193)武闘大会-23(彼女の覚悟)
「「「「「ワアアアアアアァ!!」」」」」
審判がティア勝利を宣言した後、コロシアムを一際大きな歓声が包む。興奮した観客達の声だ。
それもそうだろう。まるで決勝戦かと、思わせる程の激しい戦い……、しかもド派手な魔法戦となれば見る者達の興奮も大きかったのだ。
審判の制止も聞かず上級魔法を先に使ったユラが反則負けになる可能性も有ったが、ティアがユラを倒した事で有耶無耶となった様だ。
響き渡る歓声を余所にティアは、傷付き疲れ切った体を押して、倒れたユラの元へ向かう。彼女は意識を取り戻している様だった。
今の今迄、救護班がユラの治療を終えて、担架を取りに戻った所だ。
一人横になっているユラの元に立ったティア。声を掛けたのは負けたユラが先だった。
「……ま、負けたわ……ティアさん……」
「大丈夫ですか、ユラさん……」
「私より、ボロボロの姿の貴女にも言われてもね……?」
ユラに声を掛けるティアだったが、横になったユラが苦笑しながら答える。彼女がティアに向けてそう言うのも無理は無い。
声を掛けたティアは額から血を流し、体は度重なるダウンで血と泥で汚れていた。身に纏う皮鎧もボロボロだ。
「……ユラさんは本当に強かった……。貴女の様に凄く強い人と戦ったのは、本当に師匠以来です……」
「ティアさん……教えて、貴女の右手の傷について……」
素直な気持ちを話すティアに、ユラは試合中に聞いた、彼女の深い傷跡に付いて問う。
「……私は大切な人を取り戻す為に……黒騎士マリアベルに勝たなきゃいけない。王都最強の彼女に……。だから、その為に……力を得る為に……命を賭けました。
その際、私は本当に死に掛けました。力を得る為の身を引き裂く痛みで……。その痛みから逃げ出す為に、右腕を斬り落とそうとした傷が、この傷です。本気で斬り落とす心算だったから、傷痕ははっきり残りましたけど……」
そう話したティアの右腕には破かれた包帯が巻かれており、深い傷跡が丸見えになっている。その傷を痛々しい目で見ながらユラが問う。
「何故……その傷、生半可な傷じゃ無い……。本気で切り落とそうとしたのね……。でも……その、死ぬほどの痛みを……どう乗り越えたの?」
「彼を……レナンを取り戻すまでは諦める訳に行かないから……。私は絶対負けられないから……。その為に私は……。力を得て生まれ変わる必要があった。何が何でも……唯、そんな理由です」
「……私が貴女に負けた理由……今なら良く分る。貴女は根性って言ったけど、成程……覚悟の違いね……。あの人が、クマリが……貴女を選ぶ訳ね」
「師匠が私を弟子にしたのは……単に面白そうって理由だけですよ、きっと!」
「フフフ……確かに、そうかも知れないわ」
ティアの明るい言葉に、ユラは微笑んで返答する。
やがてユラを運ぶ担架にティアも付き添ってコロシアムを後にするのであった。
◇ ◇ ◇
ティアとユラが見せた激闘にコロシアムの観客達は興奮仕切りだった。王室専用の観客室に居る、ロデリア国王達も同様だった。
そんな中、ティアがユラとの戦いの最中に見せた右手の深い傷跡……。それを遠目に見て大いに動揺する者が居た。
……レナンだ。
「……な、何だ……ティアの、あの傷!? 何故あんな傷が……!」
ティアと別れてからのレナンは、彼女と故郷アルテリアを守る為に……必死に生きて来た。ティア達を守る為と、……国王の理不尽な命令に応え、命を賭け戦って来た。
全てはティア達の為にと……。自分がそうすれば、ティアや故郷の者達は安泰に、幸せに暮らせる、と信じて疑わなかった。
だが、そのティアが見せた傷から、少なくともティアが安泰な生き方をしているとは、到底考えられなかった。
ティアがクマリの元で冒険者をしている事は勿論、知っている。レナンを取り戻すと公言している事も。
でも、まさか、あんな傷を負う様な状況に、ティアが晒されているとは考えもしなかった。
「……ティアに……聞かなくては……!」
「何処に行く、レナン」
“彼女に問い質さねばならない”そんな想いに駆られたレナンは、じっとして居られず、ティアの元へ向かおうと観客室から出るが、背後からマリアベルに制止される。
「……少し、ティアに話しを聞きに行くだけだ。直ぐに戻る……」
レナンはそう答えてその馬から立ち去ろうとするが、マリアベルから肩を掴まれ止められる。
「此処を離れるな、レナン……今は陛下の護衛任務中だ。自らの立場を忘れたか」
「…………」
毅然とした態度で話すマリアベルに、レナンは下を向いて黙ってしまう。
そう、今のレナンは姫殿下でも有るマリアベルを始めとするロデリア王族に従属する立場だ。
逆らえば、大罪を犯したレナンの父トルスティンは断罪され……御家断絶ともなれば故郷アルテリアは周囲の貴族に切り分けられ、崩壊するだろう。
そうなればティアも唯では済まない。
従属するしかない自分の立場を理解し、悔しげに黙る。彼の首には従属を示す赤い首輪が目立つ。
そんなレナンにマリアベルは穏やかな口調で話し掛ける。
「それにな、レナン……。ティアはお前に……傷の事を聞かれたくは無いと思うぞ?」
「え!? 其れはどういう事?」
諭す様になだめる様に話すマリアベル。その言葉が意外だったレナンは彼女に問う。
「私も詳しい事は知らん。だがな……ティアがお前を取り戻さんと足掻き続けている事を私は知っている。
考えても見ろ、レナン? お前と別れた時のティアは……今ほど強かったか? 違う筈だ。
ティアは……お前を取り戻す為……ひたすら必死に戦って来たんだろう。恐らくあの右手の傷は、その際に出来たと考えられる。そしてティアが短期間で急激に強くなった事とも関係あるだろう。その道筋は生半可では無かった筈……。きっと命懸けの道だったと思う。
それは、全てはお前の為……。同じ女だからこそ、分る。ティアは、お前にだけは、その過程を知られたくないと思う」
「……ティア……」
ティアの気持ちを代弁する様に、穏やかに話すマリアベル。彼女の話をじっと聞いていたレナンは、ティアの命懸けの戦いを思いやり、俯いて呟く。
「ティアは……お前を取り戻す為……決勝戦で私と戦う心算だ。私に勝つ為、奴はひたすらに……足掻き、挑み続けて来た事だろう。ティアは、奴は凄い女だ。
だからこそ、私は全身全霊で……奴と戦い、そして勝つ。お前を得る為、命を賭けるのは奴だけじゃ無い。この私もだ」
「マ、マリアベル……」
力強く、熱く語るマリアベルに、レナンは返す言葉が見つから無かった。
「だから、賞品のお前は……大人しくして居ろ。この戦いは、女の戦い。男のお前が出る幕は無いぞ? 分ったら……、今、お前が出来る事をしろ。それがお前の戦いだ」
「……分ったよ。君の話を聞いて……僕が出張るのは間違っている、と理解した。君の言う通り、僕は今出来る事を頑張るよ」
「それでこそ、お前だ」
マリアベルの言葉を受けて、レナンは自分がやるべき事を思い直し……彼女と共にロデリア王が居る観客室に戻るのだった。
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