31)囁(ささや)く少女
口喧嘩をするティアとリナ、そして其れを止めようとしているジョゼ達3人の前にソーニャが来てティアに呼び掛ける。
「ティアさん……貴女が話していた冒険者について……私、とても興味が有るわ。もし良かったら貴女の話、聞かせて頂けないかしら?」
「えーと……貴女誰だっけ?」
「私は最近このクラスに編入されたソーニャ フォーセルよ 改めて宜しくね」
ティアの問いに可愛らしく微笑んで答えるソーニャ。
突然やって来て、話を聞かせてと言うソーニャにリナは露骨に不審な顔を浮かべ、問い掛けた。
「貴女、確か先月までは違うクラスに居た子だね? 人伝で貴女の事は可愛くて人気者って聞いた……。その貴女が何でティアを? 言っとくけど、この残念令嬢は、貴女が想っている以上にポンコツだぞ?」
「……今何て言った? 馬鹿リナ?」
リナがソーニャに話したティアの評価に、当のティアが怒りを露わにしたが、ソーニャが場を取り持つ様に明るく話した。
「御免なさい! 仲良く話す貴女達の邪魔をしちゃって……実は、私の姉は王城に務める騎士なの。それで私も憧れて姉の様に騎士か、冒険者になりたいって思っていた時にティアさんの話が聞こえて……」
恥ずかしそうに俯いて語るソーニャの言葉を聞いたティアは満面の笑みを浮かべ、ソーニャの手を両手で握り話す。
「ソーニャさん!! 私は貴女の気持ち、凄く分るわ! 私の場合は幼い頃父が寝る前に聞かせてくれた騎士物語や冒険譚が大好きでね! それでずーっと彼等の様になりたいと憧れていたの! 同じ想いを抱く同志として貴女を歓迎するわ!」
「有難う、ティアさん。貴女とは是非お友達になりたいと思っていたの」
「ティアって呼んでいいわ! 私も貴女の事ソーニャって言うから!」
「ええ、ティア」
ティアとソーニャは微笑合い、そして握手を交わしたのであった。その様子をジョゼは両手を組んで喜び、リナは本を読みながら訝しげに見ていた。
◇ ◇ ◇
それから暫く時が経ち、ティアとソーニャはすっかり仲が良くなった。逆にソーニャを訝しむレナとティアは大ゲンカになり、それから口を聞いていない。
ジョゼとは話すが、リナと仲直りして欲しい彼女とも、ティアは何となく疎遠になってしまった。
今日もティアとソーニャは学園の中庭で昼食を取りながら、楽しく話し合う。
「……それでね、昔からレナンの奴は無茶ばっかり……弱い癖にさ」
「でも、ティア……貴女と、そのレナン君? とは婚約したんでしょう? あんまり悪く言ってはダメよ? でも……婚約か……私にはちょっと考えられないな。でも良くティアは決心したわね?」
ここに居ないレナンをいつもの様に話題にするティアに対し、ソーニャは問い掛ける。
「何の事かしら、ソーニャ?」
「レナン君の事よ? 貴女にとっては長らく弟だった男の子でしょう? それに貴女は年上の大人の女性……婚約して結婚ってなったら貴女は小さな弟と生涯を過ごす事になるのよ……。
貴女の様に自立した女性には、大人びた包容力のある男性の方が似合うんじゃないかって考えてしまったの……あ! いえ、レナン君がダメとか……そう言う意味じゃ無くてね……。
気に障ったのなら御免なさい……」
そう言ってソーニャは本当に申し訳無さそうにティアに侘びる。対してティアは慌ててソーニャの手を取り声を掛けた。
「いいのよ、ソーニャ! 貴女が私の事を想って言ってくれた事は良く分るから……。でも“大人びた包容力のある男性”か……考えた事も無かったな……私の周りにはレナンかエミルお兄様しか居なかったから……」
「ええ!? 義理とはいえそんな理由で婚約者としてレナン君を選んじゃったの!?
良く聞いて、ティア……貴女は行動力のある素晴らしい女性だわ……。だけど夢を叶える為に大事な時は振り返って考え直す事も大事よ……。
もし良ければ婚約者として弟のレナン君を選んでしまった……理由を教えて貰えないかしら? 聡明な貴女の事だから深い理由が有ると思うんだけど、私で良ければ相談に乗るわよ?」
ソーニャはそう言ってティアの両肩を掴み真剣な眼差しで問い掛けた。ティアは真摯に尋ねるソーニャにレナンと婚約に至った経緯を説明した。
「……そうだったの……ティア……貴女も辛かったのね……だけど良く話して貰えたわ……貴女にとって大切な事は大きく分けて二つ……騎士か冒険者になりたいと言う大きな夢の実現と……望まない結婚の回避……そう言う事で良いかしら?」
「……ええ、間違いないわ」
ソーニャはティアの両手を握りながら、真剣な眼差しで彼女に確認し、対してティアも同意した。
「それなら……私の言う事を良く聞いて考えて欲しいの……怒らないで聞いてくれる?」
「怒る訳無いわ、ソーニャ……貴女は最高の友達よ。何でも言って欲しいわ」
ソーニャは目に薄く涙を湛えながらティアに問い、ティアは迷わず彼女の答えを促した。
「それじゃ……ティア……貴女が目標とすべき大きな二つを叶える為には……婚約者は別にレナン君で無くても良いと思うの……。
貴女はきっと……その二つを叶えてくれそうな人が……他に居なかったから、傍に居ただけの……弟のレナン君を……婚約者なんて大切な事に選んでしまったの」
「わ、私は! 別にレナンの事を利用する心算なんて無かった……!」
ソーニャの言葉に、ティアは声を上げて否定する。ソーニャはそっとティアを抱き寄せ囁く。
「ええ、私は分ってる……貴女が行なった事に間違いは無いわ……間違っていたのは相手だったのよ……貴女はこのまま振り返らずにレナン君と結婚すれば、後悔する様に思うの……。
貴女は此処でもう一度振り返るべきじゃないかしら?」
「間違っていたのは相手……? もう一度振り返るべき……?」
ティアはソーニャに囁かれた言葉を反芻する。
ソーニャの囁きは決して決め付けず、ティアに行動を促す事で誘導されている事を麻痺させるのだ。ソーニャは続ける。
「一度、レナン君に相談してはどうかしら? そう言えば最近手紙が届いていないって貴女は言ってたけど、どうかしら?」
「ううん……レナンだけじゃ無く、ミミリの手紙も最近来ないの……私は沢山出してるのに……」
「……きっと冒険者として活躍する事が楽しくて……貴女の事を忘れているのかしら……? そうだとしたら酷い話ね……」
「……そうなのかな……もしそうなら……凄く嫌だ……」
ソーニャの話を信じたティアは涙目になって深く落ち込んだ。ソーニャはティアを抱き締めて囁きながら、ティアの思考を鈍らせ更に誘導していく。
「でも大丈夫……私は貴女の味方だし、きっと貴女の夢を叶えてくれる素敵な旦那様が直ぐにでも現れると思うの……」
「……本当……かな?」
「ええ、本当よ! 私の事を信じて?」
ソーニャは天使の様な微笑を浮かべ、ティアの両手を握る。ティアは涙目でソーニャの顔を見ながら何度も頷くのであった……。
いつも読んで頂き有難う御座います!
この話からソーニャが本格的にティアに対し囁き出しますが、彼女が言っている事は概ね真実です。ですが時折嘘を交えてティアを変えていきます。ソーニャは確かに悪い子ですが良い所も有るので見捨てないでやって下さい! 次話は「32)浮つく心」で明日投稿予定です。宜しくお願いします!
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追)一部見直しました!