240)変わってしまった彼女
マリアベルはクマリから聞いたティアの近況をソーニャに伝えた。
それは、少し前の出来事で……森の拠点に住まうクマリをティアが突然訪ねて来た所から始まる……。
◇ ◇ ◇
「……ティア、この馬鹿弟子め……。ようやく会えたな……」
「ご無沙汰してすいません、師匠……どうしてもやらないといけない事が出来たんで……」
建国祭の後……国王との謁見を終えたティアは変わってしまった。
レナンを取り戻す為に、強さを求める余り……学園を去り、親友達とも離れてしまう。
そしてミミリやライラ達仲間や師匠であるクマリの元からも去ったのだ。
去ったティアを、クマリ達は必死に探したが、一向に見つからなかった。
しかし、建国祭から半年近く過ぎた頃……拠点の一つである森の小屋に突如、ティアは訪れた。
訪れたティアにクマリは、静かに問い掛ける。
「お前が、私達の元を去ったのは……前に言っていた、レナン君を超えるって奴か……。そんな事、出来る筈が無いのは……お前が一番分っているだろう?」
「……出来るかどうかでは有りません……必ず、成し遂げなければならないんです……」
クマリの諭す様な問いに、ティアは淡々と答えた。その言葉は迷い無く、強い覚悟を感じさせる。
クマリの前に久しぶりに現れたティアは、依然別れた時とは別人の様な風貌だった。
幼さの残る美しい彼女の顔には頬に鋭い傷跡が刻まれていた。よく見れば見えている肌の部分には生傷が目立つ。
着ている服もボロボロで、その上から仕留めた魔獣の皮をコートの様に被っていた。
手には生臭い大きな何かを包んだ袋を持ち、血が滴っている。
戦場から、そのまま抜け出して来た様なティアの姿は、気の抜けた残念令嬢の面影は何処にも無く……歴戦の戦士の様な凄みが有った。
そんな彼女の背後には巨大なギガントホークが寄り添っている。
その魔獣はかつて王都襲撃に使われた際、レナンが右手の力で支配を上書きしてツェツェン討伐に使った後……彼が王都近傍の森に解き放った筈だった。
「随分探したが……見つからなかったのは、ソイツで移動していたのか……。空を飛ばれちゃどうしようも無いな……。どうやって、そのギガントホークを操っている? ……ああ、そうか……秘石の力でレナン君と同じ事をしたんだな」
「はい……私はレナンを超えなくちゃいけない……。だったら、彼が出来た事は……私にも出来て当然にならないと……。そう思って挑んだんです。罠に仕掛けて掴まえて何日も掛けて……。最初の頃は何度も殺されそうになったけど、師匠から貰ったこの力と……レナンが見せてくれたやり方で……ほら、この通り……」
クマリの問いにティアは薄く笑って答える。そしてティアが右手の秘石を光らせて背後に立つギガントホークのくちばしを撫でると……、その魔獣はティアの身に顔を擦りつけて甘える。
「……お前にそんな真似をさせる為に……レナン君はその魔獣を森に放した訳じゃ無いぞ……。今のお前の姿を見れば……きっと彼も悲しむだろうよ」
「全ては……そのレナンの為です……。私はレナンを取り戻す為に、彼を超えなくちゃならない……。その為には誰よりも強くなる必要が有るんです……」
傷だらけのティアを見ながら寂しそうに呟くクマリに対し、ティアは自嘲気味に笑って答える。
そんなティアを見て、クマリは……彼女が懐かしむ為だけに、自分を訪ねて来た訳では無いと理解し……目を細めてティアに問うた。
「……それで……突然、去ったお前が……改めて私の元を訪ねて来た理由……聞かせてくれないか?」
クマリに問われたティアはニッコリと笑って血に塗れた袋から何かを掴み、彼女に見せた。
血が滴る生臭いソレは……恐ろしい牙を持った大きな魔獣の首だった。
「……お前……それ……」
「ええ、そうです……コレはキンググリズリーの首です……。私が一人で狩りました……」
ティアがクマリに見せたキンググリズリーの首……。かの魔獣は背丈が4m程もある巨大なクマ型の魔獣だ。
この魔獣は、出没すると小さな村を単独で滅ぼす事が出来ると予想される為、中規模災厄魔獣に指定されている。
かつてティアは、この魔獣にアルテリアの街道で襲われ……護衛の騎士ごと全滅する所だった。
しかし……その場に居たレナンにより、一閃の元キンググリズリーの首を斬り捨て、難なく倒してしまった。
「……一年以上前……レナンはコイツの首を一瞬で、刈り取って倒しました……。腕の有る騎士が30人集まって倒せるかどうかって言う、この魔獣をね……。レナンが出来るなら……アイツを超えようとする私も出来なくちゃいけない……。そう思って、一人でコイツに挑み続けました……。一瞬どころか、3か月以上掛かって、死に物狂いで……やっと……」
「……ティア、お前……」
薄く笑いながら話すティア。血塗れの魔獣を手に持つ彼女の顔は……何処と無く狂気を感じさせた。
師匠のクマリは……そんなティアを見て掛ける言葉に詰まった。
“レナンを救う為に、彼を超える”その想いだけがティアを動かしているのだ。生半可な覚悟では無い。
ティアは右手に宿る“アクラスの秘石”を命懸けで手に入れた時と寸分違わず……いや、それ以上の決意で戦っていた。
「……3か月も掛かったけど……何度も死に掛けたけど……やっとキンググリズリーを倒せました。……レナンが一人で倒せたコイツを……私も同じ様に倒せたんです……。
次は“奴”……“龍”を倒します……。そして、その首を……あの腐れ国王の前に、突き出してやる……」
「…………」
ティアは誰に聞かせるでも無く、暗い目で呟く。クマリはそんなティアの言葉を黙って聞くしか無かった。
「……龍に挑む前に……自分の力をもう一度、確かめたくなったんです……。師匠、特級冒険者である……貴女の力を借りて……」
ティアは闇を抱えた目で呟いた後……自分の話を黙して聞く師匠のクマリに向け……剣を向けるのであった。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は3/21(日)投稿予定です、宜しくお願いします!




