291)ギナル皇国侵略戦-4(異端審問官)
ギナル皇国の将軍ラザレ。彼は戦艦ラダ・マリーの来襲と言う異常事態の中……執務室から出ようとせず、ギナル皇国を支配する白き神を批判する。
部下のネビルが制止するも、ラザレの批判は止まらず続く。
「……あの良い子だったアンナが……何の罪があて惨たらしい最後を迎えなくちゃいけないんだ……。いや、アンナだけじゃない……。奉仕だと言われて……どれ程の若い女性が……あの神に殺された?
そして訳の分らない実験もそうだ。 ロデリアとの戦いもそう……。極め付けは気まぐれの皇都破壊だ……。あの破壊で千人近い皇都民が、何の意味も無く殺された……! 何が白き神だ! 災いをもたらす悪魔じゃないか!」
「か、 閣下! 声を抑えて下さい!」
ラザレは妹の親友だったアンナの最後を思い出し、怒りが押えられなくなり……白き神だったゼペド達の悪業を幾つも叫ぶ。
そんなラザレの身を案じて……部下ネビルが必死で懇願する。
いくら将軍の立場と言え……ラザレが、表立って白き神を批判すれば、彼が異端審問に掛けられると思た為だ。
そんな中……。
“ゴガアアアン!!”
皇都を震わす程の轟音が鳴り響く。
「……何の音だ!?」
「閣下……! あ、あれを……! 城壁塔が!?」
叫んだラザレに対し、轟音が響いた方を窓から見た部下ネビルが驚きながら応える。
ラザレもネビルと共に外を見ると……皇城を囲んでいた城壁塔が、バターナイフでくり抜いた様に抉られ、空には巨大な火球が形成されていた。
「……行くぞ、ネビル……」 「は! ラザレ閣下!」
外の異常な状況を見てラザレは、部下のネビルに声を掛ける。 流石に執務室に籠っている場合ではないと考えたのだ。
ラザレは知らなかったが……城壁塔を破壊したのは、黒騎士となってギナル皇国へ侵攻して来たレナンだ。
レナンとの出会いがラザレの運命を大きく変えて行く事に……この時の彼は知らなかった。
部下のネビルと共に、執務室を飛び出したラザレだが……ドアを開けた所で、陰湿な声を掛けられる。
「……おやおや……やっと御出陣ですか? ラザレ将軍……。紅獅子の名の通り……随分、堂々としておられる……」
「……ヒドラ……」
皮肉たっぷりな声を掛けて来たのは細長い体に、嫌らしい目をギラつかせる男だ。
ラザレがヒドラと呼んだこの男は……今、一番ラザレが会いたくない存在だ。
何故なら、このヒドラと言う男は白き神を、崇拝する異端審問官を束ねる長官で……殺されたアンナの両親を処刑する様に命じた男だ。
また……アンナ自身に無理やり霊薬を飲ませ……白き神へ献上させたのも、このヒドラの指示だった。
ヒドラは地方の村で孤児として生きていたが……とある儀式を受けた後……急に頭角を現す様になった。
彼は、白き神への熱延的な崇拝と、狡猾で残忍な性格により、異端審問官に選ばれる。
そして白き神と現皇帝の支配に反感する者達を、異端者として影から始末し続け、現体制を強固なものとした。
その手腕と思想を買われ、ヒドラは瞬く間に異端審問長官と言う立場まで昇り詰めた。
ギナル皇国が白き神に盲信的に従って狂ってしまったのは、このヒドラの存在も大きかった。
そんな男が……将軍であるラザレの執務室の前で居た理由と言えば、一つしか無い。
「……執務室のドア越しで……諜報活動とは……仕事熱心で恐れ入るよ、ヒドラ長官……。それで面白い話は聞けたかね?」
「いや……白き神への強い思いを語る将軍の御声が聞こえたので……若輩の私も、参加させて頂こうかと、逡巡していた最中でした」
聞き耳を立てていたヒドラに対しラザレが皮肉を言うと、対するヒドラは白々しく答える。
冷たくやり合うラザレとヒドラ……。 そんな様子を部下のネビルは青い顔で見つめるしか出来なかった。
「……盗み聞きとは、随分と趣味が悪い……。そんな真似をして、アンナや……彼女の両親を陥れたのか……!」
「これは心外な……。この私は"苦行"の果てに、常人より感覚が鋭くなりましてね……。そんな訳で色々聞こえちゃうんですよ。
それと……一応、言って置きますが、アンナと言う少女の両親の事は、白き神への冒涜行為で刑に処されただけの事……。罪を犯した結果の自業自得ですよ?
対してアンナは両親の罪を一身に背負って、信仰に身を投じ……その身を白き神へと捧げたのです……。
それにより御両親の罪も浄化されました……。何と言う美しい家族愛でしょう……!」
「……貴様……それ以上……その汚い口を開くな……」
「閣下……! お、抑えて下さい!」
白々しいヒドラの態度を、ラザレが問い詰めると……ヒドラは、自らが陥れたアンナとその両親の事を他人事の様に語り、ラザレを更に煽る。
そんなヒドラの言葉が許せなかったラザレは、激高して腰の剣に手を掛けながら詰め寄るも、部下のネビルが必死で止める。
ネビルの制止で落ち着いたラザレ将軍は……忌々しい様子で呟く。
「……貴様には言いたい事が腐る程あるが……今は外の騒動が大事。この場は捨て置く事とする……」
「……将軍と問答していても、私は楽しくて良いのですが……。だけど……ご自分のお言葉には気を付けて下さいね?
内容によってはラザレ将軍と妹君も一諸に……私共の元にお話し聞かせて頂く事になりますので……。もっとも……私としては、その方が楽して宜しいのですが……」
「あ、あなたと言う人は! 一体どこまで……!」
ヒドラの返答を聞いた部下のネビルが、我慢ならなくなり声を上げるが……。
「……ネビル、構うな……行くぞ」 「は、はい……」
怒るネビルに対し今度はラザレが制止した。ヒドラの挑発に、部下を危険に晒す訳にいかないと思た為だ。
執務室を後にしたラザレ将軍と部下のネビルの背を見送り、ヒドラは嫌らしい笑顔を浮かべながら呟く。
「……ヤマチ……居ますね……」
「は、ここに」
ヒドラが一言呟くと、彼の背後に黒頭巾を被った大男が現われる。
「……ラザレの後を追い……皇都に侵入した賊を討ちなさい……。私は念の為、皇城の守りに就きます」
「は!」
「……蠱毒を越え、白き神より賜った我らの力……存分に振るいなさい。それと、魔獣も出して迎え討つ事……」
「……は! しかし、宜しいのですか? 魔獣を出せば皇都に被害が……」
「構いません……空の船に刻まれしは、忌しきロデリアの国章……何を犠牲にしても神の敵を、叩き潰す必要があります。それと……ラザレ将軍は、もはや反逆の従……。敵と共に殺してしまいなさい。部下のネビルも一緒にね……。全ての責を死んだラザレに押し付けますので、抜かりの無り様に対処なさい」
「は! 全て、ご命令の通りに」
ヒドラの指示に黒頭巾を被ったヤマチは……何の感情を込めず、忠実に応える。
「……行きなさい、ツェツェン達の様な失態を晒さない様に……」
「は! お任せを……!」
ヒドラの言葉にヤマチは静かに答えた後、姿を消した。
ロデリア王国を襲ったツェツェンは、このヒドラの部下だった様だ。
一人残ったヒドラは、その自らの頭に手を添える。その頭には大きな手術痕が見える。
彼も、死んだツェツェン同様に、頭に白き神のゼペド達から何かを埋め込まれたのだろう。
「……フフフ……久し振りに、白き神より賜ったカ……振るえる機会があれば良いのですが……」
ヒドラは不気味な笑みを浮かべて呟いた後、皇城へ向かうのだった。
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