21)諜報
冬が終わり春に近づこうとしている季節。腐肉の龍討伐事件から半年が過ぎていた。
落ち着きを取り戻そうとしているセネ村の雑貨屋で小柄な少女が店主に話しを聞いていた。
「……だからよ、龍の奴は巨大で……恐ろしくて……ジョンの親父も奴に喰われちまったんだ……騎士様率いる討伐隊も来てくれたんだけども……龍にはてんでダメだった」
「……大変だったんですね……亡くなられた方にはお悔み申します……それで、その……そんな恐ろしい龍はどうやって討伐したんですか?」
遠い目をして語る店主に少女は潤んだ目をして見せてから、可愛らしく小首を掲げて問うた。
少女は美しいブロンドをふんわりワンカールしたショートに纏めており、小顔に大きな瞳がクリクリと忙しく動く非常に可愛らしい顔をしていた。
小柄なその体を可憐な冒険者風の服装にローブを羽織っている。
可愛い少女に問われた店主は気を良くして口が軽くなる。
「……此れはここだけの話だが……龍をやっつけたのはこのアルテリア伯爵家次男のレナン様が一人で討伐したって噂が有るんだよ」
「えぇ!? だ、だって恐ろしくて大きな龍でしょう? 火も吐き、空を飛んだとか……そんな龍に一人でなんて……本当ですか?」
店主の呟きに少女は大袈裟に驚いて見せる。だが、店主は急に口が堅くなった。
「……だがな……村長からあんまり余所モンに龍の事は話すなって言われてるしよ……」
「そこを何とか……私は正式にギルドから調査依頼を受けていまして……何とかお願いします! ……少しですが経費が出ますので……」
渋る店主に少女はギルドからの依頼書を見せた。そして涙目で懇願し、彼に銀貨を3枚程握らせる。
店主は困った顔をしたが溜息を付いて口を開いた。
「ギルドからの依頼なら仕方ねぇな。だが村長には黙っていてくれよ……」
そう言って店主が少女に話した内容は村人から聞き及んだ内容であったり、店主が脱出する際に見た話だったが……。
レナンが巨大なキンググリズリーの死体を放り投げて、一瞬でブツ切りした事。
その巨大な肉塊を鼻歌交じりで運んだ事。そして村人を逃がす為に一人で龍に立ち向かった事等々を話した。
「……騎士様達が束になっても蹴散らされた龍に、レナン様は俺らを助ける為に一人で立ち向かったのさ! いやー、痺れたね、アレは! しかも強いのなんのって!
俺は遠目で逃げながら見てたけど、体を真白く光らせながら凄い魔法や剣で一歩も引かずに戦ったんだ! 銀色の髪を靡かせながらな!
俺らを十分に龍から離してから何人かレナン様の元に戻った連中と一緒に、龍を討伐したって事になってるが……村の連中は皆、レナン様が御一人で倒したに違いないって言ってるぜ!」
興奮を抑えられない店主は饒舌に当時の事を語る。聞いていた少女は急に黙り込んでブツブツ言っている。
「……キンググリズリーの死体を放り投げる? そして……体を真白く光らせ? まさか強化魔法を重ね掛けしたのか……馬鹿な……そんな事は不可能な筈……そして、銀色の髪を靡かせ? どういう事……? レナンとやらは黒髪と姿絵で……」
「おい、お嬢ちゃん、どうかしたのか?」
店主に声を掛けられた少女は、我に返りはっとして態度を変える。
「い、いえ! 余りに凄いお話だったので驚いちゃって! 最後に一つだけ教えて下さい、この姿絵の人がレナン様ですか?」
そう言って少女はレナンとティアが描かれた姿絵を店主に見せるが……。
「あん? ティア様と、誰だ……コレ? 髪の色も違うし……こんなに髪は長くねぇぞ」
「レナン様は黒髪ではありませんか?」
姿絵を見て怪訝な顔をする店主に少女は問い掛ける。すると店主は……。
「ハハハ! お嬢ちゃん、何言ってんだよ! レナン様と言ったら美しい銀髪と綺麗な赤い目って事で有名だぜ!? 少なくともこのセネ村なら皆知ってるぞ!」
「……有難う御座いました……大変貴重な情報でした……」
そう言って少女は立ち上り、店主に銀貨を渡して店を出た。
すると少女を待って居たかのように数人の女達が彼女の前に集う。どうやら少女の仲間の様だ。
女達は小声で少女に各々聞いた事を報告する。
「……ソーニャ様……私が聞いた情報ではレナンと言う者は、何十人もの重症者を一人で治癒を行ったと聞いています……」
「……私が聞いた話では村を救う為に、自ら案を練り率先し行動したとか……」
「ある者は言い切りました……街道の大地の抉れた跡……アレはレナンと言う少年が極大魔法を放ったに違いないと……」
女達は、ソーニャと呼ばれた少女と同じく銀貨をばら撒いて聞いた情報を次々に報告する。
そして最後の女が頬を染めて言い難そうに報告する。
「あのー私が聞いたのは……レナンと言う少年は見目麗しく聡明で心根も素晴らしいと……皆が口を揃えて申しておりました……」
そう言い終えた女は他の女から睨まれて小さくなった。ソーニャと呼ばれた少女も呆れて呟いた。
「……もう情報取集は十分でしょう……見目麗しいという情報まで有りましたし。もはや疑う余地は有りません。予言に謳われた白き勇者はアルテリア伯爵家のレナンで間違いないでしょう……。
私はこの事をマリアベルお姉さまにお伝えします。貴女達はこの辺で待機していて」
「「「「ハッ」」」」
部下の女達にそう言ったソーニャは一人、セネ村の宿屋に向かう。そして自分が宿泊している部屋に戻ると、ダイニングテーブルに複雑な紋章が描かれた銀製の小皿を置いた。
そこに備え付けの水差しで水を注ぐ。水が注がれた銀の皿にソーニャは呪文を詠唱し魔法を掛ける。
「大地を巡る霊脈よ 器に満ちて 彼の人に像と言の葉を写し響かせよ “鏡鳴!”」
魔法を掛けられた銀の皿は薄く光り、注がれた水に真黒い何かを映し出した。
それは真黒い鎧を纏った恐ろしげな姿の騎士だった。その纏う鎧は漆黒の厳めしい形状をしていた。
兜には鋭利な太い角の様な飾りが有り、兜の額当てと面当ての隙間は細い一文字でその奥に有る筈の瞳は見えず不気味な暗闇が除く。
鎧を覆う肩当や肘当ても鋭利な刃状の突起が付けられ凶悪そのものだ。その姿を幼い子供が見れば悲鳴を上げ逃げ出すだろう。
そんな恐ろしい姿の黒騎士が銀の皿に映し出されたが、ソーニャは心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、彼の者に話し掛ける。
「マリアベルお姉さま! 遂に白き勇者を見つけました! やはりお姉さまの予想通りアルテリアに居ましたわ!」
『……やはりそうか、王都から近い順に捜索したのは完全に時間の無駄だったな……ソーニャ、済まないがお前が得た情報を私に教えてくれ……』
“お姉さま”と呼ばれた黒騎士マリアベルは嬉しそうに話すソーニャに問い掛ける。
対してソーニャはセネ村で集めた情報をマリアベルに伝えた。
『……キンググリズリーを放り投げ一瞬で微塵切り……そして龍を対等に戦い合うか……間違い無さそうだな……』
「恐らくはキンググリズリーも龍も、レナンが1人で討伐したのでしょう。そればかりかホルム街道の抉られた大地……状況的に彼の仕業かと……」
マリアベルの呟きにソーニャは自らの考えを伝える。するとマリアベルは……。
『フフフ……アハハ! 面白い! 私以上の強者と漸く出会えたか! 是非に切り結んで見なければな!』
そう言って凶悪な漆黒の鎧を揺らしながらマリアベルは笑うのであった……。
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追)一部見直しました!
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