163)神託
回廊で出会った、神託の巫女ダキム。彼女の神託でレナンは運命を狂わされたのだ。その神託についてレナンはダキムに問うと、彼女は感情を込めず静かに答えた。
「……ワシら、巫女の血族は生来、感受性が高く……、他人が聞こえないモノ、感じないモノを知る能力が高いのですじゃ……。
そんな訳で、ワシらは昔から巫女として吉凶を伝える事を生業としておりました……。そんなワシらに……いつの頃から、“特別な声”が聞こえる様になったのですじゃ……」
「特別な、声……?」
淡々と話すダキムにレナンは訝しんで問う。
「そうですじゃ……。その声は稲妻の様にはっきりと響き、脳裏に焼き付く様で……。半年ほど前に……ワシが聞いた声は、正に貴方様の事でした……。
“銀の髪と赤き眼を持つ少年が白き光を纏い勇者と為りて王国を救うだろう”と……。ワシの目は光を失っておりますが……その声を受けた時……貴方様の御姿を、はっきりと見る事が出来たの出来たのですじゃ……。何ともお美しく凛々しい姿を……、おおお!」
ダキムは神託を受けた際、脳裏に見たレナンの姿を思い出し感極まって咽び泣く。
突然泣き出したダキムにレナンは戸惑っていたが、意を決して肝心な事を問い掛ける。
「……あ、あの……ダキム殿が言う“声”は誰からの……」
「無論、神からの声! 故に神託ですじゃ!」
「……はぁ」
問うたレナンに対し、ダキムは間髪入れず即答した。この老婆は自分に聞こえる声が神からの声であると信じて疑わない様だ。
レナンはどうにも胡散臭く生返事を返す。
「……どうやら……、神託について信じておられない様ですな? 声の響きで伝わりますぞ」
「……いえ、そう言う訳では……。あの、神託は他には何か言われていますか?」
「神託とは神からの声……。こちらから問うて返事は頂けませぬ。それも滅多に授かるモノでも有りませぬので……。有る時、突然に授かるのですじゃ……」
半信半疑なレナンの問いに、ダキムは自信有り気に答える。だが、その話は思い込みが強く一方的だった。
(……巫女は神託をただ、受けるだけか……。“声”の出所はダキムさんに尋ねても無駄そうだな……)
レナンはこれ以上、神託について問うても無駄だと理解し、ダキム達に別れを切り出した。彼は色々と疲れていたのだ。
「……ダキム殿、ラニ殿……。それそろ、おいとまさせて頂きます。……興味深い話を聞かせて頂き有難う御座いました」
レナンはそう告げて二人に頭を下げ、歩き出した。ダキム達は何も返答せず黙っていたが……。
「……そうそう、白き勇者殿……。つい先日も……授かりましてな……」
「!? ……それは……どのような神託だったのですか!?」
勿体ぶった様な言い方で呟くダキムに、レナンは問い詰める。対してダキムは……。
「いや……神託の声と言うより……荒ぶる感情と言いますか……」
「荒ぶる、感情……?」
「左様……少し前……此れまで感じた事が無い程、強い感情が伝わりまして御座います。それは……正に全身を打ち砕かん程の衝撃でした……。その強い感情は、ワシだけでは無く……此処に居るラニにも伝わった程……」
ダキムは話しながら思い出したのか、老いた体を震わしながら呟く。
対して横に居る見習いの少女ラニも、突如真っ青な顔でガタガタと震え出す。
「……ラニ殿、宜しければ教えて下さい……。伝わった“感情”は、どの様な……」
「怒り……、憎しみ……! ううぅ!」
レナンは震えるラニに優しく問うたが……彼女は消え入りそうな声で呟いた後、突如頭を抱えて泣き出した。余程、恐怖を感じた様だ。
「だ、大丈夫ですか、ラニ殿!」
「……白き勇者殿……見習いのラニにとって、神からの波長は強過ぎた模様で……。無礼をお許し下され」
「い、いえ……」
ラニの身を案じたレナンに対し、ダキムが静かに侘びる。
「ダキム殿……、貴女達が感じたと言う……、その“怒り”に関して、陛下にご報告は?」
「……勿論、いの一番にお伝えさせて頂きましたです……。じゃが、陛下は“馬鹿馬鹿しい、世迷言を”と一蹴され、聞く耳を持たなんだ……。どうやら貴方様が居る事で万事御安心されているかと……」
「…………」
レナンの問いに、ダキムはさも残念そうに答える。レナンは国王の予想通りな態度に辟易して口を噤む。
「……白き勇者殿、ワシらも、そろそろ失礼させて頂きまする。……行こうかラニ……」
「はい……」
ダキムはラニを促し、レナンと別れゆっくりと歩き出す。レナンは彼女達に会釈して自室に向かおうとしたが……。
別れ際、ラニがレナンに向かい消え入りそうな声で囁いた。
「……怒りは……このロデリアに向けられてます……。勇者様、お気を付け下さい……」
「……え?」
突如、ラニから訴える様に囁かれたレナンは、驚き振り返るが……ゆっくりとダキムと共に反対方向に歩くラニは、表情を強張らせたまま彼に会釈して立ち去った。
レナンは呆気に取られたまま、立ち竦んでしまう。
(……神の、怒り? ギナルの白き神と言い……一体……何が起こるって言うんだ……。いや、今は……僕が出来る事をしよう……)
レナンはギナル兵の死に際の言葉と、ラニの囁きが符合し……何とも言えない気味悪さを感じたが、気持ちを切り替えながら自室へと急ぐのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話投稿は4/26(日)です、宜しくお願いします!