182)武闘大会-12(軽薄な対戦者)
突然の訪問者は、軽薄そうな貴族風の男と、苦労が見染み出ている執事だった。
その執事の言葉にいち早く反応したのはクマリだ。
「……何だ、アンタ達……次の対戦相手? どんな理由で此処に?」
「はいぃ、先ずはご紹介させて頂きます……。此処に居られるのは……武の名門と名高いバンホルム家が三男……リゲル様で在られます……。次なる本戦に関して……対戦者のティア様に耳寄りな御提案をさせて頂きたく参上させて頂きました」
「……耳寄りな、提案?」
下手に出る執事の言葉を胡散臭そうに返すクマリ。そんな中……リゲルと紹介された軽薄そうな男がズイっと執事を押し退けて前に出て声を出す。
「ええい、まどろっこしい! 俺は、バンホルム家のリゲルだ。ティアとか言う小娘はお前か?」
「……うん、ティアは私だけど……?」
声を上げたリゲルは、クマリの横に座っていたティアを指差して問う。問われたティアが怪訝そうに答えた。
「フン……女だてらに豪炎だの、大層な名を付けられたと聞いたので……どんな大女かと思えば……貧相な小娘では無いか! こんな奴に勿体ない気もするが……喜ぶが良いぞ、お前! お前では一生掛かっても手に入らん大金を拝ませてやろう! その額、なんと5万コルト! 驚くが良い!」
軽薄そうな貴族、リゲルが侮蔑した目でティアを見た後、何やら金の話をし出した。
その言葉は押し付けがましく失礼極まる良い方だった。話の内容が何となく理解出来たティアが怒りを湛えたまま冷静に問う。
「……そのお金で……私に何をさせたいの?」
「何……簡単な事だ。俺との試合で……適当に戦った後、負けてくれてば良い。俺は強いが……無駄な事が嫌いだ。どうせ、俺が勝つのだから、余計な労苦は不要。お前も嫌な思いをせずとも大金を楽に手に入れて、最高だろう?」
ティアの冷やかな問いに、リゲルはその見掛け通り軽薄に言い放った。
「「「「「…………」」」」」
その言葉に控室に居た皆の気質が変わった。
リゲルが来る前は穏やかで楽しげな雰囲気だったが、彼が発した言葉の所為で殺気にも似た怒りがこの場を支配している。
それもそうだろう、ティアがどんな思いで……この武闘会に参加しているのか、皆深く知る者ばかりだからだ。
そのティアの気持ちを、この軽薄なリゲルは侮辱したのだ。
「……てめぇ……いい加減にしろよ?」
「な、何だ、き、貴様!? ぶ、ぶぶ無礼者!」
ティアの気持ちを特に知る者の一人である、バルドは声を低くしながらゆらりと立ち上った。ドスを効かせた彼の言葉を聞いて、リゲルは声を上ずらせ後ずさりする。
バルドはティアとレナンを馬鹿にする者は絶対に許せなかった。だから……この愚か者を黙らせる心算だったが……。
「……私なら大丈夫だよ、バルド……。それで、リゲルさんだったかな……? もう一度、言ってくれる?」
「は、はは……。流石に本選で戦ってるだけあって……お前は、俺の言葉が通じる様だ。改めて言ってやろう、お前には5万コルトやる……お前には滅多に手に入らん大金だ。それを惜しみなくくれてやるから……次の勝負は俺に譲……」
「ふざけないで」
リゲルが調子付き話す言葉を、ティアはピシャリと言い放って制止した。
「……私はこの武闘会に臨む為……8か月、ひたすらに自分を磨き続けた。マリアベルに挑み、レナンを取り戻す為に。……ううん、私だけじゃ無い……。この時の為に、師匠が、皆が……私を支えてくれた……!
それを、お金? 馬鹿にしないで。決勝戦でマリアベルとレナンが待っている。私は這い蹲ってでも其処に行かなくちゃならないの。貴方が戦う事が、無駄で余計って言うなら、貴方こそ次の戦いを譲りなさい……!」
「「ティア様!」」
ティアが軽薄なリゲルに明確に言い切ると……その様子を見ていたパメラとナタリアが手を取り合って歓喜して叫んだ。
パメラ達だけでは無い、控室に居たバルド達やリナ達も痛快と言わんばかりの笑顔を湛えてティアを熱く見ていた。
一方のリゲルはと言うと……。
「お、おおお前!? 女の分際で、このバンホルム家のリゲルに向かって、何という暴言を! 身の程を知れ!」
ティアに貶されたリゲルは青筋を立てて怒り狂い、彼女に掴み掛かろうと迫った。
その様子を見たバルドやライラ達は一斉に立ち上がるが、意外な人物がリゲルの前に立ち手を挙げて、それを制止した。
「……ふん、バンホルム家と言えば……武芸で功を成したとか言う名門だったな……。武闘会で手っ取り早く名を上げる為……予選も、その後の初戦も……金で何とかしたと言う訳か……」
「そ、そうだ! 予選の時は事前に金を配った奴らで俺の周りを固めた。初戦の対戦相手は大喜びで俺の提案に乗った! 武闘会に参加する奴らは皆、金が目的だ。対して俺はバンホルム家三男としての実績が要る。フハハ、だから俺の策で誰も困らぬ! ティアとやら、お前も……」
クマリの言葉にリゲルは胸を張って答える。八百長を持ち掛ける事に罪悪感は全く無い様だ。
「黙んな、小僧。残念だが、お前の汚い策は私の弟子には通じないよ。次の試合ではみっともなく負け恥さらすんだね」
「こ、この俺を! 愚弄するな!!」
クマリの心底馬鹿にした言い方で激高したリゲルは彼女に詰め寄り胸倉を掴んだ。
“グイ!”
仮面を被って素顔が見え無いとは言え、背丈の小さなクマリを見て彼は完全に舐めて掛かった様だ。
しかしクマリは……リゲルの手を掴んだまま、体を後方にずらし姿勢を崩した彼を床に転がした。
“ドタン!”
「う、うぐ!?」
そして転がったリゲルの背に座り、静かに宣言する。
「……おい、小僧……次の試合で私の弟子に体で教えて貰うんだな。弱っちいお前の策が、どれだけ無駄で余計な事かを……。楽しみにしておけ」
背に乗られて苦しげな顔のリゲルに、クマリは静かに言い放つのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は6/28(日)投稿予定です! よろしくお願いします!