19)コトナルセカイ
ティアが思い付きでレナンと婚約宣言した頃、ティア達が暮らす世界とは異なる場所にて――
一人の美しい女が湯船に浸かりながら物思いに耽っていた。
その女は湯の中で片手には変わった形状のグラスで酒を飲んでいる。彼女は長く伸ばした輝く銀髪と、抜ける様に白い肌を持ち、その瞳はレナンと同じ夕暮れ時の空の様な美しい茜色だった。
彼女は女性らしいグラマラスなプロポーションを持ち、その麗しい肢体を隠す事もせず長い足を伸ばして一人酒を飲む。
彼女が居るのは星空の海に漂う巨大な建造物の中だ。全長約30kmの鬼ヒトデの様な形状をしたそれは、月と青い星の間に漂っていた。
その巨大建造物の中心付近に彼女は居た。彼女が居る浴場は巨大な円形で、浴場の作りは継ぎ目が見当たらず、鏡の様に仕上げられた金属と石が混ざり合った様な黒色の材質で作られていた。
浴場の天蓋は巨大な透明なドームになっており、空には満点の星空と美しく光る青い星が浮かんでいた。
湯船に浸かりグラスを傾けながら物思いに耽る彼女の元に来訪する者が居た。いや、人で無い。丸みのあるタツノオトシゴの様な白い物体だ。
その物体は宙に浮かび音も無く彼女に近づき合成された人工音声で話し掛ける。
『……失礼いたします、ベルゥ様……』
「ふぅ……見て分らないかしら?……湯あみ中です、後にしなさい」
空中に浮かぶ無粋なドロイドに、ベルゥと呼ばれた女は気分を害した様で、強く言い渡す。しかし浮かぶドロイドは静かに続ける。
『可及的速やかにご報告すべき事項が御座います……』
「相変わらず融通の利かないガラクタね……良いでしょう、続けなさい」
ベルゥはガラクタと呼んだドロイドに発言の許可を与える。
『はい、ご報告致します……アストア……いえ、通称“箱庭”にて廃棄されたレギオンが破壊されました……」
「……何かと思えば下らない……“箱庭”にある自動生産プラントの中間検査で廃棄された崩壊寸前の粗悪品の事でしょう? “箱庭”の下等生物の戦闘力を調査する目的でワザと放逐した……それが漸く破壊されたって事かしら……あの粗悪品にこんなに時間掛かるなんて、どうしようもない連中ね」
ベルゥは心底見下した様子で呟くが、ドロイドは淡々と説明する。
『いえ……レギオンを破壊したのは、“箱庭”の未開人では有りません……我等“ヴリト”です……』
「……どういう事かしら?……確かなの?」
ドロイドの説明に、ベルゥが真剣な表情になり問い直した。対してドロイドは説明を続ける。
『廃棄されたレギオンの破壊に“ヴリル”が使われました……偵察機の画像をご覧下さい……』
ドロイドはそう言ってレナンが腐肉の龍を倒した破壊痕のホログラム画像を示した。
「……確かに“ヴリル”による消滅痕ね……どういう事かしら? 彼の地には“ヴリト”の移住は始まっていない筈……まさか遥か昔の先遣隊が? ……いえ……状況的に考えて旧体制派が落ち延びたって線が正解ね」
『その推測が正しいかと……ベルゥ様、如何いたしましょう。“箱庭”にレギオンを5万体程、投入して“ヴリト”の確保を行いますか?』
ドロイドの問いにベルゥは首を振って否定した。
「いいえ、下手に刺激して……第二形態まで覚醒されたら余計に手間が増えるわ。まぁ第三形態に覚醒する者なんている筈は無いでしょうけど……とにかく、そんな些事に私達はかまけている暇は無いの。私達がやるべき最優先事項は“オリジン”様の覚醒と、次いで本国リネトアの完全掌握よ……“箱庭”に落ち延びた残党等、後で如何とでも出来るわ。今はリネトアの方が遥かに脅威よ」
『本国では“血染め”為る者が残党派勢力を率いているとか』
「……全ては我が主“オリジン”様が御目覚めに為れば良いだけの事……連中には精々足掻いて貰いましょう……“箱庭”の方は予定通り侵攻作戦を進めなさい。落ち延びた“ヴリト”は適時炙り出しを行い、纏めて処理する事。やり方は現地担当官に一任します」
『御意』
「宜しい……私は此れから玄室に向かい、我が主“オリジン”様の元へ参ります」
ベルゥはドロイドにそう言い放って、浴場から立ち上った。対してドロイドは一礼する仕草を見せて静かに飛び去った。
ベルゥは彫刻の様に美しいその裸体を薄いガウンの様な服で覆い、静かに歩き出す。巨大な浴室のドアが自動で開くと広間に出た。広間には10個程の光るリングが浮いている。
ベルゥがその内の一つのリングの中に入るとリングが激しく光り出した。次いで透明な薄く光る板が彼女の前に現れる。
それは操作盤らしい。ベルゥが操作盤に何やら打ち込むと光るリングが高速で回りだし、彼女の姿が忽然と消えてしまった。
ベルゥは浴場先の広場から、宙に浮く真白い橋の上に突如現れた。
リングはどうやら転移装置の様だ。真白い橋が浮くその空間は巨大な半円球の空間で直径500mは有るだろうか。
薄暗いその空間の真中に柱が立っている。柱の高さは100m位はあり、柱の頂上には白く光る結晶体が浮いていた。
ベルゥが現れた橋は柱へ向かう通路になっているが、途中で途切れており、柱へは渡れない。
橋は地上から50m近い所で浮いており手すりも柵も無く、踏み外せば命は無い。しかしその様子にもベルゥは構わず長大な白く光る橋を優雅に歩く。
よく見れば薄暗いその半円球の空間に巨大な何かが整然と立ち並んでいる。高さは色々だが、どれも30m近く有る。
その整然と並ぶ物体は――龍だ。全高30m級の龍が人の様に2本足で立ち並んでいる。
その姿は様々だ。体色も白い者、黒い者、赤黒い姿をしている者や銀色に光る者も居る。
2本足で立つ龍は何れも筋肉質で、幅広い肩幅と頑強な足を持つ。その体は金属光沢を放つ鱗に覆われている。
翼は有している者とそうで無い者に分かれているが、概ねは備えており彼らはその翼を折り畳んでいる。
尾は一様に皆が備えているが胴より太い尾を持つ者や、細く長い尾を持つ者等長さや形状は各々特徴が異なる。
鱗を持つ体や尾を持つ事より一目で龍と分るが2本足で立っている事より何処か人を思わせる存在だ。
顔はどれも長く無いが、顎には恐ろしげな牙が生え揃っている。
その顔こそ様々で、大きな頬板を持つ者、変わったひだ飾りを持つ者や落ち込んだ眼窩を持つ者……統一性が無いが、どの個体も角を持つ。
その形状も様々で太く短い角や、折れ曲がり前方に突き出す角、対を成し後方へ靡く様に生える角等……龍は各々が違った姿をしており、同じ姿の龍は一体も無かった。
違う姿をしているが伝わるのは各々が強大な力を持っているだろうという事だ。
……いや、持っていたと表現すべきだろう。
彼等は彫像の様に微動だにせず、生きているとは思えない。皆、死んでいる様だ。
だからこそ此処は玄室と呼ばれるのだろう。
亡骸の龍が立ち並ぶ中、光る橋を歩くベルゥ。やがて彼女は橋の末端、高くそびえる柱の傍まで歩を進めた。
行き止まりの様だがベルゥは気にしない。
彼女は自身の体を一瞬白く輝かせ、舞い上がった。彼女達“ヴリト”と呼ばれる存在は空を飛ぶ事等当たり前の様だ。
彼女は難なく柱の頂上まで辿り着く。そこには高さが4m程の光輝く結晶体が浮いている。
柱の頂上には薄く光る透明な足場が浮いており、ベルゥはその足場に降り立ち、結晶体の傍まで近づいた。
結晶体の中には……一人の少年が居た。彼は目を瞑り眠っている様に見える。
少年は全裸で眠っており、銀髪と白い肌を持つ事よりベルゥ達と同じく“ヴリト”と呼ばれる存在だろう。そして少年の顔だちは何処と無くレナンに似通っていた。
ベルゥは目を潤ませながら結晶体に寄り添い、静かに話し掛ける。
「……我が主“オリジン”様……始まりにして至高の存在……絶大な力を持つ貴方様に怯えた管理者共が架した……忌まわしい眠り……その余りに長き眠りを解く鍵は……もはや残り二つのみとなりました」
ベルゥはそう言いながら、結晶体に口づけをする。そして潤んだ瞳でオリジンと呼ばれた眠る少年に語る。
「私の全ては……貴方様の物……このベルゥが全てを貴方様に捧げ、その眠りの牢獄から解き放ってみせます……もう暫くお待ち下さい……我が主……」
ベルゥは最後にそう呟いて、柱の足場より飛び立った。
唯一人残された眠る少年の顔は、去ったベルゥを何処か憂いている様にも見えた……
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追)第三形態の龍のサイズを見直しました。
追)一部見直しました!




