306)ギナル皇国侵略戦-19(時代遅れの兵器)
皇城に入った途端、毒ガスを操る異端審問官モズに襲われた黒騎士レナン。
モズが放った毒ガスは、能力によって操られ輪となってレナン達を囲む。
輪状にレナン達を取り囲んでいた緑黄色の毒ガスは、あっと言う間にレナンとラザレ達を包んだ後、半球体となってその場に留り続けている。
「口程にも無い奴よ! だが、念には念を入れ……更に追加をくれてやろう! 喜ぶが良い!!」
半球体となった毒ガスの塊に包まれたレナン達を見て、異端審問官のモズは嬉しそうに叫び、持っていた容器から更に毒ガスを放出する。
”ボシュウ!”
放出された毒ガスは広がらず、不定形の生き物の様に動き、留まっている毒ガスの塊りと合わさった。
集められた毒ガスは更に濃い緑黄色となり、包まれたレナン達の様子は外部から見えない。
毒ガスが留まる床は白い煙を上げ腐食している事より、内部に居る者達は無事とは思えなかった。
異端審問官のモズは、毒ガスに包まれたレナン達を見て、絶命したと確信し呟く。
「神の敵は始末した……。後は、皇女拘束の支援に向か……」
「……もう終わりか?」
モズが呟いている途中で、黒騎士レナンの声が響く。
濃い緑黄色の毒ガスが留まり、不透明な気体の塊の中よりレナンの声は聞こえた。
「何だと!? 全てを侵す聖なる霞に晒され、生きている筈が……!」
「……本当に、バカらしい……」
驚愕した小柄な男の叫びに、黒騎士レナンは心底呆れた様子で呟く。
"キュン!!"
直後……甲高い音と共に、レナン達をすっぽりと包んでいた緑黄色の毒ガスが、急激に集束され始めた。
濃い毒ガスの所為で、様子が見えなかった黒騎士レナンが姿を見せる。
強力な腐食性と猛毒の毒ガスに、すっぽりと包まれていたにも関わらず……レナンは何の損傷も受けず、全くの無傷だ。
レナンだけでなく、横で浮かんでいたAIのオニルや、後ろに居たラザレとネビル、そして彼らを守るリベリオンも無事だった。
良く見れば、黒騎士レナンやオニルとリベリオンは薄い光が、その体を覆っている。
どうやら、体表面に張られた薄い光が毒ガスを無効化した様だ。ラザレとネビルは最初に展開されていた障壁に守られていた。
そんな中、レナンは右手の平を上に向けて差し出していた。その手の平に彼を包んでいた毒ガスが集束され続け、小さな立方体へと形作られる。
散布された毒ガスを全て、手の平の立方体に集束させた黒騎士レナンは小さく呟く。
「凍り付け……」
すると……毒ガスを集束させて出来た立方体は、一瞬で凍り付き固体となった。
「……これで良い。オニル……これを回収し、この場一体を中和しろ」
「はい、マスター」
レナンの指示を受けたオニルは、手の上の立方体を亜空間へと送った後……自らが操るドロイドの体より、光を照射して毒ガスで侵された場を浄化する。
「な、何をした!? 聖なる霞はどこへ!? そ、それより何故無事でいられる!?」
「オニル」
散布した毒ガスが全て消え、しかもレナン達が何事も無かった事に驚き、異端審問官のモズは叫ぶ。
問われたレナンは、自らが答える気にならずAIのオニルに促す。
「はい、マスター・マスターに代わり無知な貴方に設明致しましょう。散布された化学兵器の毒ガスはマスターの精神感応力、いえ貴方達に合わせて魔法と言い換えた方が良いでしょうか……。
貴方が散布した、毒ガスはマスターの魔法によって、集められ高圧と冷熱を与えられて……気体から液体、そして氷結し固体へと状態変化されましたので……その上で、私が亜空間へと転送させて頂きました。
また……貴方が散布した毒ガスですが、自動展開された障壁により、無効果されました。もっとも……仮にマスターやリベリオンが毒ガスを直接浴びたとしても、マスター達の体内に存在するナノマシンによって、直ちに毒性を中和すると共に肉体の修復を行うので、元より大した効果はありません。
そんな時代遅れの兵器で被害を受けるのは、貴方達アステアの原住民位でしょう。だからこそ、ゼペド達はその兵器を貴方達に与えたのだと考えられます」
「な、何を訳の分からない事を言っている!? 背信者が戯言を抜かすな!! 白き神より賜った、聖なる霞は神の敵を倒す為の聖物! 背信者を滅ぼすまで、何度でも浴びせよう!!」
レナンに促されたAIのオニルは淡々と事実を伝えたが、異端審問官のモズは混乱し、激高する。
モズはオニルの設明を理解しようともせず、持っていた容器から毒ガスを再度散布した。
散布された毒ガスは、モズに操られて、意志を持った生き物の様にレナン達を包もうとする。
それを見た黒騎士レナンは小さく呟く。
「……させん」
レナンが呟くと同時に、異端審問官モズの周りに光の輪が囲む。
”キィン!”
前後、左右として頭上、全部で5つの光の輪が一瞬でモズの周りに現われたのだ。
そして、次の瞬間……。
“ズキュ!!”"
光の輪は集束し、刃となって5方向からモズを貫いた!
「ひぎぃ!!」
脳天と、体の4方向から光の刃で貫かれたモズは、断末魔の叫びを上げ絶命し倒れる。
"ブシュー!"
モズを貫いた光の刃は、彼が持っていた毒ガスの容器も同時に貫いた様で、毒ガスが吹き出した。
その様子にレナンは静かに右手を差し出すと……吹き出した毒ガスと共に、モズが先程放散した毒ガスが、意志を持った様に動き出す。
そしてレナンに依って操られた毒ガスは、倒れたモズを中心に半球状に集められた。
集められた為か、緑黄色の毒ガスは濃度が高く、包まれたモズの死体の様子は全く見えない。
しかし……毒ガスが触れている床から白い煙が上がっている事より、死んだモズは原形を留めていないだろう。
自らが操っていた毒ガスに包まれているモズの様子を見て、ラザレとネビルは青い顏を浮かべ固まっていた。
しかし黒騎士レナンは、そんなモズの死に様を一切構う事なく、オニルに指示を出す。
「オニル、奴の死体ごと毒ガスを亜空間に放り込み、ここを浄化しておけ」
「はい、マスター」
レナンの指示を受けたオニルは、半球体に集められた毒ガスと、その中にあったモズの死体を亜空間に転移させた。
その上でドロイドのボディより、再度光を照射して広く腐食した床を中和する。
そんな中、レナンは異端審問官のモズが言った事を懸念して……ラザレとネビルに声を掛けた。
「……先に皇帝を始末してから、皇女の元へ向かう予定だったが……そうもいかない様だ。先に皇女を助けに行くぞ」
「無論だ。 当然私も共に行く!」
「も、もちろん、私も です!」
レナンの言葉に、ラザレとネビルは力強く答えた。
「……なら急ぐぞ」
そう言った黒騎士レナンは早足で歩き出すのだった。