183)武闘大会-13(リゲル戦①)
「お、覚えておれよ! こ、この無礼者共が! こ、後悔させてやる!」
八百長を持ち掛けたリゲルはティアやクマリに散々貶され、真っ赤な顔をして恫喝しながら控室を後にした。
幸薄そうな執事もリゲルに怒鳴られながら、彼の後を追う。
「二度と来んな!! ミミリ、塩撒いとけ、塩!」
控室を後にしたリゲルに向かい、大声で叫ぶクマリ。彼女に指示されたミミリは言われた通り、何処からか用意した塩を撒いた。
「……ク、クマリさん……大丈夫ですか? あんな事しちゃって……あの人、一応貴族だって……」
「なーに、心配いらないよ、ジョゼちゃん! 先に手ぇ出して来たのはアイツだし……、何よりコッチにはパメラ公爵令嬢様が居られるだろう? それにな……あのリゲルって野郎、相当馬鹿だぜ」
心配そうに呟くジョゼに対し、クマリは手をヒラヒラさせながら答える。
「……どういう事だい、クマリさん?」
「私の記憶ではバンホルム家は伯爵家だ。奴が強調していた様に武功で名を上げた家では有るが……それを言うならティアのアルテリア伯爵家も同じ。
だが……同じ伯爵家でもアルテリア家には決定的な違いが有る……。国難を何度も救っているレナン君と……王都襲撃を解決したティア自身の活躍でアルテリア家の評価はうなぎ登り……。近々アルテリア伯爵家は侯爵へと陞爵するって話は有名な話だ……」
「え? マジですか?」
クマリの説明に、世情に疎いティアが驚きの声を上げる。ティアは近くに居たパメラを見ると、彼女は何度も頷き肯定を示した。
「……身近にも馬鹿が居たな……。お前の家の話だぞ、アホ! アホ弟子は知らんだろうが……お前達、姉弟の活躍で国王のお気に入りとなった、アルテリア家に寄り添おうとしている貴族共が大勢居るって話だよ」
「し、知らなかった……。私も名家のお嬢様だったなんて……」
「「「「…………」」」」
クマリの話を聞いて、ティアは本気で驚愕して頭を抱える。そんな残念な彼女を控室の皆は生暖かい目で見つめた。
「……話の腰を折るな、馬鹿弟子! コホン……飛ぶ鳥を落とす勢いのアルテリア家にイチャモン付けて困るのは、間違い無くバンホルム家の方さ。しかも家の名前を出して、あのリゲルとか言う馬鹿は、八百長を持ち掛けている訳だし。
下手したら、お家取潰し案件だぞ、コレ……。この事をバンホルム家の連中が知ったら、あの三男坊……ただでは済まんな。御家騒動で……バッサリとか?
……とにかく、家の名を出すなら覚悟と慎重さが必要だ……。そんな事すら分らんリゲルとか言う馬鹿をビビる心配なんて全く無いさ」
「「「「…………」」」」
クマリが答えた生々しい話に一同は静かになる。
「……家同士の事なんて関係無いわ……。今は試合の方が大事よ」
静かになった場でティアが迷いなく答える。
「ククク……そう言えば、お前も馬鹿だったな……。それで、次の試合……どう戦う? 八百長を持ち掛けたとは言え……奴は武家の育ちだ……それなりに腕は立つぞ?」
「……師匠……お願いが有ります。次の試合……、私の思う通り戦わせて下さい」
クマリの問いにティアは彼女をしっかり見つめて静かに答えるのだった。
◇ ◇ ◇
混乱の中、始まった第二試合――。
コロシアムの中央でリゲルはティアを睨み叫ぶ。
「さっきは良くも恥を掻かせてくれたな! 女相手にこの槍を振るうのは大人げ無いが、悪いのはお前だ! 我が槍にて裸にひん剥いて泣かせてやるわ!」
「……良いから、さっさと始めよう」
ギャンギャンと叫ぶリゲルに対し、ティアは冷めた目で答えた。
なお、リゲル磨かれて輝く豪華な鎧に、長く立派な槍を手にしている。対してティアは剣を右手に立っていた。
審判の開始合図と同時にリゲルは上段から槍を突き出す。
「シッ!!」
彼の突き出した槍は、一応ブレなく鋭かったが、ティアには通用しない。
繰り出された槍をティアは右手の剣でいなし、左に軽やかに動きあっさり避ける。
そして体を回転させてリゲルの前に回り込み、剣をリゲルの首元にピタリと当てた。
「うぐ!」
「……まさか、もう終わり? 裸にひん剥くんじゃ無いの?」
剣を向けられたリゲルは引きつった声を上げる。対してティアは冷やかに問うた。
「こ、この俺を愚弄するのか!!」
小馬鹿にされたリゲルは激高して、槍を大きく薙いだ。しかし、ティアは槍の動きを見て彼の体から離れず、最小限の動きで軽く躱す。
槍の刃先の内側に居る限り、切り付けられる事は無い。
何より怒りで大振りとなったリゲルの攻撃を避ける事等、特級冒険者のクマリから地獄の特訓を受けているティアには容易だった。
無意味に槍を振り回すリゲルに、ティアはピッタリと動きを合わせ、難なく躱す。
「はぁ、はぁ! こ、こいつめ! 煩わしい!」
振り回す槍が当たらず、リゲルは悔しげに叫ぶ。その足元はフラフラだ。
形ばかりを重視した重い鎧と立派な槍は容赦なく体力を奪う。対してティアはクマリを背負った状態で王都中を走り廻り、スタミナは十分だった。
素養は有るだろうが、リゲルはマトモに訓練せず……楽して結果を得る事に拘った為、こうして無様な戦いを見せる。
逆にティアは無様な状態から這い蹲って足掻きに足掻いて戦い続けた為、相反するリゲルが敵う筈が無かった。
ティアはふら付くリゲルに鋭く足払いを掛けて地面に転がせる。
“ドザァ!!”
「はぐぅ!」
ティアは転がったリゲルを見て、素早く宙返りを決めて距離を大きく取る。その華麗な動きにコロシアムの会場は大きく湧いた。
“わあああぁ!”
湧き上がる歓声にもティアは表情を変えず冷静そのものだ。
彼女の戦いを夢中で見ている観客達は、ティアの戦い方がいつもと全く違う事に誰も気が付いていない様だ。
ティアはリゲルに対する静かな怒りを湛え、とある決意を持って戦っていたのだった……。
いつも読んで頂き有難う御座います! リゲル戦3話ほど続きます! 次話は7/1(水)投稿予定です、宜しくお願いします!