160)疑念
元婚約者ティアと現婚約者マリアベルから突然キスされると言う修羅場を経て、戸惑い呆けているレナンに対しソーニャが噛みつく。
「呆けている場合では有りませんよ、お兄様! 捕えた残兵を王城へ連れて行くのですから! ……全く、レナンお兄様がもっとしっかりして下されば……ティアに出し抜かれずに済んだのです!」
「いや、その……でも……ゴメン」
ギャンギャンと文句を言うソーニャに、レナンは言い返そうとしたが勢いに負け、取敢えず謝った。
その様子をレニータは面白そうに笑いながら見ていたが、そんな彼女達に声が掛けられる。
「何を遊んでいる、レニータ。さっさとコイツを連れて行くぞ」
声を掛けたのは白騎士隊のべリンダだった。彼女はジョゼを人質にしようとした黒装束のギナル兵を連れている。
ギナル兵は捕縛用の縄で幾重にも縛られていた。彼の廻りにはルディナ達、他の白騎士達が囲んでおり、厳重な体制で移送する事が伺えた。
これでは往生際の悪いギナル兵も逃げ出す事は敵わないだろう。黒装束のギナル兵は王城で情報を吐かせる為に厳しく尋問され、最後には命を絶たれる事となる。
どう考えても彼のこれからは行き詰っている。……しかし、そんな状況にも関わらず彼は不気味にも笑っていた。
そして彼はレナンを見つめて一言呟いた。
「……俺が……邪教徒の浄化を実行すると言う大願を果せず、祖国にも戻れず囚われの身となった事……。断腸の思いだが、意味は有った……。この地で御神を仰ぎ見れたのだから。もはや悔いは無い」
「はぁ? 何言ってんだお前!?」
ボソボソと呟くギナル兵に、気の短いレニータが叫んだ。
「愚かしい者共め……、超常たる神がこの場に居られる事にすら、目に映らんとは……。やはり、この国は邪教に毒されている」
「貴様……もう一度言ってみろ……」
小馬鹿にした笑みを浮かべギナル兵が吐き捨てると、彼を連れていたべリンダが胸倉を掴んで恫喝する。
「落ち着いて、べリンダ!」
興奮した様子のベリンダを傍に居たレナンがなだめる。その時、自らに近付いたレナンを見たギナル兵は常軌を逸して叫びだす。
「いと高き白き神よ!! 我が身を供物として捧げます! 何卒、邪教共を根絶やしに!!」
“ガリッ!”
レナンを狂った瞳で凝視しながら叫んだギナル兵は、口に含んでいた何かを突如噛み砕いた。
「ガハッ!!」
「し、しまった、自決剤です! 早く吐かせて!」
ギナル兵は口内に隠していた自決剤を噛み砕き、吐血した。その様子にソーニャは慌てて指示する。
レニータ達はギナル兵の口を開こうとするが、彼は激しく抵抗し血を吐きながら大声を上げた。
「し、白き神よ! 今に……おぐっ、くく、黒の神船が! 御身の元へ……う、うぎぃ!」
ギナル兵はレナンに向けて叫んでいる途中で胸を掻き毟り白目を向いて倒れた。そんなギナル兵を見たソーニャは苛立ちながら指示を飛ばす。
「ルディナ、ナタリー! 貴女達は回復を試みて! リース達は解毒剤を! 早く!」
ソーニャの指示で白騎士達は慌てながらギナル兵を蘇生させようとする。
そんな中レナンはギナル兵が死の間際に叫んだ言葉が、脳裏にこびり付き……自然と口に出す。
「……僕が白き、神? それと……黒の神船って……」
ギナル兵がレナンに残した謎の言葉。彼はそれが自分とは無関係とはどうしても思えなかった。
(……あのギナル兵は……僕の事を分っていた……。その上で“神”と……。一体……どう言う事だ? 何故僕を“神”と呼んだ?)
レナンは沸々と湧く疑問を考えながら、己でも気が付かず呟く。
「僕は……何者なんだ……」
レナンの呟きは白騎士達による喧噪の中、誰にも聞かれず搔き消えるのだった。
◇ ◇ ◇
大広場での襲撃事件が落ち着いた頃……、レナンはロデリア王に呼ばれ玉座の間に来ていた。
国王の前で跪くレナン。国王の横には兜を外したマリアベルが立ち、後は重臣達が座している。
「……ご苦労だった……白き勇者レナンよ」
「勿体なきお言葉です、陛下」
ロデリア国王は跪くレナンを見下ろしながら労いの言葉を掛け、彼もそれに答えた。
「それにしても、そなたの力……城壁を刳り貫き、森を長大に削るとは……。フハハ、げに恐るべき力よ!」
国王は森を削ったレナンの力を思い出してか闇を湛えた笑みを浮かべ愉快そうに答える。
対して重臣達は青い顏を浮かべてヒソヒソと囁き合う。どうやら彼らはレナンの力を恐れている様だ。
マリアベルはレナンの活躍がとても嬉しい様で、まるで我が事の様に誇らしげに何度も頷く。
レナンは重臣達の様子を一瞥してレナンは国王に尋ねた。
「……陛下、お聞きしたい事が御座います」
「良い、問う事を許す」
尋ねるレナンにロデリア国王は機嫌が良い為か即答した。
「……恐れながらお尋ねします。敵国であるギナルに……“白き神”と呼ばれる存在が?」
「報告に有ったギナル兵の今際の言葉か……。ふむ、確かにその様な噂を耳した事は有るが……、真偽の程は不明だ。このロデリアは彼の国と断交して久しい。間者を送ろうにも無事に戻った試しが無いしな……」
レナンの問いに国王は思い出しながらどうでも良い様に呟く。
だが次の瞬間……。
「しかし、何も案ずる事は無い! このロデリアには、白き勇者レナン! そなたが居る! ギナルの胡散臭い神など、我等が敵では無いわ! 皆もそう思うであろう?」
「誠に陛下の申される通りです!」
「全く陛下の御慧眼には唯感心するばかり!」
ロデリア国王の言葉に周りの重臣達は媚びへつらうのであった。そんな様子にマリアベルは呆れた顔を見せて、そっとレナンに微笑む。
対してレナンは彼女に微笑み返しながらロデリア王国に漂う危険な香りを感じるのであった。
いつも読んで頂き有難う御座います!
中々リアルの方の大変さと相まって投稿が週2日のペースより縮める事が出来ず申し訳なく思います。原稿を考えるのに時間が掛かってしまって……。ですが大変な時期だからこそ頑張りたいと思います。
次話は4/15(水)予定です。宜しくお願いします!
追)一部見直しました!