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236)初めての夜

 ティアと国王カリウスが謁見した、その日の夜……。




 レナンは自室で灯りもつけず、椅子に座って夜空に浮かぶ、二つの月を眺めている。




 彼は今日の出来事を振り返り、ティアを苦しめてしまった事に……後悔と己が無力を噛み締めていた。


 

 玉座の間ではレナンを始め、誰一人としてティアを助ける事は出来なかった。



 確かにレナンは彼女を守ろうとして国王に直訴はしたが……結果的には父親と故郷を盾に取られ屈するしか無かった。



 レナンは自分の首に巻かれた赤い首輪に触れる。


 

 大罪を犯した父と故郷、そして攫われていたティアを守る為……服従の証として巻かれた、この首輪。



 今日ほど、この首輪が忌まわしいと感じた事は無かった。




 レナンは首輪に触れながら、この赤い”呪い”を巻く以前の事を思い起こしていた。



 レナンとティアが共に……唯の、姉と弟として過ごしていた頃……。



 その時のティアはと言うとレナンに対し我儘ばかりで、彼に甘えていた。


 破天荒で、残念な言動のティアに呆れながらも、レナンは彼女に付き添っていた。そしてティアもレナンが常に傍に居る事が当たり前だった。


 無駄に自信たっぷりで野生動物の様に直勘で行動するティアの姿は……とても伯爵令嬢とは思えなかった。

 

 

 「……フフフ」



 そんなティアの昔の姿を思い出し……レナンは思わず笑い出す。





 しかし、今日見た、玉座の間でのティアは……あの頃と全く違う姿だった。


 直勘で行動する所は変わらないが……ティアは本当に強くなり、甘えは無くなっていた。



 本気でレナンを取り戻す為にティアは、命を賭けて戦い、必死で足掻いてきた事が良く分る。



 今のティアに昔の様な無邪気な天真爛漫さは何処にも無かった。あの玉座の間に居たのは、困難に挑み続ける強い女性となったティアだった。



 「……ティア、ゴメン……」



 ティアをその様に変えてしまったのは間違いなく自分だ。



 その事を改めて認識したレナンは、此処に居ない彼女に謝罪する。




 「……レナン……」


 月明かりの下、姉を想う……そんなレナンの元に声を掛ける者が居た。




 彼に声を掛けたのはマリアベルだ。



 レナンが振り返ると……そこには女性らしいドレスを着た彼女が立っていた。



 色の濃い、そのドレスは……派手さは無いが、スタイルの良いマリアベルの体を引き立たせており、彼女にとても似合っている。



 「ど、どうしたの……その恰好……?」


 「…………」



 戸惑うレナンに対し、マリアベルは答えず……黙ってドアを締め鍵を掛けた。



 そして、彼の真ん前に立つと……突然、しゃがんでレナンの唇を奪った。



 「!? ふぐっ」



 長いキスの後、そっとレナンから離れたマリアベル。二人の顔は赤く上気している。



 「……な、何だよ……いきなり……」



 突然キスされた事にレナンは動揺しながら、マリアベルに問う。



 「……陛下の御命令だ……今日より子を成す為、夜伽をする」



 レナンに問われたマリアベルは、感情の無い声で静かに驚くべき事を言った。



 「だ、だけど……君だって……その、嫌だろう?」

 「嫌じゃない!!」


 口ごもりながら問うたレナンに対し、マリアベルは突然大声を出した。

 

 「…………」


 「私の! 気持ちは! 最初から伝えている筈だ!」



 そう叫んだマリアベルの目から涙がボロボロと溢れる。



 「お、お前が今日……ティアを庇うのを見た時……私は……私の心は張り裂けそうだった! 私にとっては、お前が! お前だけしか、いないんだ!」


 「……でも……僕は……ティアを……」



 マリアベルの涙ながらの叫びにレナンは小さな声で呟く。



 「……分っている……。お前達の仲を引き裂いたのは他ならぬ私達……。お前が、私達に従う振りをしても……心は此処に無い事も知っている……。お前の気持ちが最初からティアに在る事も……。

 だから、これは命令だ。レナン……お前は私のモノ……。故に、私の指示に……黙して従え……」


 「マリ、アベル……」



 感情を込めず淡々と話すマリアベル。しかし、彼女自身気が付いていないが、その顔は蒼白で辛そうだ。


 その言葉は内容こそ命令だったが……発する声は、まるで懺悔している様にも……そして、懇願している様にも聞こえた。


 だから……レナンは、彼女の名を呟くだけしか出来なかった。

 


 「卑怯と思ってくれても構わない……恨んでくれても構わない……。だけど、私を抱く時は……私だけを見て……」



 そう明確な懇願を口にしたマリアベルは、涙を流しながら震えていた。


 そこには恐ろしげな黒騎士の面影は無い。拒絶される事を何より恐れる、小さくて弱い少女の姿だった。



 レナンは、そんな彼女が美しく……そして愛しく感じて……思わず、そっと、彼女の頬に手を差し伸べる。



 マリアベルは差し出されたレナンの手に、自分の手を添えた後……我慢出来なくなった様に、彼の体を抱き寄せ激しい口付をした。



 レナンはマリアベルの口付に抵抗はしなかった。いや……出来なかったのだ。



 いつも強気な筈のマリアベルが見せた、消え入りそうな小さな姿を見たからだ。



 やがて、潤んだ目でレナンを見つめるマリアベルは……彼の手を取りベッドへと誘う。


 その手は震えており、レナンは……彼女が怯えている事に気が付いた。



 レナンの心には……今、マリアベルに対して、いつもと異なる心の変化が芽生えていた。



 (……マリアベル……君も……僕達と同じなのか……)



 マリアベルの孤独な人生を聞いているレナンは……彼女も運命と言う、どうにもならない、しがらみに縛られて苦しんでいる事を改めて理解した。


 忌み嫌われる亜人と国王の弟との、禁じられた恋の中で生まれたマリアベル……。


 彼女は差別と妬みの視線の中……亜人の母亡き後は幼くして、唯一人で生きて来た。


 にも拘らず先代黒騎士だった母の背中を見て、自分より弱き者の為に戦ってきたマリアベル。



 恐ろしげな黒い鎧と兜で素顔を隠し、黙々と戦い続けた彼女。


 レナンは彼女の本当の姿は、案外嫉妬深く、子供っぽい所が有る事を知っている。



 そんな彼女が、孤独の中……鎧で本当の気持ちを隠して、戦う事はどれ程辛かった事だろうか……。



 そのマリアベルが、鎧と兜で素顔を隠して強く見せているだけの、本当は……小さくて弱い彼女が……レナンに拒絶される事を怯えながらも、救いを求めている……。




 その事が分ったレナンは……どうしても彼女の手を振り払う事が出来なかった。




 そして、レナンの手を引いてベッドに座ったマリアベルは、涙を浮かべた悪戯っぽい笑顔を見せて、彼に抱き着きながら、囁いた。



 「……レナン……私を恨め、憎め……。そして、そして私だけを見て……」



 そう囁いたマリアベルはもう一度レナンの唇を奪い、彼を押し倒した。



 こうして……レナンとマリアベルは、初めての2人の夜を……過ごしたのだった。


いつも読んで頂き有難う御座います! 


 奇しくもバレンタインのこの日……レナンとマリアベルは初めて結ばれました。レナンにとってはマリアベルは本気で一人の女性として愛した人になります……。


 次話は2/21日 投稿予定です、宜しくお願いします!


 追)語尾等直しました。

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