310)ギナル皇国侵略戦-23(攫われた少女)
厨房で働く強気な女性ジルを演じていた皇女エリザベート。彼女は食糧庫で料理長ガストン達配下の者達と……黒騎士レナンについて、密かに協議を行っていた。
そんな中、用心棒として雇われている女性冒険者のフワンが、駆け込み……給仕係のナミが連れ攫われた事を伝えたのだった。
事情を聴いた皇女エリザベートは、配下の者達を引き連れてフワンと共に、ナミの救出に向かう。
「……それで、ナミはどの様な状況で連れて行かれたのですか?」
「えーっとね~、私も洗い場でお皿洗ってたから、直接見た訳じゃ無いんだけど……。他の給仕係の女の子達から、その時の状況を聞いたのね。
それによると、ジル姉が食糧庫に行った後に、負い出されたハゲ……いや、毛髪の寂しいオジサンが戻って来て……ナミちゃんを無理やり連れて行ったみたい……。その時、オジサンは地下水路に行くって態々(わざわざ)教えて行ったんだって。
その話を聞いた、バリーさんや他の人達が直ぐにナミちゃんを助けに行ったんだけど……私は厨房の人達に、ナミちゃんの事をジル姉に報せてって言われたの」
ナミの救出に向かいながら皇女エリザベートは、同行するフワンに連れ去られた状況を確認する。
皇女達は、フワンが食糧庫に駆け込んだ際に彼女から、給仕係ナミが攫われた状況を、あらまし聞いた。
それでナミが、中年の男に地下水路へ連れて行かれた事を知り、フワンと共にエリザベート達は地下水路に向かったのだ。
向かっている地下水路は厨房や食糧庫よりも下層にあり、複雑に入り組んだ構造となっていた。
なお、フワンの本業は一級冒険者で、冒険者ギルドの紹介を経て皇女エリザベートの護衛として雇われているが……皇女同様、素性を隠す為に普段は洗い場で働いている。
従って厨房ではフワンはエリザベートの事を“ジル姉”と呼んでいたが……ONとOFFの切り替えが困難なフワンは、エリザベートが皇女と言う立場にも関わらず、タメ口で話す。
そんなフワンの言葉使いに、エリザベートの横に居るガストンが青筋を立てて、怒ろうとするが……皇女は、それを制止し質問を続ける。
「……成程……敢えて場所を伝えた、と言う事は……私への報復と言った所でしょうか?」
「皇女殿下、これは明らかに罠ですぞ! 殿下自ら、給仕係の娘を助けに行かずとも!」
「そうです! フワンの話では、騒ぎを聞き付けたバリー達が救出に向かったと! なれば皇女殿下が行かれる必要は御座いません!」
あからさまな罠に、皇女エリザベートが呆れた様に呟くと……配下の者達が、ナミ救出に動く皇女を諌める。
「……いいえ、この場は私が行くべきなのです。私が演じる“ジル”によって、ナミは巻き込まれてしまった。
ナミは“ジル”である私を何時だって慕ってくれています。そんなナミの危機に、大人しく座して待つなど……この私には出来ません」
「し、しかし!!」
ナミ救出を制止する配下達に向かい、エリザベートは自らの想いを伝える。尚も食い下がる配下だったが、そんな中フワンが間延びした声で割り込んできた。
「大丈夫、大丈夫ですよ~。何て言ったって、ジル姉の傍には~、この私が居るのですから~!」
「そんな、お前だから心配なのだ! 本当に大丈夫だろうな!?」
「フワンはやる時は決める子ですよ~、大船に乗った気持ちで任せちゃって下さい~!」
ニコニコしながら自信たっぷりのフワンに、ガストンは心配で堪らない様子で釘を刺すが、対するフワンの返事はどこまでも軽かった。
そんなフワンに脱力しながら、エリザベート達は地下水路へと急ぎ向かう。
皇城地下より湧き出る地下水を汲み上げて、皇城から皇都へと送っている地下水路は、広大で複雑だ。
厨房から長い通路を抜けて、皇女エリザベート達は漸く、地下水路へと辿り着いた。
すると其処には……。
先にナミの救出に向かった筈の、バリー達が倒れていた。
「バ、バリー!? それに皆も! しっかりなさい!」
エリザベートは、倒れているバリー達に駆け寄り声を掛ける。
彼等は、辛うじて生きている様だが……深い傷を負っており危険な状態だ。
「この傷は、剣か何かで斬り裂かれた様ですな……。とにかく応急処置を。フワン、お前の魔法で彼等を癒してくれ」
「はい、今すぐに!」
皇女に続いてバリー達に駆け寄ったガストンは、彼等の傷を見て呟き……横に居たフワンに指示する。
フワンは力強く応えると、何処からか短杖を取り出し、回復魔法を唱え彼等を癒す。
皇女エリザベートは、治療を受けるバリー達を見て……悲しそうな顏を浮かべ呟く。
「……ひ、酷い……何故、こんな事に……」
「ヒヒッ そ、それはなぁ! お前の所為だよ! ジル! キヒヒ!!」
瀕死のバリー達を見て、エリザベートが悲しみ呟いた時だった……。地下水路の奥から気味の悪い笑い声が響く。
驚いたエリザベート達が、笑い声が聞こえた方を見ると……。
厨房でジルに扮したエリザベートが追い出した、中年の男が姿を見せる。
「……厨房での態度とは随分違うじゃないか、ジル! いいや……こう呼ぶべきかな、皇女エリザベート!!」
禿げ上がった中年の男は……ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、ジルの正体を看破して叫ぶ。
その様は、厨房でジルに恫喝され、ビクビクしていた態度とは、完全に違っていた。
皇女エリザベートは、その変わり身の早さと自らの正体を見抜いた事より……中年男の正体に気が付き、叫ぶ。
「まさか……異端審問官……!」
「そうさぁ! 俺の名はトネギ!! 大食堂に通いながら……お前と、お前の部下達の行動を監視してたって訳よ! 俺の演技も、お前に負けて無かっただろう? キヒヒィ!」
トネギと名乗った異端審問官は、嫌らしい笑い声を上げた。
「お、おのれ! よもや我らの事が知られていようとは!」
「先ずは、皇女殿下をネネスに! 此処は我らが!」
正体を現した異端審問官トネギに、ガストン以下配下の者達は……叫びながら決死の覚悟でトネギに立ち塞がる。
彼等の叫びを聞いたフワンは短杖を構え、皇女エリザベートを守るべく彼女の前に立った。
だが、皇女エリザベートは逃げようとせず、怒りを湛えながらトネギに向かい叫ぶ。
「……成程、私を誘き寄せる為にナミを……! 目的を達したのなら、もう良いでしょう! 今すぐナミを開放しなさい!」
「ヒヒヒ! ナミなら、ココに居るぜぇ!」
皇女エリザベートの叫びに、異端審問官トネギは嫌らしく笑いながら右手を上げると……。
“ザザザ!”
水の流れる音と共に、地下水路の奥から給仕係のナミが姿を見せる。
しかし、その体は……巨大なスライムの如き、生物の様にうごめく水で包まれて拘束されていたのだった……。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は1/26(水)投稿予定です、宜しくお願いします!