237)コトナルセカイ2
波乱に満ちた武闘大会から半年が過ぎた――。
ティア達が住まうアステアから遠く離れた真黒な星の海……。そこに全長30km程の巨大なオニヒトデの様な建造物が浮かぶ。
この建造物は、龍達の亡骸が無数に保管されている事より“墓所”と呼ばれていた。
墓所の中に設けられた、何処までも高い天井の大広間に……リネトアの新体制派首魁であるベルゥは居た。
リネトアは、強大な力を持つヴリトと呼ばれる種族が住まう世界だ。
そこでベルゥは保守的で悠久の時代より変化を望まない旧体制派から、クーデターによりベルゥは支配権を奪取し、新生軍を組織していた。
彼女は……広大過ぎるこの大広間にぽつんと置かれた黒い王座に、しな垂れかかって座している。
大広間には巨大な龍が大広間の左右にひしめく様に立っていた。並び立つ龍は様々な姿をしているが……一際目を引く龍が二体見られる。
その二体の龍は、ベルゥが座る王座の左右に其々控えていた。
右に立つのは黒い龍で、細身では有るが全身に生えた鋭い棘が何とも物々しい。額には真っ直ぐ太い角が一本、前を向く様に生えていた。
この黒い龍が目立つのは、右手の巨大な槍だ。但し手に持つ形状では無く、手首と槍が同化している。
その槍は金属質であるが、鱗に覆われ生物の様にも見える異様な槍だった。
そして王座の左に立つのは、赤黒く太い手足を持った超重量級の龍だ。
その龍は二本の曲りくねった角が、恐ろしげな顏の頭部から生えていた。背中には羽が付いているが、重厚なその体には、いささか小さく感じる。
特別な存在感を持つ二体の龍だけで無く、大広間に立つ無数の龍達は、天を突く程の巨大さだった。
そんな巨大な龍達がベルゥを守る様に立つ異様な大広間に……王座の前で3人の男が跪いている。
彼等はベルゥやレナンと同じヴリトであるゼペド、アニグ、メラフの3人だ。
ゼペドはティア達が住まうアステア侵攻を任された現地担当官だ。他のアニグやメラフは彼の補佐を担当している。
この3人はレナンやティア達が住むアストアと言う世界で、ギナル皇国を影から支配している。
広大なアステア侵攻を担うのに3人と言う割り当ては少な過ぎる人数だが……ゼペド達には人数差を補うに十分な支援を受けていた。
その一つが自動生産プラントだ。アステアの各地にリネトアの先遣隊が建造した設備で、強力無比な生物兵器を量産する事が出来る。
もっとも自動生産プラントの目的は、別に有ったが……ベルゥ達、新生軍はこの設備をアステア攻略の重要施設として活用していた。
レナン達がアルテリアで戦った腐肉の龍も、元は自動生産プラントで廃棄されたレギオンと呼ばれる生物兵器だった。
ゼペド達、現地担当官は自動生産プラントで、恐るべき兵器を大量に生産し使役する事が出来た。
それ以外にゼペド達がベルゥより与えられたのが……彼等が乗る揚陸用中級万能戦艦“エゼケル”だ。
このエゼケルには占領後の拠点となるべき様々な機能が搭載されており、小規模ながら自動生産プラントが在り、生物兵器の生産が可能だった。
その他、彼等には高度なリネトアの兵器群や装備を与えられており、それによりたった3人でも何の問題無くアステア侵攻を任される事が出来る筈だった。
にも拘らず一向に進まないアステアの侵攻に、ベルゥはゼペド達を呼び出したと言う訳だ。
ギナル皇国では“白き神”と崇められる彼等だったが……ベルゥと無数の龍に見下され、その顔は蒼白で、身は縮こまっている。
目的達成の為には手段を選ばない、ベルゥの冷酷さを理解しているゼペド達3人は、突如彼女から呼び出され、緊迫していた。
沈黙が支配する中、ベルゥから切り出す。
「……貴方達、長らくアステアで豪遊しておいて……彼の地の制圧が全く進まないのは、一体どう言う事かしら?」
「お、恐れながら……我々は先の旧体制派との戦いをようやく終えたばかりで……」
冷たい目で見下しながら問うベルゥに対し、畏まりながらゼペドが答えた。
政権を奪い、ティア達が住むアストアと言う世界にまで侵攻を開始したベルゥだったが……本国のリネトアで旧体制派の残党であるレジスタントより反攻を受ける。
そして……レジスタント首魁である“血染め”の少年によって、保有する艦隊の21%を破壊されるという事態となった
その為、アステアに居たゼペド達を呼び戻し、残存していた第7艦隊に合流させ……旧体制派との戦いに参戦させたのだ。
「……私が聞いているのは、その前からの状況を踏まえて聞いているの。……そうそう、貴方が今言った、旧体制派との戦闘だけど……面白い情報を聞いているわ。何でも、アステアから来た中級戦艦エゼケルが……戦況不利と見るや、我先に後退したとか?」
ベルゥの冷たい言葉に、メラフがビクリと肩を揺らす。対してゼペドは苦虫を噛んだ様な顔をしている。
恐らく……このメラフは血染めの少年に対する異常な恐怖心から、第七艦隊の窮地の際、ゼペドの反対を押し切ってエゼケルを後退させたのだろう。
「さ、先の作戦では、我等の艦は小さく……こ、後方からの支援に廻ろうと……」
「……成程……それで、何の命令も受けていないのに我先に後方へ我先に逃げ出したと? 所属していた第7艦隊は壊滅したと言うのに?」
「し、しかし……“血染め”の力は余りにも圧倒的! その程度の被害で済んだのは幸い……」
「その程度?」
ベルゥの詰問にメラフが我慢ならないと言った様子で答える。この男は血染めと呼ばれる少年の力を恐れる余り……戦地に行く前に錯乱した程だ。
その恐怖から、メラフはベルゥを前に失言し……更に彼女を怒らせたのだった。
「その程度と言いましたか……。随分と軽い言葉ね? そんな程度の忠義心なら……先の戦いで戦況が不利と分った途端に……貴方達が真っ先に第七艦隊から離脱したのも頷けるわ」
「わ、我等にはアステア侵攻と言う使命があり……何としても死ぬ訳には、と考えた次第で……」
「へぇ……? 殊勝な事ね。それでアステアの地で、こんな事をして遊んでいたと言う事かしら」
アニグが苦しい言い訳をすると、ベルゥは一層見下して呟いた後、パチンと指を鳴らす。
すると……。
ギナル皇国でゼペド達が行なってきた惨劇の数々がベルゥの背後に映し出される。
散々犯された後に無残にも虐殺された女達が折り重なって死んでいる画像、憂さ晴らしで破壊された都市、実験と称してバラバラに切り刻まれた者達の死体等々……凄惨過ぎる画像が無数に映し出させるのであった。
ベルゥの背後で映し出された無数の映像……。それらはゼペド達がギナル皇国で行なってきた残虐非道な行為の数々だった。
「……随分と楽しんでいた様ね……? これでは確かに帰りたいでしょう」
「わ、我等は決してその様な……」
画像を尻目に虫を見る様な目で問うベルゥに対し、ゼペドは狼狽えながら弁明しようとしたが、当のベルゥに手で制される。
「……私は、結果を出せば如何と言う事は無いわ。現地での裁量は貴方達に任せたのだから」
「で、では!?」
ベルゥの意外な言葉を聞いて一瞬喜んだゼペドは色めき立つが、又もや彼女に手で制される。
「……改めて、問わせて貰うけど……アステア侵攻はどうなった? 私が知る限り……何の進展も無い様だけど? そして……何より“鍵”の在処は見つかったのかしら?」
ベルゥは氷の様な冷たい声で、最も重要な事をゼペド達に問うのであった。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は2/28(日)投稿予定です、宜しくお願いします!