325)ギナル皇国侵略戦-38(傀儡の末路)
ユリオネスを失脚させたレナンは、新たに皇位を継いだエリザベートの前に跪いた。
跪いたレナンを立たせて、エリザベートが話し掛けていた最中に、大声が響き渡る。
その場に居た者達が声がした方を振り返ると……そこには、異端審問官長官ヒドラが立っていた。
いつの間に移動したのか、ヒドラは這い蹲って泣いている“前”皇帝ユリオネスの近くに居る。
「在り得ない! 神である存在が……人に頭を垂れるなど! 在って良い筈は無い!! 如何に、姿が似ようとも! 巨大な力と技を持とうとも! 貴方が神であるなど……この私は認めない!!」
ヒドラは、レナンが皇女エリザベートの前に跪いた事が、我慢ならなかった様で……怒りに震えながら叫ぶ。
血塗れで重症な筈のヒドラは、どういう理由か……負った傷は癒されている。
そんなヒドラを見た三人の異端審問官は……一斉に立ち上がり、ヒドラに向かって駆け出す。
「往生際の悪い、この背信者め!」
「ヒドラ! もう一度死ぬがいい!」
三人の異端審問官は叫びながらヒドラに攻撃を仕掛け……同時に彼の体に、刃を突き立てる。
「ぎゃあッ!!」
刃を突き立てられたヒドラは、血を大量に吐き叫んだ。
「……死に損ないが! 白き神の御前で見苦し……!? こ、これは!?」
ヒドラの体に深く刃を突き立てていた異端審問官が、異変に気付き叫ぶ。
その異変は、刃を突き立てているヒドラ自身に見られた。死に掛けた筈のヒドラの体が大きく脈打ち……蠢いているのだ。
「さ、刺した刃が抜けん! な、何故!?」
脈打つヒドラの体を見て、離れようとした別な異端審問官は……突き立てた刃がヒドラの体より抜けず、驚き叫ぶ。
そんな中、刃に貫かれている筈のヒドラが……両手を広げて叫ぶ。
「……真の神より与えられし! この力の前に……背信者は死在るのみ!!」
そう叫んだヒドラが、振り上げた両手を交差する。すると……両手が鋭い針状に変形して、異端審問官達を貫いた!
「ガヒュ!」「うぎぃ!!」「あぎゃ!」
針状に変形した両手で貫かれた、三人の異端審問官達は、血を噴き出して絶命する。
「ヒドラ……な、何なんだ……その身体は!?」
「人……では、無いのか……!?」
両手を長く針状に変形させたヒドラを見た、ラザレ将軍とガストンが驚いて叫ぶ。
そんな中、リネトアの高度な知識を得たレナンは、ヒドラの変形した両手を見て……その正体に、予想が付き小さく呟く。
「……生物兵器と言う訳か……」
「はい、マスター。あのヒドラと言う男には……大脳前頭葉部に埋め込まれている増幅器以外に、体内に複数の増幅器が内装され……それと、同時に肉体に大幅な改造を施されています。
それらの改造手術により、ヒドラと言う男は自らの意志で……肉体の変形が可能でしょう」
「そうです! この私は……! 自らの信仰が認められ……白き神より、多くの力を賜ったのです! その力により、我が意で肉体を自在に変える事が出来る! 今し方……愚かな部下達を貫いた様に!」
レナンに答えたオニルの言葉を聞いたヒドラは……喜喜として叫ぶ。
この男に取って、ゼペド等白き偽神に……施された複数の改造手術は、自らの信仰が認められた褒美だと、信じ切っている様だ。
そんなヒドラ長官に、レナンは心底憐れみ呟く。
「……哀れな……。奴らから、自分が何をされたのか理解出来ないのか……」
「はい、その様ですね。ヒドラと言う男の改造手術は……白き偽神の一人メラフが、興味本位で試験的に行ったものです」
憐れみ呟いたレナンに、AIのオニルは淡々と答える。
「何をされたか理解出来ない? とんでもない! この私は、完全に分っていますよ? 私の篤い信仰が認められ……白き神より、多くの聖物を賜った、と言う事をね。
だからこそ……私の信仰は揺るがない!! 例え姿形を似せた紛い物の神が、降り立とうと……私に取っての真の神は、あの御三方なのです!!」
レナンの呟きにヒドラ長官は、誇る様に大声で答えた。
その表情は熱に浮かれ歪んでいる。盲信此処に極まれると言った様子だった。
そんなヒドラの様子を見て、レナンは呆れながら吐き捨てる。
「もはや、言葉は無意味か……。お前も殺すしか無さそうだな」
そう吐き捨てながら、レナンは皇女の横に居るオニルや、リベリオン達に目配せすると……彼等は皇女達を守るべく、守りを固める。
その動きを見て、ラザレ達も皇女エリザベートを守るべく、武器を構えた。
そんな中……ヒドラはレナンとエリザベートに向け、殺意を込めて言い放つ。
「……真の神への信仰の為……紛い物の貴方には、ここで滅んで頂きます……。皇女も何もかも、信仰の前には必要在りません。纏めて死んで貰いましょう」
「お、おお……ヒドラ長官よ……。お前は、あの神に戦いを挑むと言うのか……。そして……エリザベートも殺してくれると……!
な、ならば……見事、討ったあかつきには、皇帝として! お前が……の、望む褒美を何でも取らせるぞ!」
ヒドラがレナン達に戦いを挑もうとする姿を見た……“前”皇帝ユリオネスは、ヒドラの足にしがみ付き、喜び叫ぶ。
この浅ましい盗人皇帝は、自分では抗おうともせず、都合の良い結果だけを望んでいる様だ。
そんなユリオネスに、ヒドラは目をスッと細めて尋ねる。
「……望む褒美を何でも? それは本当ですか、ユリオネス陛下?」
「う、うむ! 奴らを倒したならば……領土でも、金銀でも、欲するだけを与えると、約束しよう!」
問うたヒドラに、ユリオネスは大仰に答える。この男は、いまだに自分が皇帝であると勘違いしている様だ。
「……恐れながら、陛下。……私が欲するのは、元より唯一つ。それは……背信者共の死です!!」
“ザヒュ!!”
「ぐ、ぐげぇ!!」
“前”皇帝ユリオネスの妄想を聞いた後、ヒドラは大声で叫び……腕を針状から、大きな刃へ変形させ、ユリオネスを切り捨てる。
ヒドラの刃と化した腕に斬られたユリオネスは、悲鳴を上げて倒れた。
ヒドラは、もう片方の手を触手状に変形させ……斬られて倒れたユリオネスを縛り上げ、持ち上げた。
“グググ!”
「ひ、ひぃ……た、助け……」
不気味な触手状の腕で、持上げられたユリオネスは、斬られた痛みの中、朦朧としながら命乞いをするが……。
「……背信者ユリオネス……貴方が、真の神を捨て……降って湧いた紛い物に、媚びる姿は一部始終見ておりました。この皇国に背信者は、例え皇帝であろうと不要です。さっさと死に絶えなさい!!」
“ザン!!”
命乞いも空しく……大声と共に振るわれたヒドラの刃状の腕により、ユリオネスは首を刎ねられ、一瞬で絶命する。
“ドサッ!”
ヒドラは、首が断たれたユリオネスの身体を、放り投げた後……下らなそうに呟く。
「……もはや、ユリオネスの様な傀儡皇帝は不要です。紛い物と共に皇女も滅した後には……このヒドラ自身が新しき皇帝となり、このギナル皇国を信仰の名の元に導きましょう」
“前”皇帝ユリオネスの首を刎ねて殺したヒドラは、その亡骸に向け吐き捨てる。
ユリオネスの浅ましい態度は、狂信者のヒドラに取って……もっとも許しがたい態度だったのだ。
こうして……傀儡皇帝ユリオネスは、盲信に狂う異端審問官長官ヒドラによって殺されたのだった。
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