157)ダイオウヤイト討伐-30(紅への称賛)
一人残ったギナル兵により人質にされたジョゼ。ギナル兵は彼女の顔にナイフを突き立てている。
彼の周りにはマリアベルや白騎士達、そしてレナンが取り囲んでいた。そんな中、ティアがギナル兵に向け叫ぶ。
「今すぐ、ジョゼを放せ!」
ティアの後ろにはクマリやライラ達が並び、厳しい顏でギナル兵を睨む。対してギナル兵はナイフをギラつかせながら叫んだ。
「馬を寄越せ! さもなければこの女を殺すぞ!」
ギナル兵は、ジョゼの顔に当てたナイフを押し付け恫喝する。興奮している様で、要求が通らなければ本気でジョゼを殺しかねない。その様子にマリアベルは冷静に答えた。
「……落ち着け、お前の要求通り馬を用意しよう……だから、その少女を放せ」
「馬が先だ! さっさと用意しろ!」
マリアベルの言葉にギナル兵は興奮した声で叫ぶ。しかしギナル兵は叫びながらレナンの方をチラチラと見遣る。
どうやら彼が気になって仕方が無い様だ。ギナル兵の挙動不審な態度を見たティアは彼の者が危ないが隙が有る事に気が付いた。
そこで近くに居たレナンに目配せで合図を送る。対して彼女と長い付き合いのあるレナンは、ティアの視線が意味する事が分かった。
彼はギナル兵から見えない様にそっと右腕を後ろに回した後、その右腕を異形へと変貌させる。
ティアはギナル兵に気付かれ無い様にゆっくりと、死角へと回った。
レナンはティアがギナル兵の死角に回った事を確認すると……、静かに呟く。
「雷刃……」
“ガガン!”
レナンが後ろ手に隠した右手の力により無詠唱で魔法を行使すると、ギナル兵の頭上に小さな雷撃が迸った。
「う、うぐぅ」
レナンの電撃を受けたギナル兵は、グラリと崩れ落ちそうになる。そこへティアは……。迷いなく駆け出し飛び蹴りを食らわした!
「うおりゃあ!」
“ドガン!”
叫び声と共に繰り出したティアの飛び膝蹴りは綺麗に決まり、ギナル兵は地面に転がされた。
「今だ! 取り押さえろ!!」
「「「「御意!」」」」
地面に倒れたギナル兵を見てマリアベルは白騎士達に指示を送る。白騎士達に抑え込まれたギナル兵は捕縛用の縄で何重にも縛られた。
どうやら気を失っている様で動かず転がっている。そんなギナル兵に関わずティアは……。
「ジョゼ!!」
叫びながら人質にされたジョゼに抱き着いた。横に居たリナも彼女に続き、抱き合った三人は嬉しさと安堵から大泣きしてしまう。
そんな彼女達を周囲の民衆達は、暖かい拍手を送った。彼等も今度こそ危機が去った事を心から喜んでいる様だ。
ティア達の様子を見た白騎士達や、バルドやライラ達もほっとした様子で彼女達を眺めている。
レナンはマリアベルの横に立ち、二人でティア達を見ていた。二人の英雄が並び立った事を見た民衆達が大声を上げる。
「黒騎士様、レナン様万歳!」
マリアベルとレナンを見た民衆達が興奮して彼らを称える声を上げたが……対してマリアベルは民衆に向けて両手を広げて此れを抑えた。
彼女にはこの騒乱において、誰が一番貢献したか良く分っていた。その事を知りながらマリアベルは皆の称賛を受ける等、許せなかった。
だから、彼女は黒い兜で顔を隠したまま、民衆達に向け大声で話し出す。
「今日、この日! この王都は卑劣な者達により危機に晒された! しかし、新たに現れし英雄により! 王都は危機を脱したのだ!
その英雄の名は……! 紅き豪炎、ティア フォン アルテリアだ! ロデリアの民達よ、彼女を称えて欲しい!!」
マリアベルがティアを指し示し、大声を上げると――。
「紅き豪炎! 新たなる英雄!」
「紅き豪炎、万歳!」
「「「「紅き豪炎、万歳!!」」」」
既に知られたティアの大活躍と、ジョゼを救った事も相成り、大広場に居る民衆達は大歓声でティアを称賛した。
リナやジョゼ達と抱き合っているティアは行き成り始まった自分への大きな称賛に戸惑っている。対してライラやミミリ、バルド達もティアを囲んで称えた。
そんな中クマリは、何時の間にか花壇に設けられたベンチの上に立ち、このタイミングを待っていたかの様に大声を上げた。
「王都の皆!! どうか聞いて欲しい! 私はクマリ、特級冒険者だ! 其処に居る“紅き豪炎”の師匠でもある!」
ティアに向け歓声を上げていた民衆は、クマリの叫びを受け徐々に静かになった。クマリが特級冒険者であり、ティアの師匠と言う事を聞いた為だろう。
クマリはそんな民衆を見ながら叫び続ける。
「この紅き豪炎ティア フォン アルテリアは! 何と、白き英雄レナンの元婚約者だ!!」
「!? 何だって……」
「どう言う事だ?」
「そう言えば……確かアルテリアって……?」
クマリの明かした真実に民衆はどよめき始める。民衆のどよめきを見た白騎士のソーニャが拙いと感じ、クマリに迫ろうとしたが、彼女の周りに民衆が集まり出して満足に動けない。
クマリはそんなソーニャの動きを見て、風魔法を付与してヒラリと飛び上がりティアの横に舞い降りる。
“ストン!”
「「「おお!!」」」
クマリの華麗な動きにより民衆達は感嘆し、ティア達の周りに輪となって集う。
こうなってしまえば流石にソーニャ達もクマリを止める事は出来ない。ティアはクマリの言動を驚き横に立った彼女に小さく声を掛ける。
「し、師匠……?」
「良いから任せとけ」
戸惑ったティアに構わずクマリは集った民衆達を見て益々勢い立ち声を高める。
「紅き豪炎のティアはあの悪名高きルハルト公爵の狡猾で卑劣な罠に嵌り! 白き勇者レナンとの婚約破棄に至った!
一方のレナンは王国を守る為、白き勇者となり……二人は別れるしかなかった! 失意のティアは彼を取り戻す為に戦い続け! 新たな英雄となったのだ! 全ては白き勇者との愛の為に! ロデリアの民よ、そんな若き英雄に称賛を!!」
「「「「「…………」」」」」
クマリの叫びを受けた民衆は一瞬黙ったが……。
「「「「「うおおお!!」」」」」
既に興奮気味だった民衆は、明かされた新たな真実に一斉に湧いた。
クマリは敢えてティアの婚約破棄を国王の策と言わず、ティアを貶めたフェルディの実父ルハルト公爵の名を出した。
フェルディもルハルトも今では王都では悪名高い存在となっており彼等の名を出した方が、民衆の受けが良く事が上手く運ぶと、クマリは考えたからだ。
大歓声に包まれる中、戸惑うティアにクマリはそっと囁く。
「……お膳立てはしたぞ、ティア……。後はお前が決めてやれ」
そう言ってクマリは弟子の背中をそっと押してレナンの元へ向かわせるのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います。
世間ではコロナウイルスの影響が止まらず大変な事になっています。著名な方がお亡くなりになったり、政治家や王族の方が罹患したりと、自分も連日のニュースで大きなショックを受けています。
大変な状況ですが負けない様に頑張って行きたいと思います! 次話は4/5(日)投稿予定です!
宜しくお願いします!
追)一部見直しました!