309)ギナル皇国侵略戦-22(皇女の決意)
厨房で働く、ガサツで乱暴な言動の女性、ジルの正体は……皇女エリザベートだった。
祖父役の料理長ガストンに食糧庫に呼び出されたエリザベートだったが、そのガストンに皇都脱出を進言される。
皇城の上空に、白き戦艦ラダ・マリーが出現した為だ。
皇都脱出を断固として断った皇女エリザベートは、食い下がるガストンに……今し方、手に入った情報に基づき語った。
「……お、恐れながら……皇女殿下……上空に現れた白き船が……我らに取って利に成るとは、一体何故に……?」
平伏しながら皇女エリザベートに問う、料理長のガストン。厨房では皇女が扮するジルの祖父と言う立場だが……真実は異なる様だ。
跪き頭を下げながら問うガストンに対し、皇女エリザベートは静かに答える。
「……根拠はバリーからの調査報告です。彼には食材の調達と言う名目で、皇都の現状調査を依頼していました。
そのバリーの調査では……皇城上空の白き船出現と同時に……皇都の端に黒騎士を名乗る、外敵が現れたとか。その者は、恐ろしく強く……ラザレ将軍が率いる大隊を、たった一人で打ち破ったそうです」
「な、何と!?」
「……黒騎士と言えば……確か、ロデリアの英雄騎士だった筈……。だとすれば彼の者の目的は、ギナルへの報復か……!?」
「そうであるならば、尚の事……皇女殿下には、ネネスへと御避難頂くべき……」
皇女エリザベートより聞かされた、黒騎士レナンの情報に……ガストン以下、皇女の配下達は動揺を抑え切れない様だ。
「皆、落ち着くのです……。話は此れからですよ? その、恐るべき黒騎士ですが……異端審問官から、ラザレ将軍と部下のネビルを守ったそうです。異端審問官をあっさりと下した後……ラザレとネビルを引き連れて、この皇城へ向かっているとか」
「ど、どう言う事で在りましょうか……?」
「この私にも、仔細は分りません。ですが……調査をして来たバリーのメモには、かの黒騎士はラザレの大隊を誰一人殺さず……一騎打ちを挑み敗れたラザレ将軍の首を取る直前……黒騎士はネビルに請われて見逃した、と在ります。
そして……異端審問官に襲われたラザレ将軍と部下のネビルを……わざわざ引き返して守り、傷まで癒したと……。
駆け付けた黒騎士は、異端審問官が放った大型魔獣も、指先一つで兵舎ごと滅ぼしたとの事です。また、信じがたい話ですが黒騎士は白き龍を使役したとも……。
フフフ……バリーも興奮していたのでしょう、書き記した文字も大分乱れていますね」
ガストンに問われた皇女エリザベートは、配下のバリーから渡されたメモより情報を伝える。
それを聞いていたガストン以下配下の者達は、困惑した表情を浮かべていたが……その内の一人が気になった事を呟く。
「何故……ラザレ将軍とネビルは、敵である筈の黒騎士に付き従っているのでしょうか? まさか、無理やり強制されているのでは?」
「……それは無いでしょう。ラザレもネビルも義に厚く信の置ける者達です……。それ故に、ラザレは将軍の立場でありながら、皇国の現状に反感を持ち……異端審問官から目を付けられています。その所為で、私達も彼に接触する事が出来なかったのですが……。
そんなラザレと、彼を敬愛するネビルが……我が身可愛さで、黒騎士に従うとは到底考えられません。彼の黒騎士には、ラザレ達を突き動かす“何か”が在るのでしょうね」
「「「「…………」」」」
跪く配下の問いに、皇女エリザベートは自らが感じた事を話す。彼女の言葉を受けたガストン以下配下の者達は、難しい顏を浮かべて考え込む。
重苦しい空気の中、皇女エリザベートが凛とした声で自らの決意を語った。
「……私は、この黒騎士に会って見ようと考えています」
「!? そ、それは危険過ぎます!」
「黒騎士はロデリアからの敵! 御無体はお止めください!」
「ま、先ずは我らに御任せを!」
皇女エリザベートの言葉を聞いた、配下の者達は一斉に制止する。
「……皇女殿下、恐れながら申し上げます……。かの黒騎士との接触は余りに危険……! 一先ずはネネスに避難頂き、黒騎士の事は我らに……!」
「いいえ、それには及びません。このまま何もせず静観しても、我らに先が無いのも明白……。そして、黒騎士がいつまでも、此処に留まるとも思えません。
会うとすれば、この機でしょう。貴方達の言いたい事も分りますが……私自身の目で黒騎士を見定める必要が有ります」
「し、しかし!!」
制止するガストンに、皇女エリザベートは静かに諭しながら、自らの決意を語る。
「……これは勘ですが……黒騎士との出会いは、この危機的状況を打破してくれる様な……そんな気がします」
そしてエリザベートが、自らの胸に感じる“淡い期待”を口にした時――。
「アギャ!」
どこからか、エリザベートの言葉を支持する様なタイミングで、聞きなれない鳴き声が響く。
「「「「!?」」」」
不思議な鳴き声を確かに聞いたガストン達と、エリザベートは驚愕し食糧庫の周りを見渡すが……彼等以外は誰も居ない。
ガストン達は念の為、食糧庫の奥まで確認に行ったが……鼠一匹見当たらなかった。
「……な、何だったんだ? 今の音は……。動物の鳴き声にも聞こえ……」
何も異常が無い事を確認した配下の一人が呟いた時だった。食糧庫の外側から間延びした女性の呼び声がする。
「ジル姉~、ジル姉~、そこに居ますか~」
その声を聞いたガストン以下配下の者達は……。
「……この声は、フワンか……。相変わらず間の抜けた声だ。用心棒として、冒険者ギルドから紹介受けたが……何と言うか、脱力する……」
「しかも……用心棒を引き受けたのが、“遠方に去った恋人を追う為に金が要る”とか恥も外聞も無い理由で……。一級冒険者としての矜持は無いのか」
「ですが、腕が立つのは事実です。利害関係が明確なのも読み易いですし……。何より、彼女の冒険者らしくないノンビリした性格は……私は嫌いでは有りません。フワンなら大丈夫でしょう。此処へ入れてあげなさい」
額を抑えて苦言を溢したガストン達に向かい、皇女エリザベートは食糧庫の中に、フワンと呼ばれた女性を招き入れる様指示した。
指示を受けたガストンは、食糧庫入口のカンヌキを外し、扉を開ける。すると……。
「ジル姉~! 大変だよ~! って……アレ、何で皆さん居るんですか? もしや、ジル姉巡って……修羅場!?」
「違うわ、愚か者! フワン、お前には我らの事情を伝えて有るだろう!」
扉が開いた瞬間……ミディアムショートの淡いブロンドをなびかせて……大きな瞳をした美人だが、如何にもノンビリした女性が飛び込んで来た。
女性は入って来ていきなり、検討違いな事を言い放ち……近くに居たガストンに怒られている。
「あ、そうだった! えーっと、今はジル姉は……皇女様モードだね。ご、ご機嫌麗しゅう……」
「な、何だ! そ、その無礼な態度は!」
ガストンに指摘されたフワンは、考えながら適当な挨拶をして、別な配下から怒られる。
「構いません、フワンは私にとって親友に等しい存在です。……それで、どうしたのですか、フワン? 貴女にしては、随分慌てていた様ですが?」
「そ、そう! た、大変だよ! ジル姉! ナミちゃんが、ナミちゃんが連れてかれたの! さっきジル姉が追い出したオジサンに!」
皇女エリザベートに問われたフワンは、彼女の手を掴んで衝撃の事実を伝えたのだった……。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は1/23(日)投稿予定です、宜しくお願いします!




