307)ギナル皇国侵略戦-20(厨房の皇女)
毒ガスを操る異端審問官のモズを倒した、黒騎士レナン。
戦いの最中、モズが話した皇女の危機を懸念し、レナン達は先に皇女エリザベートの救出に向かう事となった。
皇女エリザベートを救う為、速足で進むレナン。
AIのオニルも彼に従うが、レナンは上層へ昇るラセン階段を無視してホールを通り抜け、地下へ行こうとする。
レナンに付いて行くラザレとネビルだったが、てっきり上層に向かうと予想していたので、レナンを呼び止めた。
「お、おい! エリザベート皇女殿下の元へ、向かうんじゃ無かったのか!?」
「……その通りだが?」
「ならば、上に向かうには、この階段しか無いぞ?」
間うたラザレに対し、黒騎士レナンは当然分かっている風に答える。
しかし、ラザレは高貴な皇女エリザベートが居るなら、最上層階の一室か、上層の塔に居ると思った為、再度レナンに問うが……。
「皇女はそんな所に居ない……。彼女は、たった今も厨房で働いている」
「え!? ちゅ、 厨房!?」
ラザレの問いにレナンは……意外過ぎる事実を答えると……それを聞いたネビルは驚いて大きな声を上げた。
「そ、その様な場所には……皇女殿下が居られる訳がない。私は何度も訪ねているぞ?」
「わ、私もです……」
彼の答えにラザレとネビルは素直に信じられなかった。何故なら彼らは、何度も厨房に食事や見回りにと、足を運んでいるからだ。
ちなみに皇城の厨房は地下に設けられ、大食堂と併設されていた。
皇族や貴族たちの食事は、給仕係が上層階へ運ぶが、多くの兵士や城仕えの者達は大食堂で交代で食事を摂る。
なお……白き神を名乗るゼペド達や、現皇帝の為に贅を極めた豪華な料理を、尽きる事無く提供する必要が有り……皇城の厨房は常に殺人的な忙しさとなっている。
その為、皇城の厨房は巨大な造りで、多くの料理人や給仕係等が24時間体制で働いていた。
「……そこに皇女が居る事は間違いない。もっとも皇都に戻ったのは一年程前らしいがな。お前達……何度も行っていて気が付か無かったのか?」
「厨房には……多くの使用人が働いている……男も女もだ。皇女殿下の御年は……確か19歳になられた筈……。厨房には若い女も多いが、流石に皇女殿下は一目で分るぞ……。
プラチナブロンドの美しく長い髪に、愛らしい笑顔。そして民を気遣う御優しい御心を持った素晴らしい御方だ。その様な御方故に、何処に居られようと……すぐにでも見分けは付く」
厨房に向かいながらレナンが2 人に問うと、ラザレは戸惑いながら答える。
「そうですね……私も昔一度だけ御姿を拝見した事が在りますが……本当に天使の様な愛らしさでした。
確かにそんな御方は厨房だけで無く皇都でも、見た記憶は在りません。敢えて……厨房に勤める若い女性の中で皇女殿下に近しい少女を挙げれば……給仕係のナミか、キリアが先ず思い浮かびますね。彼女達は可愛らしく、気立ても良い」
「ああ、確かに彼女達なら納得だが……顔立ちが違い過ぎる。何より、ナミは15歳だった筈……。キリアは20歳を超えていたが……厨房には古くから居るぞ。髪の色も違うしな。
配膳係のサーニはどうだ? 落ち着いた感じの少女だが、慎ましく真面目だ。顔立ちは似ては無いが……。それか、洗い場のフワンもいたな……彼女も美人で、髪は淡いブロンドだったと思うぞ?」
「いえ、サーニも厨房に来たのは4年前ですので、黒騎士殿の言う条件には該当しませんよ。年齢的には合いますけど。逆に、フワンが来たのは3か月前です……。従って彼女も違いますね」
ネビルは厨房で働く少女の中で、皇女エリザベートに該当しそうな少女の名を挙げるが、ラザレに否定される。
一方のラザレも厨房に向かいながら、何となく皇女に近そうな少女の名を出したが、逆にネビルにダメ出しされた。
そんな中、女性騎士ネビルがある事を思い出し呟く。
「そう言えば……それ位の若さで、一年位前に厨房に来た女性と言えば……ジルがいましたね……。怒らせると、超おっかない……」
「ああ、確かに条件に合うか……。顔立ちは何となく似てる気がするが、髪の色が違うし……。だが、アイツだけは違うだろう。何と言っても性格的に皇女殿下とは一番、縁の無いタイプだ……」
ネビルの呟きに、地下に降りながらラザレも同調する。ネビル達の話を聞いていたレナンが問うた。
「……その女は、どんな奴だ?」
「女だてらに気が強く、ガサツで乱暴な女だ。言葉使いは男より悪く、その上……口より先に手が出る。
料理長の孫娘って事で、厨房に立つが……一度、部下が食堂で粗相した時……私の所へ怒鳴り込んで来たな。非は調子に乗った部下に有った為、言い返さなかったが……小一時間、烈火の如く怒っていた。……いくら料理長が皇帝家の、お抱えだからと言って……ジルが威張るのはどうかと思ったが……」
「ええ……そんな事もありましたね。確か給仕係のナミを泣かした年若い兵士を……ジルが水をぶっ掛けた挙句、ぶん殴ったとか……。
私の時は、私が疲れて夕食を残した時に無茶苦茶怒られましたよ……。”三食食える分際で飯を無駄にするなっ”て……。
でも彼女の言う事は間違って無いんですよね。皇都以外の辺境では苦しい食生活と聞きますし……。私は女性ながらに堂々とした、彼女の態度は立派だと思いました。
実際……彼女は女性受けするんです。短くて赤い髪と、男性の様な背丈とスリムな身体つき……そして、物怖じせず言いたい事をハッキリ言う性格より……城仕えの女性には大変人気が在るみたいですよ。
反対に、男性には酷く恐れられている様です。確かに……あの粗野な言動と、常に険のある顔では男性から引かれるのは仕方無いでしょうね」
「ああ、ジルには異端審問官すら……近寄ろうとしないからな」
レナンに問われたラザレは、ジルと言う女性に批判を受けた過去を思い出して、苦い顔をする。
対してネビルは自分の体験と共に、強い女性としてのジルに好感を示した。
二人の話を聞いていた黒騎士レナンは一言呟く。
「……実に見事。皇女殿下は、俺が敬意すべき戦士だな……」
「「は?」」
レナンの呟きを聞いたラザレとネビルは、揃って間の抜けた返しをする。
「……オニル、教えてやれ」
「はい、マスター。洞察力が全く枯渇している貴方達に真実をお伝えしましょう……。
貴方達が先程から話している女性……ジル・リードこそ……皇女エリザベート・メアリー・ド・ギナルです。
元のプラチナブロンドの髪は、正体を隠す為に赤く染めて短髪にして……胸にさらしを巻き、厚底の靴を履いて外見を変えています。
彼女は現皇帝ユリオネス打倒の為……敵の膝元である皇城の厨房で情報を集めつつ、影ながら反政府軍の指揮を執っています。
彼女が避難していた地方都市から、一年前に皇都に戻ったのは……ゼペド達が、この皇国から去った機会を見計らっての事です。神と称されたゼペド達が居ないタイミングに、現皇帝の打倒を目論んだのでしょう。
しかし……皇女の思惑に反し……皇都にはゼペド達の息が掛かった異端審問官の支配が大きく、何の行動も起こせていない状況の様です。
ちなみに……料理長を含む厨房で働く者の半数は、皇女の忠実な配下ですよ? そして、厨房でのジル・リードの姿は……正体偽装の為の完全なフェイクです。
そんな皇女が貴方達に厳しく注意したのは……案外、大義を忘れて現状に甘んじる貴方達の態度に、呆れて御怒りだったのかも分りませんね」
「「…………」」
レナンに指示されたオニルは、ラザレ達に皮肉を交えて真実を伝える。
粗野でガサツな女性ジルが……皇女エリザベートと知らされたラザレ将軍と、女性騎士ネビルは……驚きの余り、口を開けて絶句するのであった。
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