238)災厄の始まり
改めてゼペド達にアステア侵攻と……“鍵”の在処について詰問するベルゥ。その声は静かだが、背筋が寒くなる様な冷たい声だった。
何の成果も成さず、アステアで享楽と怠慢に浸り……何の成果も成さなかったゼペド達に、ベルゥは心底呆れていたのだ。
対して問われたアステアの現地担当官であるゼペドはと言うと……。
「そ、それは……」
もっとも肝心な“鍵の在処”に関して問われた、ゼペドは答えに窮した。
彼等3人には、アステア侵攻以外にベルゥから指示された重要な使命が有った。
それはベルゥに取って……アステア侵攻よりも、リネトアの支配よりも、何より大切な最重要事項だった。
ベルゥがゼペド達に命じたのは……墓所の中心地に設けられた玄室で眠る“オリジン”を覚醒させる鍵の捜索だ。
太古より眠り続ける至高の存在である“オリジン”……。彼の者の復活には複数の鍵が必要だった。
その姿は少年だが、絶大な力を持つ為……“管理者”と呼ばれる存在により遥かな昔から眠らされている。
至高にして絶大な力を持つ存在――“オリジン”。
だからこそ、ベルゥは彼の復活を何より望んでいた。
彼女がクーデターを起こし、永く支配が続いた旧体制派を滅ぼしたのも……“オリジン”の存在を知ったからだ。
“オリジン”の復活が叶えば、リネトア掌握も、アステア支配も、全てを変える事も、そして滅ぼす事も……難なく事が運ぶだろう。
その為に、ベルゥは全軍を上げて鍵の捜索を行わせ……結果、残る鍵は2つとなった。
残された鍵の1つが、ティア達が居るアステアに在るとベルゥは考えていたのだ。
だからこそ、惜しげもない支援を与えてゼペド達に対処させていたのだが……進まないアステア侵攻と……鍵の捜索。
もはやベルゥはゼペド達3人に何の期待も出来なかった。
「た、確かに……時間が掛かったのは事実……。然しながら、い、今までは下準備の為! 我等がアステアに戻りさえすれば、す、直ぐにでも……」
「……見苦しい言い訳はもう沢山……。貴方達が遊んでいる間に、この私が鍵の在処に目星を付けました……。それに貴方達が使役している現地人による侵攻も……旧体制派の残党に阻まれ、何度も失敗している様です」
「……旧体制派の残党……あの、赤い首輪の奴か……!」
ゼペドの言い訳に、ベルゥは呆れながら……アステアの現況を伝える。対してゼペドはギナル皇帝に指示したロデリア王国侵略がレナンにより阻止された事を知り、激高した。
ゼペドはアステアから離れる際、レナンに赤い首輪が施され、ロデリア王国の兵として使われている様子を見て激高し、必ずロデリア王国を滅ぼすと決めていた。
高度な文明と、超常的な力を持つヴリトと呼ばれる種族であるゼペドは……アステアの人間達を下等動物として見下している。
にも拘らず、同じ種族であるレナンが首輪を巻かれて、ロデリア王国に奴隷の様に使役されている事が絶対に許容出来なかったのだ。
ベルゥは怒り狂うゼペドを尻目に、冷やかな態度で話を続ける。
「そうです、以前貴方達に調査を指示した旧体制派の残党が……現地人に使役され、率先して侵攻を阻んでいる様です。この件の処理も貴方達に一任しましたが……何の進展も無いばかりか、逆に手玉に取られるとは……呆れ果てますね。もっとも……貴方達が行なった残虐な遊びで、使役されてる現地人の士気が大いに下がっているのも関係が有るのでしょう」
「「「…………」」」
ベルゥに大いに馬鹿にされたゼペド達は跪いたまま、下を向き……悔しそうに歯噛みする。
特にゼペドは旧体制派の残党と見做されているレナンと、彼を使うロデリア王国に対し、怒りを抑えきれず震える程だった。
そんなゼペド達に、ベルゥは容赦なく最後通告を伝える。
「……過分な支援と時間を与えて貰いながら……アステア侵攻も進まず、鍵もこの私が見つける始末……。そして、極め付けは第七艦隊での敵前逃亡行為……。無能で腰抜けな貴方達に、私は心底失望しています。……貴方達はアステアの監督官から解任するわ」
「お、お待ち下さい! それは、余りにも!」
氷の様な冷たい声でベルゥは言い放つ。対してゼペドは異論を申し立てる為、声を上げた。
しかし……。
「この件は既に決定事項……。貴方達には最前線で活躍する様に、指示しています。そして……今度、敵前逃亡する様な事が有れば……背後から攻撃する様、命じてあります。もはや逃亡は叶わぬと知りなさい」
「べ、ベルゥ様! どうか何卒……」
“ブツン!”
強く命じたベルゥに対しゼペド達は再考を請うが、何かが切断される音と共に……ベルゥは姿を消したのだった。
◇ ◇ ◇
「クソッ! 通信を切られた! 忌々しい女め!」
ベルゥとの通信を突如切られてイライラしながら叫ぶゼペド。彼の横にはアニグやメラフが暗い顔をして立つ。
3人が居る所は狭い一室で、部屋の中央に丸い透明な球体が円錐形の土台の上に置かれていた。
この部屋には無数の巨大な龍など、何処にも居ない。どうやら投影された映像の中にゼペド達は居た様だ。
「で、でも……どうするんだい、ゼペド? このままじゃ、僕らは今すぐにでも最前線送りだ……」
アニグはベルゥの命令を思い起こし、戸惑いながら怒れるゼペドに問うた。
「最前線に行けば……待っているのは死だ! ベルゥ様は我等に死ね、と言われているに違いない! に、逃げよう……逃げるしかない!」
「元はと言えば、お前が!!」
「お、お前だって……アストアの奴らを大勢殺して遊んでいた癖に!」
メラフの言葉を聞いたゼペドが激高し、彼の胸倉を掴んで叫ぶが、メラフも負けず言い返す。
責任を擦り付け合うゼペドとメラフ。みっともない限りの醜態だった。
「待ってくれよ! 逃げるにしても、何をするのでも、此処で言い合っても仕方ない!」
アニグが二人を制して漸く騒ぎは収まる。
落ち着きを取り戻したゼペドとメラフだったが……メラフの方は、余程“血染め”の恐怖が染み付いているのか……座り込んで震えながら“逃げよう……逃げるんだ”とブツブツ呟いている。
「腰抜けめ! だが……逃げた所で同じ事だ。ベルゥは甘い女では無い……。目的の為には手段を選ばず、裏切者は徹底的に殺すだろう」
ゼペドはガタガタ震えているメラフに吐き捨てながら、自分達が置かれた状況について冷静に判断する。
「……じゃあ、どうするの?」
「ベルゥは甘い女では無いが……古い慣習や、しがらみを嫌う女だ。そして何より結果を重んじる。従って、あの女に成果を示せばいい」
「……そ、そうか……! アステア侵攻を進めれば……あるいは……!」
アニグに問われたゼペドが答えると……その意図が分ったメラフが立ち上り叫ぶ。
「そう言う事だ、愚か者が! ベルゥが鍵を見つけたと言うならば……侵攻の障害となる理由はもはや無い! 今こそ一気にアステア侵攻を果せる時だ! アステア侵攻を成し遂げれば、あの女も考えを変えるだろう!」
「確かに……此処で手を拱くのは悪手だ。……メラフ、自動生成プラントのレギオンを呼び出せるかい?」
「……い、今なら……権限がはく奪されていない筈……。出来る、出来るぞ……!」
ゼペドの叫びを聞いたアニグがメラフに問うと、彼は漸く頭を動かし始めた。
「急げ、ベルゥの手が廻る前に、自動生成プラントからレギオンを掻き集めろ。メラフ、お前が作ったゴリアテもな。そして……ロデリアを叩く! 先ずは首都を破壊し……続けて他国も灰にしてくれようぞ!」
ゼペドの指示を受け、アニグとメラフも血走った目で頷く。
「……見ているが良い、不遜なるロデリアの下等動物よ……。今度こそ、我が手で確実に叩き潰してくれる。忌々しい貴様等と、貴様等が飼っている残党の小僧と共になぁ!」
ゼペドは怒りと憎しみに満ちた声で叫ぶ。こうして――暴走したゼペド達により、ロデリア王国は……今まさに、滅ぼされようとしていた。
恐るべき災厄が襲い掛かる時だ。
それは、レナンとティア……そしてマリアベルの終わりの時でも有った。
いつも読んで頂き有難う御座います。
徐々にとプロローグへと時間が繋がりつつあります。此処まで引っ張ってしまい……そして何より遅筆で申し訳ないです。
次話は3/7(日)投稿予定です、宜しくお願いします!




