156)ダイオウヤイト討伐-29(黒い妄執)
レナンが光の槍でダイオウヤイトを貫いた少し前――。
ティアによりダイオウヤイトごと吹き飛ばされて地面に転がされ、気を失っていた黒装束のギナル兵は目を覚ました。
目覚めると手足に鋭い痛みを感じた。赤毛の女の仲間から矢を放たれて負った傷に依るモノだ。
転がった際に矢は折れて抜け落ちている。矢を放った仲間は女だった事で矢は深くはギナル兵に刺さっていなかった様だ。
ギナル兵は、痛みに耐えながら注意深く頭をゆっくり動かして周囲を見る。
倒れたままで状況を確認すると……、6体居たダイオウヤイトはもはや1体となっていた。既に5体は両断され、ペシャンコに潰れたりと絶命していた。
その状況に王都を壊滅させる作戦は失敗に終わった事を理解する。自分が操っていたダイオウヤイトも赤毛の女に潰されてしまった。
彼は激しい怒りを抱きながら、残ったダイオウヤイトの様子を伺う。最後のダイオウヤイトは王都城壁によじ登っていた。
城壁の下では残った一体に対し攻撃を仕掛けようと黒騎士や背の低い女冒険者が、武器を構えていたが、城壁の上部に居るダイオウヤイトを攻めあぐねている様だった。
対して最後の一体は、赤毛の女に尾を向け、酸を吹き掛けようとしている様だ。
赤毛の女はどう言う訳か満足に動けない様で、仲間と共に一ヵ所に固まっている。このままなら、酸攻撃は直撃し赤毛の女は仲間諸共即死するだろう。
同志達の無念が晴らされる事に、ギナル兵喜びながら……残る黒騎士を何とか討つ事を決めた。
“ならば、このまま倒れた振りで油断を誘い機会を待とう”そう考えたギナル兵は、そのまま死んだ振りを続ける。
赤毛の女が酸に焼かれ苦しむ姿を、この目で見てやろうと薄汚く考えていたのだが……。
最後のダイオウヤイトが噴出した強力な酸。これは矢よりも早く、赤毛の女を襲う筈だった。
――そこに信じられ無い存在が舞い降り……強力な酸を不可思議な技で防いだ。
その舞い降りた存在を見たギナル兵は仰天した。赤毛の女の前に降り立った白い姿の少年は銀髪に白い肌……そして紅い目を持っていたのだ。
その姿こそは、自らが信じ仰ぎ見る“白き神”そのままだった。
(!? ど、どう言う事だ……!? この地に白き神が居る筈は無い! しかし、あ、あの姿は紛れも無く神と酷似している! バカな……)
ギナル兵は現れたレナンを見て大いに驚いた。しかし彼は、その後もっと有り得ないモノを目撃する。
“キイイイイイン!!”
現れたレナンが右手を高く上げると、その手に眩く光の槍が生成された。
彼がその光の槍を投げると――城壁の上に居るダイオウヤイトを貫いて一瞬光輝いたかと思うと大音響が鳴り響いた。
大音響の後、土煙が晴れると其処には……城壁には大穴が開いて、その後ろの森すら長く切り裂かれている。
その光景を見たギナル兵は確信した。あの銀髪の少年は紛れも無く、自分達が信仰する白き神であると。
ギナル皇国の白き神は稀に“神罰”を与える。その破壊の様相が銀髪の少年が見せた破壊の痕跡に酷似しているのだ。
(……この御力……ま、間違いない……この御方は白き神だ! なぜこのロデリアに……!? この情報は俺の手に余る。 何としても皇国に戻り伝えねば!)
黒装束のギナル兵は知ってしまった事実を何としても祖国に伝えるべく、行動を開始するのであった……。
◇ ◇ ◇
時は戻って――お祭り騒ぎとなりレナン達を見ようとしている民衆が人垣なっている大広場。
其処にやって来たリナ達は。倒れたまま死んだ振りをしていたギナル兵がゆっくりと起き上がり、背後に迫る事に気付いていない。
「リナ! ジョゼ! 危ない!!」
ティアは叫びながらリナ達の元へ駆け出した。ギナル兵は手頃な人質としてリナかジョゼを拘束しようと考えている様だ。
「間に合え!」
ティアは叫びながら必死に駆ける。……しかし一歩遅く、ギナル兵はジョゼの首に左腕を回して拘束した。
「キャアア!!」
ジョゼは突然の事に驚き叫んだ。彼女の顔には、ギナル兵が右手でナイフを突き付けている。
ジョゼの叫びでお祭り騒ぎだった周囲は騒然となった。逃げ去る者達やジョゼの様子を遠巻きに立ち止まって見る野次馬に行く手を阻まれティアは叫ぶ。
「と、通して! お願い!」
人を掻き分け何とかジョゼの元に辿り着いたティア。其処には……。
ナイフを突き付けられたジョゼが酷い泣き顔で怯え震えていた。
「ジョゼ!!」
「動くな! この女がどうなっても知らんぞ!」
ティアはジョゼを見て叫ぶが、血走った目で彼女の首に手を回し拘束しているギナル兵が大声で恫喝する。
「ジョ、ジョゼを放せ!」
共に居たリナはギナル兵に対し泣きながらジョゼを放す様に叫んでいた。ギナル兵の周りにはマリアベルやレナン、そして白騎士や後から来た騎士達が囲む。
「無駄な抵抗を止めろ! この人数差だ、諦めてその少女を解放しろ!」
マリアベルはギナル兵に向け叫ぶ。しかし黒装束のギナル兵はレナンを見つめ感情を消した声で呟く。
「……おお、いと高き、白き神よ……」
そう呟くギナル兵の目は虚ろで危険に満ちていた……。
一部見直しました。