167)アルテリアにて
それから瞬く間に時が過ぎ、年が明け春も過ぎ去った。
王都はもう直ぐ開かれる建国祭に向け、大慌てで準備が行なわれている。そんな中、黒騎士マリアベルの妹であるソーニャはアルテリアを訪れていた。
彼女が居るのはアルテリアの中央都市アルトにある領主館だ。彼女は度々アルテリアまで足を運び、レナンやティアの近況を伝えに来ていた。
もっともソーニャがこのアルテリアに来る意味は、以前ロデリア王の命に叛いた前当主トルスティンの動向を把握するのが本当の目的だった。
しかし、前当主トルスティンは息子レナンを守ろうとして起こした叛意である為、レナンやティアが健在である今となっては、謀反など起こす気も無かった。
ソーニャもその点は分り切っていたので、アルテリアに来るのは完全に遊びになっていた。
そしてソーニャもいつしか、この地に来る事が息抜きの様に感じている様だった。
「……そんな訳で最近ティアは王都でもすっかり有名人ですわ……。“紅き豪炎”なんて二つ名が付いていますし。特級冒険者のクマリ達と組んで冒険者としても活躍し……、何時の間にか2等級の冒険者にまで上り詰めましてよ。まぁ、ダイオウヤイトを狩れる位なのだから……当然なのでしょうけど……」
ソーニャは静かに何処か諦めた様な口調で話す。そんな彼女の話を聞くのはトルスティンと現当主エミル、そしてその妻のメリエだ。
初めてソーニャが此処に来た時は険悪な雰囲気だったが、彼女がティアを奮起させてからはソーニャはティアの友人として迎えられていた。
もはや気心の知れる関係となった彼女に、エミルは砕けた口調で問う。
「……ソーニャ君、今日は珍しいな。いつもならティアに対する毒舌が止まらないのに」
「あら、失礼ですわね、エミル様? これでも私はティアとは友人の心算ですわ! 正直、あの子に関しては言いたい事は沢山有りますけど……最近はちょっと頑張ってる様にも見えますので……」
「ほう……そうか……」
冷やかす様に問うたエミルに対し、ソーニャは両手を広げながら答えた。彼女が話すティアの様子に、父トルスティンも目を細めながら呟く。
そんな彼を見てソーニャが悪戯っぽい笑みを浮かべ、話を続ける。
「まぁティアも頑張ってはいますが……、それ以上に……あの子のあんまりにも度が過ぎる残念さに……呆れざるを得ないと言うか、何というか……。
知っていますか? ティアは毎朝、師匠のクマリを背負って王都を走っているのですけど……、ぐぅぐぅとお腹を鳴らしながら走るものですから、出店の方々からお食事を与えられる始末……。
その様は……まるで餌付けされているお猿さんの様で……とても令嬢とは思えませんわ!」
おどけて話すソーニャにその場に居た者達は笑いに包まれる。幼少から変わらないティアの破天荒振りがツボにハマった様だ。
「アハハ!全くだ、その点は僕も同意するよ!」
「ウフフ、漸くソーニャちゃんの調子が上がって来たわね。さぁ、カスタードパイを焼いたの! 食べながらあの子達の様子を聞かせてくれるかしら」
「分りました、メリエさん。ティアの話には事欠きませんから。あの子は学園でも……」
メリエの言葉を受け、ソーニャは話を続ける。彼女が話すティア達の様子にエミル達は盛り上るのだった。
◇ ◇ ◇
「……それでは今日の所は失礼します。皆さん、お元気で」
領主館で一頻り会話を楽しんだソーニャは、エミル達に別れを言う。彼女はアルテリアの街で待たせている仲間と合流し王都に戻る予定だ。
「……私が見送ろう、何……隠居の身だからな」
街へ一人で向かうと言ったソーニャに対しトルスティンが付き添うと言い出した。
ソーニャは遠慮したが、彼は若い娘を一人で行かせる訳に行かないと押切り、結局二人で街へ向かう事となった。
領主館から出て歩く中、トルスティンが呟く。
「……助かるよ、君に報告して貰えて。ティアもレナンも手紙は寄越すが、此処には帰って来ない……。そんな訳で……君が伝えてくれる近況が楽しみになって来たよ」
「……トルスティン様……私達が……私がした事を恨んでおられるのでしょう……?」
何気なく話すトルスティンに対し、ソーニャは気になっていた事を問う。
彼女は人心を操作する術に長けており、様々な人間を謀略に掛けて来た。ただ、その相手の多くは犯罪捜査上、フェルディの様な悪人が大半だった。
そんな中、王命を受け、謀略に掛けたトルスティン達アルテリアの者達は、白騎士ソーニャが守るべき善人だった。
例え愛するマリアベルの為とは言え、自分の卑劣な策で引き離したティア達家族の事は……時間が経つ程、そしてアルテリアの者達の善意に触れる程……、ジュクジュクとソーニャの心を抉るのだった。
今更ながらのソーニャの言葉にトルスティンは……。
「……無論、最初は憤りも感じた……。だが、レナンの活躍で王国が何度も救われた、と言う事であれば……、認めたくは無いが……これも仕方無かった事かも知れんと、考える様にしている」
「…………」
絞り出す様に呟くトルスティンに、ソーニャは掛ける言葉が見つからず下を向いて黙るのだった。
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