233)謁見
武闘大会の最中、発生したギガントホークによる王都襲撃事件。その混乱に紛れてギナル皇国の工作員はフェルディの勧告を受けて公爵令嬢パメラを誘拐した。
その事件解決から暫く経った頃、ティアは国王の命により王城へ召還されていた。
「……此度は大儀だった、ティア フォン アルテリア」
白を基調とした広く豪勢な玉座の間で……ティアは国王カリウスより労いの言葉を受ける。
国王の言葉を受けるティアは、臣下の礼を取って跪いている。下を向いている為、彼女の表情は伺えないが、国王にレナンを奪われた彼女としては内心は穏やかで無い筈だ。
玉座の間には国王カリウスの息子アルフレドと護衛騎士のデューイが背後に控え、壁際には側近である貴族達が揃って座していた。
そして護衛としてレナンと兜を脱いだ黒騎士マリアベルが国王の前に立ち、ソーニャ達白騎士隊も居る。
ティアが国王の前に呼ばれているのは……先日の武闘大会でマリアベルと引き分けた事に加え、公爵令嬢パメラ誘拐事件の解決にティアの仲間と共に尽力したという功績からだ。
国王カリウスは続けて、跪くティアに言葉を掛けた。
「……武闘大会の活躍も合わせ、見事な働きであった。そなたに褒賞を取らせよう、望むものを申してみよ」
「はい、それでは……」
国王カリウスの褒賞を与えると言う言葉に、ティアは顔を上げず下を向いたまま返答する。
カリウスとティアの会話を、彼等と同じ玉座の間に居るマリアベルとソーニャは緊張した面持ちで聞いていた。
ティアが国王カリウスに何を求めるか等……分り切っていた。彼女が望むのは唯一つレナンの解放だ。
そして、その望みは国王が絶対に叶えない事を知っているマリアベルとソーニャはティアとカリウスのやり取りに目が離せなかったのだ。
要求を拒否されたティアが国王カリウスに殴り掛かるのでは無いか――直情的なティアを知るマリアベルとソーニャはそんな最悪の事態も十分予想していた。
なお、全ての中心であるレナンは、表情を変えず……唯、事の成り行きを見守っていた。彼の心中は如何なるモノかはその顔からは読み切れ無い。
緊張に満ちた玉座の間に、ティアの迷い無い声が響く。
「……国王陛下に、恐れながらお願い申し上げます。この私が望むのは唯一つ……我が義弟にして婚約者でもあるレナン フォン アルテリアを我が元にお返し頂きたく」
ティアの国王カリウスへの要望は誰もが予想したモノだった。彼女は言うべき事を、ずっと考えていたのであろう……その言葉は淀みなく強い意志を感じさせられた。
ティアの唯一つの要求に、国王カリウスの返答は――
「それは聞き入れならん」
明確かつ断固たる拒否だった。
「……恐れながら……“望むモノを与える”と言うお言葉でしたが?」
「ぶ、無礼者!」
カリウスの言葉を聞いたティアは、予想通りの回答に怒りを抑えきれず強い口調で返答すると、側近の一人が立ち上って彼女に叫ぶ。
国王カリウスは、憤る側近に目で制した後……悠々と答えた。
「……ティア フォン アルテリア。確かにそなたは、国難に対し天晴な働きをした。だが、それは此処に居るレナンと比肩出来る事では無いわ。彼の者こそ、無上なる至宝……如何なる財にも及ばぬ。分を弁えよ!」
「レナンは私にとって……家族です! “物”では有りません! どうか、私達の……私の元に……レナンを返して下さい! 私はその為だけに……足掻き続けたのです……。どうか……どうか……うぅ……」
「「「「「…………」」」」
カリウスの言葉に、ティアは必死に食い下がりながら頭を垂れて涙する。
奇しくも師匠のクマリが影ながら言った様に、国王の前で涙ながらに懇願したティアだったが……残念ながら、この場には彼女を支援する者は居ない。
クマリの策では、武闘大会で優勝したティアの願いを、彼女に同情した大勢の民の声で後押しして、国王カリウスに訴える予定だった。
しかし、武闘大会で活躍するも……ギガントホークの来襲で、それも叶わなかった。
唯一人、玉座の間に呼び出されたティアは、自分の願いを切々と国王に訴えた。
そんな彼女の姿に玉座の間に居た者達は押し黙る。彼らはティアとレナンの事情を良く知る者達だ。
ティアがレナンと別れる事となった要因に、この場に居る者達は何らかの事情で絡んでいた。
王国を守る為、レナンを欲した国王カリウスの命じるまま……権力を振りかざし、資金を与え、策を弄し、二人を引き裂いたのだ。
そして直接手を下さずとも、状況を理解した上で黙認した者も居る。
事情を全く知らぬアルフレド王子は、オロオロしながら傍に居た護衛騎士のディーイと国王の顏を見比べる。
この王子は幼く一見、この悲劇と無関係に見えるだろう。
然しながら……この王子は全く何も知らされてはいないが、度重なるギナル皇国の侵略を踏まえ、国王カリウスは唯一人の息子であるアルフレドの将来を案じてレナンの確保に固執したのだ。
この場に居た者達は、懇願し泣くティアに声を掛ける事は誰も出来なかった。そんな中……歩み出る者が居た。それはレナンだった。
彼は言葉無く静かにティアの横に跪いて、国王に懇願した。
「……国王陛下に、私からもお願い申し上げます。このレナン フォン アルテリア……。国難時には何としても駆け付けましょう、ですので……この私をアルテリア家に戻して頂けないでしょうか。何卒、お聞き届けて下さいますよう平にお願い申しげます」
「レ、レナン……!」
「……レナン……お前……」
「レナンお兄様……」
レナンの懇願に、横に居たティアは歓喜して彼に縋り付く。対してマリアベルは狼狽した様子で声を漏らし、ソーニャも青い顔をして呟いた。
だが、レナンの懇願にも国王カリウスは揺るがなかった。
「余の言う事は変わらぬ。レナン、そなたは王都から離れる事は許さん。そして我が姪マリアベルと子を成すのだ。
そも、アルテリア家の者達よ……。そなたらの父の大罪、よもや忘れた訳では有るまい? レナン、その方が約定を違えると言うのならば……父の身も唯では済まんと心得よ」
「へ、陛下! そ、それでは余りにも!」
カリウスの物言いに、我慢ならなくなったマリアベルが思わず声を上げる。彼女の立場からすれば有り得ない事だが、レナンが軽視される事は黙っては居られなかった。
「控えよ、マリアベル! そなたにも命じた筈だ! レナンとの子を成すようにと! 忌まわしき一族の血を引くそなたが王城に居られる恩を忘れたか! 今一度命ずぞ……マリアベル、レナンとの子を一刻も早く成せ! その命が聞けんとあらば、そなただけでは無い……そなたが拾って来た妹も、此処に居られんと知れぃ!」
「……御意……」
声を上げたマリアベルに対しても、国王カリウスは苛烈に当たり……レナンとの子を成す様に厳命する。
カリウスの意図は、戦鬼の血を引くマリアベルと、超常の力を持つレナンにより王国の守りを強固にし……二人の子を得る事で長きに渡り“王国の盾”として扱う心算だ。
国王カリウスの態度は……レナンやマリアベルを人としては無く、剣や盾の様な“兵器”として扱うものだった……。
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