162)二人の気持ち
「得心が行かぬ! 陛下はレナンを道具として考えておられるのか!」
王城の回廊を歩きながらマリアベルは憤慨する。
彼女はレナンを軽視した国王に迫り、処遇の改善を求めたが聞き入れて貰えず、逆にレナンとの間に一刻も早く子を成す様に厳命された。
まるで家畜の様なレナンの扱いに、叔父とは言え国王の態度が我慢ならなかったのだ。
「……有難う、マリアベル……僕の為に怒ってくれて……。でも、良いの? 君は、僕と……」
「!? そ、そそそれと、これとは別だ! これではトルスティン殿に申し訳が立たん!」
レナンの問いに、マリアベルは盛大にドモリながら答える。彼女からすれば、国王の話は渡りに船だった筈。
それをマリアベルはレナンの事を案じ、良しとしなかったのだ。
そんな彼女にレナンは……。
「ハハハ、この政略結婚? になるのかな……。その相手が君で……まだ、良かったよ。陛下と同じ事をしつこく迫られたら、心底疲れちゃうからね……」
「……言っておくが、私はお前との婚儀を誰より望み……、そ、そ、そそそして……その子作りを……、はぁはぁ、と、とにかく! 私は誰にも遠慮する心算は無い! だが、だからと言ってお前を蔑ろにされる事は許せんのだ!」
本音を口にしたレナンに、マリアベルはドモリながら答える。レナンに“君で良かった”と言われた事に激しく動揺した様だ。
「お気遣い頂き有難う御座います、姫殿下殿。ですが……この私めは、故郷に帰る事は諦めておりませんから」
「ハハハ! 何時でも帰れば良いさ、我が夫として私と共に……」
勿体ぶった言い方で話したレナンが面白くて、マリアベルはつい、笑ってしまうが自分の気持ちだけは、はっきりと伝えた。
「「…………」」
レナンとマリアベルは互いの本音を伝え合った後、沈黙して見つめ合う。
レナンとしてはマリアベルの事は嫌では無かったが、自分の意に反して連れて来られた事であり、彼の中では故郷と、ティアを忘れる事など出来なかった。
対してマリアベルは、運命の相手であるレナンを諦める気は全く無かった。互いの本音は重なり合いはしなかったが……。
「ハハハ……」
「フフフ……」
見つめ合っていた二人は可笑しくなって笑い合う。
「……まぁ、先の事は後で考えよう」
「そうだな、だが……私は絶対にお前を諦めない。その事を忘れるな」
最後に笑顔で話し合った二人は回廊で別れた。何でもマリアベルは死んだダイオウヤイトをソーニャ達と共に検分すると言う。
対してレナンはこのまま自室となっているマリアベルの部屋に戻る事にした。今日は余りに色々な事が有り流石の彼も疲れたのだ。
思えば大広場でのダイオウヤイト殲滅から始まり、ジョゼをギナル兵から助けた後、ティアとマリアベルの二人からの熱烈なキス。
それだけで終われば良かったのだが……、捕虜となったギナル兵の自害と残された謎に次いで、最後は国王から人間扱いされず、強制子作りを命じられる、と言う嫌な思いで締め括られた。
余りの出来事が一度に重なったレナンは、少し落ち着いた時間が欲しかった。
その為、自室で考えようと回廊をのんびりと歩くレナンだったが……。突然、背後から声が掛けられる。
「……もし……、其処に居られるのは、白き勇者様では有りませぬか?」
当然声を掛けられたレナンが振り返ると、其処には……腰の曲がった老婆と彼女の手を引く少女が居た。
老婆は両目を白い包帯で覆っており視界が防がれている。少女は10歳位だろうか、顔だちが良く幼いが無表情で感情が見えない。
「……えっと……貴女方は……?」
「これは失礼しました……ワシは占いを嗜む老いぼれのダキムと言う者……。こちらの小娘はラニ……見習いですじゃ」
ダキムと名乗った老婆は恭しく頭を下げ、見習いのラニも同じ様に頭をペコリと下げる。
「其れで……僕に何か用ですか……?」
レナンが呼び止められた事を尋ねるとダキムと名乗った老婆は口元を不気味に歪めて笑いながら答える。
「ヒヒヒ……、ワシが受けた神託により……導かれし、白き勇者殿に一度お会いしたかったのですじゃ……」
「!? それじゃ……貴女が……神託の巫女……」
含みのある笑みを浮かべて答えたダキムに、レナンは驚き呟く。
このダキムの神託により、レナンはアルテリアから見出され王都へ連れて来られたのだ。レナンが此処に居るのもダキムの所為と言っても過言では無かった。
「……白き勇者様……神託の通り……貴方様はこの王国を何度もお救いになった……。砦の戦い、巨獣。そして今回も……」
「ダキム殿……何故貴女は僕を見つける事が出来たのですか? 神託とは何なのですか?」
感慨深く呟くダキム。彼女は巫女としての務めを果たせた事が何より嬉しい様だ。対してレナンはそうでは無い。
ダキムの神託で彼はティア達家族から離され、王都へ連れて来られたのだ。喜んで聞かされて気分が良い筈が無い。
レナンは自分を振り回した神託についてダキムを問うのであった。
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