニルから連絡を受けて、5分も経過していない。転移機能を繰り返し行った為、超長距離を一瞬で移動できたのだ。
皇城玉座の間で、オニルから状況を聞かされたレナンは第一声、呆れた様に呟いた。
「……予想より、随分遅かったな……。呑気なものだ」
「はい、マスター。兵を集めるのと移動に時間を要したようです。それで、どうされますか? 自動生産プラントに配置した砲台で挙兵した部隊を焼き払い、その後にブラン辺境伯領を破壊しますか?」
「馬鹿を言うな、オニル。もはや、この皇国での戦いは終わった。後は、防衛システムが問題無く機能するかを見るだけだ。自動的にクーデターを鎮圧できるか、その点を確認したい」
「はい、マスター」
物騒なオニルの問いに、レナンは明確に拒否しながら目的を伝える。
「何をする心算だ、黒騎士……?」
「案ずる事は無い……既に手は打ってある。そなた等は、ここで火事場泥棒共が躍る姿でも見ていれば良い。寧ろ躍った奴らを如何するかが、そなた等の仕事だろう」
そんなレナンにラザレ将軍が問うが、彼は答えながら指を鳴らすと玉座の間に、巨大なスクリーンが映し出された。
そのスクリーンには、ブラン辺境伯領から挙兵された大軍が映し出された。
ロデリアのジェスタ砦に侵攻した巨大な魔獣ロックリノも沢山おり、その背には兵士達が乗る。
この大軍が皇都カナートに攻め入れば、此処は成す術も無く陥落するだろう。
「……大変な数ですね……。叔父上の息が掛かった者達の勢力は衰えない、と言う事でしょうか……」
「皇女殿下、何も心配は要りません。もはや、殿下の歩みが阻まれる事は二度と無いでしょう。それを今……お見せします」
不安そうに呟いたエリザベートの横で、レナンが静かに答えるのであった。
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