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169)ソーニャの過去

 ソーニャが掛けた謀略により、レナンと引き裂かれたトルスティン。その彼から暖かい言葉を掛けられた彼女は号泣する。


 ソーニャが他人の善意に大きな影響を受けるのには、彼女の悲惨な生い立ちに関係が有る。



 ソーニャの両親は彼女に愛情など与えた事は無かった。優しい言葉や暖かいベッド……彼女に取ってそれらは当たり前の日常では無かった。


 彼女の両親は商いをしていたが、無計画で誠意の無い手法ゆえに失敗し生活は困窮していた。


 その日暮らしの生活に、家族は疲れ切り暖かい団らんなど有り得なかった。疲れ切っていた彼女の両親は、ソーニャを疎ましく扱っていた。


 幼いソーニャはどうすれば両親から自分に愛情が向けられるのか考え続け、それを実行した。



 人の顔色を見て、愛想よく賢く振舞った。他人の機微に敏感になり、自分の本音を見せずに感情豊かに表現し、他者の信頼を得る。


 ソーニャのこうした“技術”は育った環境に依るモノだろう。しかし、そんな彼女の涙ぐましい努力にも関わらず、両親は無情にも闇市にソーニャの売り払ったのだ。




 ◇   ◇   ◇




 売られた日の事をソーニャは良く覚えている。その日……久しぶりに外出を許されたソーニャは浮かれていた。


 彼女の事を疎ましく思っていた両親はソーニャの外出を認めず、家に閉じ込め大した意味も無くソーニャを責めて罵る毎日だったが、その日は違った。



 たっぷりの朝食とボロ着しか与えられて無かったソーニャに、初めて綺麗な服を与えられ、両親に手を引かれて連れ出されたのだ。



 “夢なのかしら? 夢なら覚めないで!”幼かったソーニャは初めて与えられた両親からの暖かい行為に、戸惑いながら消え去らない事を切に願った。


 明日も、明後日もこの愛が消えない事を祈ったのだ。しかし……ソーニャの祈りも空しく裏切られる事になる。


 

 浮かれるソーニャが連れて来られたのは……薄暗く大きな屋敷だ。


 

 そこでソーニャはニヤニヤと笑う太った醜い男の前に立たされた。ソーニャは後で知ったのだが、その男は非合法で人身売買を行う元締めだった。


 その男は着飾ったソーニャを嫌らしい目でじろじろと見られた後……、両親に分厚い札束を渡した。


 両親は小躍りしながら札束を数えた後、ソーニャを見る事すら無く、さっさと屋敷から出て行ってしまった。


 幼くとも美しかったソーニャの商品価値を認めた元締めの男は、彼女を他国の上客に高値で売る事を決め、屋敷に設けられた牢屋に閉じ込める。


 其処にはソーニャ以外の子供達が閉じ込められていた。


 此処に押し込められてソーニャは初めて自分の身に何が起こったのか、分ってしまった。



 初めて与えられた、たっぷりの朝食も、綺麗な服もソーニャに対する商品価値を上げる為の行動だったのだ。


 “捨てられた……”その事を理解した彼女は人形の様に生きる気力を無くしてしまった。



 牢屋での生活は地獄そのモノだった。



 何かをされた訳では無い。彼女達は商品だからだ。上客共は変態的な嗜虐的趣味を持つ者も多かった。


 だから出来るだけ“素のまま”で“出荷”される事を要望されていたからだ。


 何かをされる訳では無いが、ただ……牢屋に閉じ込められた子供達が次々に“出荷”される時、その子供達は気が狂った様に泣き叫ぶのだ。


 その絶叫を抑え付ける為に響く男達の怒号。


 絶叫と怒号……その声を聞く度、ソーニャは……次は自分では無いかとガタガタと震えるしか無かった。


 その牢の中ではソーニャは自分の無力を噛み締めるしか無く、膝を抱えて震えるのみだった。



 そんな絶望の中、彼女を救ったのは黒騎士マリアベルだ。


 幼い子供を他国へ売り払う人身売買組織の壊滅任務を指揮したマリアベルは、屋敷に乗り込み元締めを始めとする人身売買組織を捕縛した。


 そして……暗闇に閉じ込められていたソーニャ達を救ったのだ。その中でマリアベルは身寄りも無く、特に悲惨な状況だったソーニャを妹とした。



 それから始まったマリアベルとの生活はソーニャが心から欲した日々だった。


 マリアベルから与えられる生まれて初めて味わう暖かい愛情……。彼女も辛い過去を持つ為か、ソーニャに対し優しく暖かく接した。


 対してソーニャは戸惑いながらも、其れを無償に与えてくれるマリアベルを何者より深く敬愛し、彼女に近付こうと必死で努力した。


 自分を闇から救いだし、何より欲した愛を注ぐ存在……。ソーニャに取ってマリアベルこそが世界の中心になったのだ……。




 ◇   ◇   ◇




 そんな過去を持つソーニャは、マリアベル以外の人間には一定の距離を置いて接する。


 表面上は親しげに接しても、決して気を許す事は無かった。レナンも、ティアも同じだった。



 始めはマリアベルの為だけに彼等を利用していた。



 しかし……トルスティンの子供達である彼らは……ソーニャのそんな考えなどお構いなしにズケズケとソーニャの心中に入り込み行動する。


 気が付けば、レナンも、ティアもソーニャに取って利用するだけの存在では無くなっていた。



 そして、今言われたトルスティンの言葉。


 マリアベルの為だけに行動するソーニャに取って、自分の為だけに与えられる善意は戸惑いも大きいが、インパクトも大きかった。


 

 ソーニャはトルスティンが自分に向けて言った“家族”と言う言葉を受け、号泣した後……。



 「……うぅ……ぐす……ト、トルスティン様……、御優しい言葉有難う御座います……。ですが、そのお言葉、私は受ける訳には参りません……。私がした事は、マリアベルお姉様の為とは言え、簡単に許されるべきではないと思います……。でも、お気持ちは本当に嬉しかった……」


 「……気にするな、と言っても……君は無理なのだろう。だが、私が言った事は本気だ……。君は何時だって此処に帰って来てくれ」


 「……は、はい」


 トルスティンの言葉にソーニャは小さく呟くのが精一杯だった。彼の無償の優しさは、ソーニャの心に温かく滲透すると同時に、傷を抉るのだった。


 涙目で辛そうな表情を浮かべるソーニャにトルスティンは、悪戯っぽく笑いながら話す。



 「……さぁ、街へ向かおうか、ソーニャ君。君には王都に戻って……ティア達の間者を務めて貰わんとイカンしな」


 「……フフフ、ぐすっ…… じ、娘や息子の日常を白騎士の私に探らせると? とんだ腹黒伯爵ですね……」


 砕けた口調で話し掛けるトルスティンに対し、ソーニャは涙目で文句を言う。そんな二人の姿は仲の良い父と娘の様だった……。

いつも読んで頂き有難う御座います。この話でソーニャのエピソードは終わり、次話から物語は王都へと移ります。


 次話は5/17(日)です。宜しくお願いします!

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