308)ギナル皇国侵略戦-21(ジルと言う女)
「オイ、おっさん! 給仕のナミのケツ……今度触ったら……、てめぇの粗末な息子、ぶった切んぞ!? ああ!?」
「ジ、ジル……! 済まねぇ……! 酒に酔っただけなんだ! 後生だからカンベンしてくれ!」
皇城の地下にある厨房……そこに併設された大食堂で赤毛の女が、頭頂部が禿げた中年の男の胸ぐらを掴んで恫喝している。
ジルと呼ばれた赤毛の女は顔立ては良いがキツイ目と、男以上に乱暴な言葉使いで、中年の男に噛み付いており……その様には女性特有の柔和さは皆無だった。
胸ぐらを掴まれている男は、ジルの迫力に圧倒され……完全に腰砕けで必死に謝罪する。
ジルの後ろには小柄な少女が、涙目で事の成り行きを見守っていた。この少女がナミと言う少女だろう。
状況的に……酒に酔った男が、給仕係のナミの体を触り……ジルに徹底的に責められている様だった。
ジルは、胸倉を掴んでいた男を突き飛ばして、言い放つ。
「ヒビって謝るくらいなら、最初からすんなって話だ! マジで次はねぇぞ……? 分ったか? 分ったら、さっさと出て行け!」
ジルに突き飛ばされた男は、這う様に大食堂から逃げ出して行った。
大食堂にはジルやナミ以外に、城仕えの者達が何人か食事の為に居たが……皆、ジルの怒りが恐い様で、下を向いて黙って食事している。
「はん! 情けねえ野郎だよ! そんなに女、触りてぇんなら……色街でも行きやがれってんだ!」
「……ジ、ジル姉……も、もう良いよ……。い、いつも有難う……」
出て行った男をジルが見下しながら吐き捨てると、後ろに居たナミが恐縮しながら答える。
「良いって事さ! だけど、ナミ……お前もやられっ放しじゃダメだぞ? 水くらい、ぶっ掛けてやんな!」
「で、でも……私……」
「……ああ、分ってる……。何か有れば私に声掛けな。何時だって助けてやるよ!」
「……ジル姉……!」
ジルは礼を言って来たナミの頭を撫でながら優しく声を掛け、対するナミはジルの手を取り感謝する。
そんなジルとナミの周りに、別な給仕係の女性達が集って来た。
「ジル……! 良く言ってくれたわ……! 胸が空く思いだった!」
「本当! あの男……ナミにしつこく言い寄って来て、気持ち悪い! しかもナミだけじゃ無く、キリアにも声を掛けて……。最低な奴だわ!」
女性達はナミに絡んだ中年の男を撃退した、ジルを手放して称賛した。
「……そう言えば……気持ち悪いって言えば……こんなに大食堂が空いてるのも、初めての事じゃない? いつもなら……兵士達が入れ替りで来て、ここは溢れ返ってるでしょ……」
「アンタ、知らないの!? 外を見てみなよ、皇城の真上に……真白い船みたいなのか浮かんでるって話よ! 城の兵士達は、その所為で皆……出っ放してるって訳!」
「何よ、それ!? いつもの……神様の御舟、じゃ無いの?」
「ううん、それがね……」
集まった女性達は、ジルとナミを挟んで皇城上空に浮かぶ白い戦艦ラダ・マリーについて噂する。
そんな中……。
「おおい!! いつまで、油売ってやかんだ! ジル、さっさと此処へ来い!」
「うるせぇ! くそじじい! 今行くから黙ってろ!」
厨房の奥から、大柄な老人がカウンターよりジルに向かい、大声を張り上げる。
老人と思えない程、頑強な体付きをしていたが、白いコックコートと長いシェフハットを着用している事より料理長の様だ。
そんな料理長に大声で呼ばれたジルは、凡そ女性とは思えない返事を叫び返す。
「……全く……うるせえジジイだよ……。お前らも、あんまり心配すんな。この厨房は地下だから、何が有っても大丈夫だ。いざと為ったら喰いモンも腐る程有るしな。ヤバくなったら、アタシが助けてやるよ」
「ええ!」
「ジルが居れば安心よ」
「ジル姉、また後でね!」
ジルは不安そうな顔を浮かべる女性達に声を掛けると、彼女達は元気を取り戻し、明るく答える。
「ジル!! 早く来い!」
「分ったよ!!」
そこへ再度料理長が呼び、ジルも鬱陶しそう答えて厨房に向かった。
「遅ぇぞ、ジル!! 食糧庫に行くから、一緒に来い!」
「ちっ! ホント、うるせぇな!」
厨房にジルが来たと同時に、料理長は大声で指示し、自分はさっさと先に食糧庫に行ってしまう。
ジルも舌打ちしながら後を追おうとすると、彼女を呼ぶ声がする。
「よ! ジル! 爺ちゃんとは言え、短気なガストンさんの相手、ご苦労様!」
ジルを呼び止めたのは……厨房にたった今入って来た、軽溥そうな若いシェフの男だ。
「何だよ、バリー。また、ケツを蹴飛ばして欲しいのか? ああ?」
「ち、違う! あん時は悪かったよ! 食糧庫行くんなら、これを持って来て!」
「……アタシを使い走りにすんな!」
バリーと呼ばれた若いシェフはジルに手書きのメモを渡しながら頼むと、ジルはメモを一目見た後、引っ手繰る様に取り上げて、先に行った料理長の後を追う。
食糧庫は厨房より更に地下にあり、魔法で冷気が満たされた大広間となっていた。
ジルが食糧庫に入ると、ガストンと呼ばれた料理長以外に、3人のシェフが食材を探していた。
中に入ったジルが食糧庫の扉を閉め……中からカンヌキをすると……。
“ザッ!!”
ガストン以下、3人のシェフ達が一斉にジルの前に跪いた。
そんな中……ジルは先程までの乱暴な言葉使いより、180度打って変わり、静かな声で彼らに問う。
「……随分と急な呼び出しでしたが……ガストン、どうしたのですか?」
「恐れながら……皇女殿下に御願い申し上げます……。皇都上空に浮かぶ、巨大な船……。この現状は看過出来る状況とは思えませぬ……。何卒、この皇都より脱出し……西南の地方都市ネネスへと避難頂きたく……」
問うたジル……いや、皇女エリザベートに対し、料理長のガストンは、平伏したまま……皇女に脱出を促す。しかし、エリザベートは認めなかった。
「……なりません。上空に浮かぶ巨大な船には、ロデリアの国章が描かれていると耳にしました。白き神不在の中……突如現れた、異形の船……。
もしや、ロデリアからの神降臨である可能性が在ります。そんな異常事態の中……皇女で在る私が民を見捨てて逃げる等……在り得ません」
「し、しかし! 御身に万が一の事が有れば!」
きっぱりと断った皇女エリザベートの言葉に、ガストンは思わず大声を上げて進言する。
「……落ち着きなさい、ガストン……。密室とは言え、異端審問官にでも聞かれたら如何するのです。我らの戦いが、全て無に帰しますよ」
「は、はは! 申し訳御座いません……」
声を上げたガストンに、皇女エリザベートは静かに諌めると……彼は更に平伏し深く謝罪する。
平伏するガストンに対して、皇女エリザベートは柔和な声で、今し方入手した情報について語り掛ける。
「……ガストン、皇城上空に突如現れた白き美しい巨大な船……。明らかな異常事態ですが、この状況は決して我らに取って……悪しき事で無いも知れませんよ?」
皇女エリザベートは、悪戯っぽく笑いながら……ガストン以下3人の配下達に語るのであった。
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