200)武闘大会-30(決勝戦に向けて②)
遂に迎えた決勝戦。選手控室からコロシアムへ向かう黒騎士マリアベル……。そんな彼女を追って声を掛ける者が居た。
「お、お姉様……! お、お待ち下さい!」
「……ソーニャか……どうした、そんなに慌てて」
コロシアムに続く回廊でマリアベルを呼び止めたのは義妹のソーニャだった。彼女は息を切らしながらマリアベルを追って来た様だ。
「はぁ、はぁ……お姉様……決勝戦の参加、考え直して頂けませんか?」
「……急に一体どうしたのだ?」
マリアベルを追って来たソーニャは、決勝戦を辞退する様に姉に頼む。その顔は真剣で、強い不安を浮かべていた。
マリアベルは、この決勝戦の重要性を良く分っている筈のソーニャが、不安そうな顔で辞退を促す理由が分らず、優しく彼女に理由を問うた。
「はい……先程、クマリから報告が有った……ツェツェンなる男……どう考えてもギナル皇国の工作員でしょう。そんな男が武術大会に参加し、このタイミングで姿を消す理由は明白です。彼が何か仕掛けるとすれば、この決勝戦と考えられます! ですので、どうか決勝戦の参加を見送って……」
「……お前自身良く分っているだろう? この武術大会はロデリア王国の威信を掛けている。今更中止など出来ない事を……。私が、我が身可愛さで決勝戦を辞退すれば……国王陛下の顔に泥を塗る事になるのだ」
「それは! 良く分っています! で、ですが……何故、お姉様が危険な目に……」
静かに諭すマリアベルの言葉に、ソーニャは同意しながらも、最後は俯き小さく嘆く。
ソーニャ自身、この武術大会に刺客が潜んでいる事は最初から掴んでいた。その上で武術大会が中止出来ない事も十分理解していた。
しかし……ツェツェンがギナル皇国から派遣された危険な工作員で、しかも自分の姉がその危険に巻き込まれる事にソーニャは大いに動揺したのだ。
ソーニャは実の両親に売られると言う複雑な環境で育った為、救ってくれたマリアベルに対し特別な感情を持っていた。
ソーニャにとってマリアベルは、初めて人間らしい愛情を向けられた存在で在り、世界の全てであった。
その為、ソーニャはマリアベルの為にどんな苦労も厭わず尽くして来た。レナンとティアの婚約破棄させたのも、国王の命とはいえ、マリアベルの幸せを願っての事だ。
家族の愛情が乏しいソーニャは、マリアベルに何かが起きると……いつもの沈着冷静な彼女とは思えぬ程の狼狽を見せるのだ。
そんな妹の気持ちを良く知っているマリアベルは、小さな子供の様に怯えるソーニャをそっと抱いて囁いた。
「……大丈夫だ、ソーニャ……私も、そしてティアも強い……。ギナル皇国の刺客などに後れを取りはしない。お前は私の言う事が信じられんか?」
「……ぐすっ……ティアが強いと言う事は信じられませんが……マリアベルお姉様がお強い事は誰よりも知っています」
優しく問うマリアベルに対し、ソーニャは涙目ながら自信を持って答えた。
「ならば、私を信じて欲しい。ソーニャ……この決勝戦は避けられん。陛下の為にもな……。私は試合でコロシアムから動けんが、お前は違う。試合中……連中が私の手の届かん所で事を起こした場合……頼りになるのはお前達だ。動けん私の代わりに……この王都を守って欲しい。どうだ、頼めるか?」
「分り、ました……。正直心苦しいですが……決勝戦に挑むお姉様の為に、このソーニャ……微力を尽くさせて頂きます」
「そうか、それを聞いて安心だ。国王陛下とアルフレド王太子殿下の事は、レナンに頼んでいる。奴ならば陛下と殿下を守り切るだろう。ソーニャとレナン、そして白騎士達が私の背中で戦ってくれるのならば……私は何の懸念も無く、決勝戦に挑める。心配掛けて済まんが……私の背中は任せたぞ」
「はい、お任せ下さい! マリアベルお姉様!……マリアベルお姉様がティアをケチョンケチョンにするのを楽しみにしております!」
ソーニャの頭を撫でながらマリアベルは優しく彼女に話し、対するソーニャは力強く答えた。
「いや、ティアは強くなった……先程までの試合も見ても分る。8か月前とは別人だ……。ティアに不可思議な力が有るのも分っている。
しかし……それを抜きにしても彼女は強くなった。ティアが武術大会に参戦したのは、私に勝ち……陛下にレナンを彼女の元に返す様、願い出る心算に違いない。
私はティアが、この8か月間修練を重ねて来た事を見聞きしているが……全てはレナンを取り戻す為だろう……。その信念こそがティアの強さだと思う。気を許せば膝を付くのは私の方だ」
ソーニャの言葉に、マリアベルは本心でティアを讃えた。
「私にはマリアベルお姉様がティア如きに遅れを取るとは思えません。任務に就きながらお姉様の勝利を信じております。試合に出られるお姉様が安心して戦える様……ギナルの者達等に邪魔はさせません」
「ああ、何より心強い言葉だ。陛下の信に応える為……そして、私を支えるお前達の為にも、私は負ける訳にいかん。そして……ティアには悪いが、レナンを手放す心算は無い。決勝戦で勝つのはこの私だ」
ソーニャの言葉を受けたマリアベルは、力強く言い切った。そして両手を胸の前に組んで祈る様な仕草で見送るソーニャを後に、ティアの元へ向かったのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います! この話からマリアベルとティア戦が始めたかったのですが……次話に持ち込みとなりました。どうしてもソーニャの気持ちを出したかったので……。
次話は8/30(日)投稿予定です! よろしくお願いします!