179)武闘大会-9(ダリル戦③)
ダリルの鞭で拘束されたティアだったが、秘石の力を発動し、難なく鞭を分断した。
ティアは欠けた短剣を収めながらダリルに話す。
「……本当は、鞭が届く直前に避けて、ぶった切る心算だったんだ……。でも貴女の鞭は早過ぎて出来なかった。だから失敗。でも……鞭を使え無くしたから0点じゃ無い」
ティアはそう話しながら腰のポーチから親指大のお菓子を鷲掴みして口に放り込む。いつもの補給の様だ。
「ククク……私を前に立ち食いとは、余裕だね……。鞭を無くしたからって私は負けないよ!」
ダリルはそう叫んで腰のナイフを掲げた。ティアによって鞭を分断されたダリルだったが、ナイフを構えティアに対峙する。
彼女は一歩も引く気が無い様だ。そんなダリルの前にティアは包帯が巻かれた右手に強い力を込め呟く。
「うん、私も今から本番……アクラスの秘石よ、私に従え」
ティアの呟きに答え秘石は甲高い音を立てて光り出す。
“キイイイイイイン!”
右手の光は紅い光が発せられ、炎の様な揺らめきを持ち纏わり付いた。
「……そ、その右手……そして炎の魔法……それがアンタの由来かい……」
“今から本番”と言ったティアの言葉に呼応する様に右手から立ち上る紅い光……。
理由は分らないがダリルはその紅い光を見た途端、冷や汗が止まらなくなった。
ティアが本気で無かったのがハッタリでは無かった様だ。
圧倒的な力を感じさせる紅い光を見ながら、2級冒険者のダリルは上ずった声で問うた。
対してティアは……。
「うーん……何か、そうみたい。ちょっとくすぐったいんだけど……」
ダリルに問われたティアは頭をポリポリ掻きながら、照れて呟いた。
その姿は、その辺に居る年頃の少女と何も変わらない。ダリルはそんなティアに肩の力が抜け、笑いながら叫ぶ。
「ハハハ、アンタは本当に面白いよ! “紅き豪炎”! そんな凄い力持ってる癖に……! アンタが言う本番、挑ませて貰う!」
そう叫んでダリルは駆ける。対してティアも叫ぶ。
「私も、胸を借りさせて頂きます!!」
叫んだ後、ティアは紅い光を纏った右手を構え、ダリル目掛け駆け出した。先行して掛けたダリルは右手のナイフで切り掛かる。
彼女のナイフはベテラン冒険者らしく鋭かったが、ティアは紙一重で攻撃を躱して見せた。
「ちぃ!」
ダリルは舌打ちしてナイフを続けて繰り出す。ティアは秘石の力により強化された敏捷性で、これを躱す。
ティアはクマリの元で、秘石の力を引き延ばす修行を日々続けていたお蔭で、全体的な戦闘力が大幅に向上していた。
こうして秘石の力を本格的に発動した今……ベテランの二級冒険者であるダリルとて、相手にならない。
ダリルの連続攻撃を続けて躱すティアに観衆から喝さいが湧く。
「二つ名は! 伊達じゃないね! だけど、私だって負けられない!」
ダリルはそう叫び、ナイフを大きく振り被った。対してティアは……何と、紅い光を纏った右手で受けた。
“ザン!!”
ダリルの鋭いナイフに対し、ティアは生身の右手……本来なら間違いなく彼女の右手は切り落とされるだろう。
しかし……。
「ま、まるで岩かよ!?」
紅い光を纏ったティアの右手は強化され、鋼のナイフを通さない。それもそうだろう……ティアの右手はダイオウヤイトの頑強な装甲を砕き、その命を奪ったのだ。
驚くダリルに隙を見たティアは彼女のナイフをその右手で掴み……軽く力を込めて握り締める。
“パキイイン!”
ティアが軽く握ると鋼のナイフは甲高い音を立てて氷細工の様に脆く崩れ去る。
「くそ!」
ダリルは悪態を付きながら、粉々になったナイフを殴り捨てる。しかし彼女も経験豊富な実力者……。
一瞬で冷静さを取り戻し、本来の武器を放つ。そう……自らの肉体を武器とする体技を。
ダリルは半身を捻り、腰の回転を加えた渾身の右足蹴りを繰り出す。しなやかな彼女の肉体から繰り出された蹴りは、それこそ鞭の様に早く強力だった。
“ドゥ!”
「ぐぅう!」
ティアは咄嗟に左手で体をガードして受けたが、秘石で強化していたにも関わらず、後退させられ……そして、膝を付いた。
「好機!!」
膝を付いたティアを見たダリルはチャンスとばかり叫んで、助走を付けて飛び蹴りを放った。
体勢を崩したティアに大技でダメージを与え一気に倒そうと言う考えだった。
絶妙のタイミングで放たれたダリルの飛び蹴り。今まさに、ダリルの飛び蹴りがティアに当たらんとした時、ティアは……。
“キイイイン!”
秘石を発動し、跳躍した。そして飛び蹴りが不発に終わったダリルの背後に降立つ。
「な、何!?」
驚いたダリルは急いでティアに相対し構えようとしたが……。
ダリルの背後に降り立った彼女は既に右腕を振り被り、紅い光を纏った一撃を放とうとしていた。
「うおおおお!!」
“ガズゥン!”
雄叫びと同時に放たれたティアの右正拳突きを、ダリルはマトモに喰らってしまい……吹き飛ばされて地面を転がり、そのまま意識を失ったのだった。
……ティアはダリルの右足蹴りを喰らって膝を付いた時……体制を崩したのではなく、跳躍して彼女の背後に飛ぶタイミングを計っていたのだ。
図らずもティアに隙が出来たと、ダリルの油断を誘う事が出来たのは好運だった。
こうして鞭使いダリルとの初戦は、ティアの勝利で終わったのだ。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は6/17(水)投稿予定とさせて頂きます! よろしくお願いします!