28)黒騎士との戦い-4(彼の人は麗しき怪物)
黒騎士マリアベルの上に図らずも乗ったレナンだったが、恐ろしげな鎧の中から似合わない可愛い叫び声が聞こえた。
「……うん? “キャァ”?」
男に乗られた事で驚いたマリアベルから出た可愛らしい悲鳴に、彼女がオッサンだと勘違いしているレナンは首を傾げるが、対してマリアベルは激高し、レナンを思い切り突き飛ばし叫ぶ。
「き、きき貴様! この無礼者! この私の上に乗る等、ゆ、許せぬ!」
そう叫んだマリアベルは動揺した様子で、後方に跳躍し距離を取る。そうしてマリアベルは大剣を構え、レナンに語る。
かなり無理をしているのか声も絶え絶えだ。
「……ふぅ……ハァハァ……き、貴殿には驚かされる。剣に魔法に、そして体術……ウグゥ、ハァハァ、何と隙の無い戦い方をする……しかも、鬼降ろしを使った……ハァハァ……わ、私相手に此処まで食い下がるとは……み、見事なり……だが! 此処で終わりにしよう!」
辛そうなマリアベル叫ぶが、彼女の絶対な自信に、レナンは不可思議に思い問うた。
「……見るからに貴方は弱っている……その状態で、一体何が出来るの?」
「見せてやる! 我が一族が誇る剣技を!」
そう叫んだマリアベルは両手で大剣を掲げた。すると彼女に纏う赤い光が大剣に取巻き剣自体が赤黒い光を放ち始めた……。
赤黒い光を放つ大剣を掲げる黒騎士マリアベル。明らかに危険な状況だ。その様子を見てバルド達が心配そうにレナンに声を掛ける。
「レ、レナン!! オイ! あれ何かヤバそうだぞ!?」
「レナン君! 逃げた方がイイよ!」
叫ぶ二人にレナンは振り向いて頷いて答える。“心配は要らない”そう意味を込めて。
対してマリアベルは息もは息も荒くも不敵に宣言する。
「……ハァハァ……ぐぅ……ま、負けを認めよ、レナン! この剣技は全てを砕く! 喰らうがいい! 鬼刃裂破斬!!」
そう叫んで黒騎士マリアベル叫んで赤黒く光る剣を振り降ろす。
すると振り降ろした大剣より赤黒い光が迸り剣の軸線上の大地を切り崩した!
“ガガガガン!!”
レナンはマリアベルの大剣に集まるエーテルの流れより遠距離攻撃が来る事を予想し、彼女が振るう剣の動きを読んで、水平に飛んで躱した。
攻撃を避けたレナンは、マリアベルの大剣が薙ぎ払った街道の様子を見ると、そこは長さ100m近くに渡り軸線上に長く地面が抉れていた。レナンは素直に感心して呟く。
「……大した威力だ……」
そんなレナンに対しマリアベルは息も絶え絶えながら悪態を付く。
「あ、あっさりと躱しておいて……ハァハァ……よく、言う……ハァハァ……だが……私は負けんぞ!」
そう言ってマリアベルはもう一度大剣を掲げ赤黒い光を纏わせる。
対してレナンは眼前の黒騎士を見て冷静に分析し、そして称賛していた。
(……あの赤黒い光を放つ技……恐らく凄まじい体力を奪う筈……。何より、鬼降ろしと言う技自体も自らを激しく消耗させる様だ……。あのオジサンは分ってるんだ……自分が勝てない事を。
にも関わらず、あの闘志……。彼は紛れもない戦士……あのオジサンに誠意を見せない事は間違いだ……少し早いけど“アレ”で真摯に戦おう)
レナンは黒騎士マリアベルが果敢に戦う姿に素直に感嘆した。だから、レナンも“アレ”でもって全力で相手する事を決めた。
彼が考えている“アレ”とは……腐肉の龍を滅ぼした。あの右手の事だった。
「ゆ、ゆくぞ! 鬼刃……うん? な、何だ……この感じは!?」
黒騎士マリアベルが2回目の鬼刃裂破斬を放とうと大剣を振り上げた時、言いようの無い恐怖を相対するレナンから感じた。
戦闘を得意とするオーガ族の血を引くマリアベルは、本能的な直感が元より鋭かった。その彼女が対するレナンから突如、恐るべき何かを感じていた。
いや……レナン自身では無く、彼の右手だ。右手から圧倒的な何かを、感じさせられるのだ。
マリアベルは背中に冷たいモノを感じながら、レナンの右腕を見つめると……。
彼の右腕は光を放ち、次いで色白い異質な形状に成り代わった。籠手を思わせる鋭角な手から伸びる牙の様な棘。手の甲には菱形の宝石が白い光を放っている。
(……何なんだ……アレは……私は……一体“何”と戦う心算だったのだ……。勝てる筈など無い! アレは絶対的な存在だ……。
何故誰も、彼の本質に気が付かない!? あんな怪物が、この国に居るなんて!)
マリアベルは、戦鬼の血を引く者として本能的直感でレナンの圧倒的な本質を感じ、恐怖で固まる。
対するレナンはマリアベルが動きを止めた事より、彼女が戦う意志が無くなったと思われた。
レナンとしてはマリアベルの感じた恐怖を知らない為、鬼化の疲労で戦闘困難になったと思い込んだ。
その為、気遣いより異形となった右腕を差し伸べ静かに話す。
「……貴方は良く戦った……見れば大分お疲れの様ですね……どうしますか? 戦いは引き分けという事で、此処で一旦止めますか?」
「!? …………」
レナンの言葉を聞いたマリアベルは内心驚愕し、言葉が出なかった。
(この怪物は一体何を言っている!? 引き分けだと!? 私が彼に勝つ事等有り得ない。もはや勝負は決した。だが彼は、私を気遣い声を掛けてくれたのか。
……彼は恐るべき力を有した怪物だが……同時に心清く、そして見目麗しい……。
予言など内心、眉唾と思っていたが……今回ばかりは違った様だ。
……そして私はその確認の為に、此処に来た……為ればこそ、最後まで役目を果たさねば!)
レナンの言葉を受け、恐慌状態から我に返ったマリアベルは大剣を掲げて赤黒い光を纏わせながら叫ぶ。
「レナンよ! こ、此れが最後の戦いと為ろう! ハァハァ……わ、我が一撃、受けてみよ! 鬼刃裂破斬!!」
そう叫んだマリアベルは赤黒く光った大剣を振り降ろす。大剣より放たれた光が剣の軸線上の大地を切り崩してレナンに迫る。
“ガガガガン!!”
レナンは迫りくる大剣の光を避けようともせず右手を差し出す。
“キイン!!”
大剣の赤黒き光は、レナンの右手に弾かれ霧散した。
「それじゃ、行くよ」
赤黒き光を消し去ったレナンは静かに呟いて駆け出した。同時に右手から長く伸びる牙の様な棘が白く輝きだす。
“ギイイン!”
レナンはあっと言う間にマリアベルに肉薄する。対する彼女は疲労困憊と言った状況で、振り下げた大剣を構えるのに精一杯だった。
レナンはその大剣を右手の白く輝く牙で一閃した。
“キン!”
甲高い音を立てて、大剣はあっさりと切り裂かれた。その断面は磨かれた様な光沢を示している。
「な、何が……!?」
簡単に切断された大剣に驚くマリアベルに対し、レナンはそっと左手の人差し指を、彼女の顔面装甲に当て、静かに囁いた。
「……貴方は良く戦った……。でも此れで終わりにしよう……、雷刃……」
そう呟いたレナンは彼女に下級雷撃魔法を放った。
“ガガン!”
「うぐ……」
下級とはいえ額に直接雷撃魔法を喰らったマリアベルの意識は刈り取られ、彼女は力なく倒れ込んだ。
レナンは彼女をそっと支えて、街道脇の柔らかい草地に寝かすのであった……
いつも読んで頂き有難う御座います!
追)サブタイトル見直しました!
追)一部見直しました!
追)矛盾を見直しました




