315)ギナル皇国侵略戦-28(皇女として)
異端審問官トネギを倒した後、黒騎士レナンは地下水路に居た皇女エリザベート達を全員、皇城大ホールへと転移させた。
黒騎士レナンはエリザベートへの謁見時において、皇女は粗野な女性ジルの口調で、レナンに来訪の目的を問うた。
意表を突いた皇女エリザベートの言葉に、レナンは思わず素の口調で返答する。
その時の、黒騎士レナンの声は偽装された低い声では無く、レナン本来の若々しい声だった。
「く、黒騎士様……? 今の声は……?」
「あら~?」
「ハハハ、可笑しくて思わず戻してしまった……。演技に関しては、貴女の方が遥かに先達の様だ。何せ、俺は始めたばかりだから」
レナンの素の声色と口調を聞いて、皇女エリザベートと彼女の横に居たフワンは驚く。
対する黒騎士レナンは皇女に向かって、明るく笑って話した。
「……やっぱり、この声……凄く若い」
一方、女性騎士のネビルはレナンの若々しい声を再度聞いて、彼の年齢を予想する。
「……先程の貴女の問いに答えたい所だが……今は“ゴミ掃除”の途中故に、終わってからにしよう」
レナンは本来の若い声で話した後……元の低い声に戻して答えた。
「ゴ、ゴミ掃除とは……?」
「……聞かない方が良い」
「それは……何故で御座いますか?」
「貴女はうら若き乙女……汚れ仕事は、俺に任せてくれ……」
問うたエリザベートに対し、レナンはそれ以上答えようとせず、背を向けた。
対して皇女エリザベートは、我慢出来なくなり叫ぶ。
「てめぇ!! 此処に来て、それはねぇだろ!? 王族か、黒騎士様か、何だか知らねェが!! うちのシマに土足で入り込んで、後は任せろだぁ? この国は、アタシ等の国だ! アンタの目的が分らん以上、勝手なマネはさせられねぇ!」
「こ、皇女殿下!?」
「黒騎士を刺激しては……!」
皇女エリザベートは……一切の遠慮なく、黒騎士レナンに向け大声で問うた。
本音で話すと言ったエリザベートは、ジルの口調でストレートに聞いたのだ。
その皇女有るまじき、粗野な言葉使いを聞いたラザレは驚き叫び、ガストン達も制止した。
漆黒の凶悪な鎧を纏った黒騎士は威圧感があり、その姿を見るだけでエリザベートは恐怖で気を失いそうだった。だが、本当の黒騎士の恐ろしさは外見などでは無い。
エリザベートとしては、黒騎士が絶大な力と技を持つ事は……先程、異端審問官トネギを一撃で倒した事や……たった今、左手一本で地震を起こした事より、明確に分かっていた。
下手な対応をすれば、身を滅ぼす事も十分理解している。だが、エリザベートは皇女として……一歩も引く気が無かったのだ。
ジルの口調で啖呵を切った皇女の足は、恐怖の為か震え……顔には血の気が無い。だが、レナンを見つめる目には強い決意が感じられた。
そんな皇女エリザベートの問いを受けた、黒騎士レナンは……振り返って、彼女の目をジッと見た後に呟く。
「……貴女の想いは良く分った……」
「……黒騎士様……」
静かに答えたレナンに、皇女エリザベートは……ドッと肩の力が抜け、小さく呟くのが精一杯だった。
エリザベートは、ジルと言う強気な女を演じる事で、恐ろし過ぎる黒騎士に強気で話す事が出来たのだ。
演技でも、ハッタリでも良いから……皇女として、黒騎士が皇国に取って敵か味方かを知る必要があった。
その為、命懸けで黒騎士に問うた訳だが、幸いにして黒騎士レナンはエリザベートの意を組んでくれた様だ。
その事に安堵して彼女は、一気に気が抜けた。
「済まない……貴女に配慮した心算だった。だが、皇女殿下は既に覚悟を決められている様だ。ならば、お答えしよう。
……俺が今から、やらんとしている事は……貴女の叔父上、現皇帝ユリオネスの処刑だ」
「「「「!?」」」」
静かに答えたレナンの言葉に、ガストン達配下の者等は驚き言葉を失う。
対する皇女エリザベートは、驚きながらも気丈に答える。
「……叔父上の事は……父アドニスの仇であり、そして皇国の窮状を見るに……皇女として、思う所は在ります。ですが……それは我らの事情。
……黒騎士様、貴方が叔父上を討つ理由が分りません。そして貴方様がこの国へ来られた事も……。それをどうか、お聞かせ下さい」
「……分った、お話しする……。俺が白き船ラダ・マリーに乗って、この皇国へ来た目的を……」
気丈に問うた皇女エリザベートに対し、レナンは自らの戦いについて話した。
一週間程前に、ゼペド達白き神がロデリア王都を壊滅させた事や、そのゼペド達をレナンが倒した事……。
同時に、徹底的に破壊されたロデリア王都に、配置された自動生産プラントや展開されたバリアーや、復興作業に尽力する白き龍リベリオンの様子を映像で見せて説明する。
ゼペド達は先兵に過ぎず、このアステアと呼ばれる世界が破滅の危機に有る事。そして其れを防ぐ為に黒騎士として戦いを始めた事……。
その為に、白き船ラダ・マリーやリベリオンを造り……ギナル皇国を始めとする他国を統一する心算で在る事を、簡単に説明した。
但し、先代の黒騎士マリアベルの事や……レナン自分の出自等に関する情報は、敢えて話さなかった。
「……ゼペド等白き偽神共を倒した俺は……奴らを崇拝していた現皇帝ユリオネスと、その配下の者達を残らず殺す。先程、倒した異端審問官の様に……。
その後は、今し方説明した通りだ。ラザレ達にも話したが……この皇国に防壁を築いた後は、皇女殿下……貴女に、この皇国をお返しする」
「し、信じられん……白き神を倒したと……!? その様な事が本当に!?」
「だが……事実ならば、正に僥倖……! そして現皇帝打倒は……我々にとっても悲願……!」
「その様な夢物語を、信じて良いものか……?」
「……空に浮かぶ巨大な船も、この白き龍も……黒騎士の手に寄ると? にわかには信じられぬ」
「……それに、ロデリア王都が壊滅……? 在り得る話なのか?」
ガストン達配下等の意見はレナンの言葉に、概ね懐疑的だった。黒騎士レナンの言う事が到底事実と思えず、信じて良いか判断が付かなかったのだ。
彼等の否定的な意見が飛び交う中で、黙って聞いていたラザレ将軍が割って入った。
「……ガストン殿、貴方は、身分と名を偽っておられますが、ずっと以前に引退された先々代の近衛騎士長ミルス殿ですね。風貌も変えられ、気が付きませんでしたが……」
「確かに……過去、その様に呼ばれていた時も有った。だが、その名は捨てた。先代アドニス皇帝陛下の崩御と共にな……。今は料理長のガストンだ」
ラザレは料理長ガストンに問うと、彼は自分の正体について認めた。
「皇女殿下を御守りする為にか……。正に貴方は、皇女殿下を長きに渡り御守り頂いた忠義の騎士と言えよう。貴方だけでは無い、此処に居る方々や……厨房で皇女殿下を御守りしていた方々も……。それに比べれば、この私など現政権の犬と成り果て……生き恥を晒すばかりでした……」
ラザレが心底悔しそうな顔で答えると……ガストンの近くに居た皇女エリザベートが声を掛けた。
「いいえ、ラザレ将軍……。貴方は白き神や叔父上である現皇帝ユリオネスの横暴より、皇国を守る為……陰ながら尽力されていた事は分っております。
辛い立場の中、彼等に組せず……御自分の信念を持って。その為に、異端審問官に目を付けられた故に私達としても、将軍……貴方に表立って接触する事が叶いませんでした。……ネビルも良く将軍を支えてくれましたね。
それと……偽装の為とは言え、ジルとしてキツく当たってしまって御免なさい……」
「勿体なき御言葉……!」「こ、皇女殿下!」
皇女に声を掛けられたラザレとネビルは……喜びの声を上げ、その場に跪いて頭を垂れる。その上で、ラザレは進言した。
「皇女殿下、そしてガストン殿に申し上げます……! そこな黒騎士は……敵である筈の私やネビルを何度も救い、多くの異端審問官を倒しました。
その力は、正に神業! この黒騎士なら白き神を倒せるでしょう。そして、この者は皇国の敵では有りません。このラザレ、黒騎士は信じるに値する義勇の士であると確信しております」
「……皇女殿下、私もラザレ閣下と同意見です! 黒騎士様は……あの邪悪な白き神を超える御方。にも拘らず……この御方は、我ら人と寄り添える心を持っています! 黒騎士様こそ、皇国の救いとなる方です!」
黒騎士レナンの戦いを傍で見ていたラザレとネビルは……自らが感じ入った思いの丈を込めて、皇女に進言した。
対してエリザベートは、黙って聞いていたが柔らかい笑みと共に、彼等に話し掛ける。
「……闇に満たされた皇国に在って、自らを失わなかった……貴方達が言うのならば、間違い無いでしょう。私は、皇女として黒騎士様を信じます」
跪いて、皇女に進言するラザレ将軍と部下のネビル。そんな二人に皇女エリザベートは明確に答えたのだった。
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