150)ダイオウヤイト討伐-23(並び立つ二人)
レナンが教室を飛び出す少し前の事――。
木漏れ日亭の看板娘シアは母親でもある女将から頼まれて魚介類の買い出しに出ていた。
王都で食される魚介類は王都近傍に位置しているエリワ湖で漁獲されたモノが主だった。
その理由として王都は内陸に位置する為、沿岸部から漁獲された魚介類を運ぶのには魔法や魔道具に頼る必要が有り大変だったからだ。
木漏れ日亭の女将としては安くて美味い料理を提供する事を信条としていた為、魚介類は新鮮な内に入手する様にしていた。
そんな訳でシアは毎日朝市で魚介類を購入していたのだ。朝市は王都正門前に有る大広場で開かれている。
シアは今日も眠たい目を擦りながら大広間までやって来た。すると顔なじみの店主が明るく声を掛ける。
「やぁ、シアちゃん! 今日も女将さんに頼まれたのかい? いつも御苦労様だね!」
「ホント、御苦労様だよ! お母さん容赦無いから……ハハハ」
「まぁ、仕方無いさね。魚一匹負けとくから、元気出しな!」
「うわ、有難う! それじゃ遠慮なく……」
“ドガガン!!”
いつもの店主とのやり取りの中、突如鳴り響いた爆砕音。
その大きな音は王都正門から響いた。シアや店主……大広場に居た大勢の者達は一斉に音がした方を見ると……。
土煙の中、バラバラになった正門が見えた。閉じる事の無くなった門の奥に何やら黒い塊が見られたが……。
“キキキキイィ!”
甲高い鳴き声と共に、黒い塊は一斉に動き出し……その場に居た者達に襲い掛かった。
「ギャアアア!!」
「うわあああ!」
「キャアアアア!」
朝の穏やかな場は吹き飛び、大広場は恐怖に支配された。此処には正門を行き交う人々と、朝市を開き利用する者達で大勢の人達が居た。
黒い塊は手当たり次第、大広場に居る人々を襲い掛かる。
「シ、シアちゃん! に、にに逃げよう!!」
朝市の店主は恐怖で震えながらシアに呼び掛け逃げ出した。シアも店主の後を付いて走り出したが……。
“ガッ!”
「あ! あぐっ」
シアは勢い良く走りだしたが、足が縺れて転んでしまった。
「い、痛ったぁ……」
“ボタ、ボトン”
うつ伏せに転んだシアの足に何やら生暖かいモノが降り掛かった。
「……ま、まさか……」
シアが恐る恐る振り返ると、其処には……真黒い巨大な怪物――ダイオウヤイトが涎を垂らしながら巨大な触肢を広げてシアに襲い掛かろうとしていた。
「イヤアアアア!!」
シアは叫び声を上げながら逃げようとしたが、足に力が入らない。どうやら腰が抜けた様だ。
“キキキイイ!”
「だ、誰か! お願い!!」
大声で助けを呼ぶシアだったが、他にも現れたダイオウヤイトにより大広場に居た人達は襲われ、皆散り散りに逃げて誰もシアを助ける余裕が無い。
ダイオウヤイトは動けぬ獲物に噛り付きこうと口内の牙(鋏角)を広げて彼女に迫る。
絶対絶命、死を覚悟した目を瞑るシアの前に、眩い光りが広がり――
“ドガアアアン!!”
大音響が響いた。シアがそっと目を開けると、そこには……。
ティアが右手に光を纏いながらシアの前に立っていた。
襲い掛かってきたダイオウヤイトは、ティアの魔法に寄るモノか……吹き飛ばされて、10m位先で黒焦げになって絶命していた。
黒焦げになったダイオウヤイトからは煙が立ち上っている。
「ゴメン、遅くなった! シアちゃん大丈夫!?」
恐怖の為、酷い泣き顔のシアに、ティアは心配そうに手を差し出したのだった。
「……ティアちゃん……!! わ、私……ううぅ!」
「ホント、ゴメン……私達、こうなる前に何とかしたかったのに……途中襲われちゃって……」
酷い泣き顔で蹲るシアに、ティアは寄り添って背中を摩りながら謝罪する。
そんな彼女達の背後から凛とした声が響く。
「ティア、良く倒した! しかし、まだ危機は去っていない! 続けて行くぞ!」
シアが恐る恐る声がした方を見ると……其処には漆黒の厳つい鎧を纏った騎士が立っていた。
「……く、黒騎士……マリアベル」
王都なら誰でもその名を知っている英雄騎士が自分の前に立っている事が信じられ無くて、シアは上ずった声を上げる。
そして英雄と称えられる黒騎士がティアの名を普通に呼んだ事が不思議だったが……。
対してティアは振り返りもせず彼の英雄騎士に答える。
「……うん、そうだね……マリアベル。ゴメンね、シアちゃん……戦いは終わってないから私、行くよ……!」
ティアは優しくシアに声掛け、力強く立ち上がった。
……そして黒騎士マリアベルの元に並び立つ。
「……王都への侵入を許した以上、派手な立ち回りは難しそうだ。私の鬼刃裂破斬は使えそうに無いな。ティア、お前の魔法もこれ以上は危険だ」
「分った……それじゃ、どうするの?」
「フン、知れた事……コイツで叩き斬る!」
「……それはシンプルで良いね。私は“コレ”でぶん殴る!」
マリアベルは大剣を掲げティア示した。対してティア左手でマンジュを齧りながら包帯が巻かれている右手を掲げた。
“キイイイン!”
ティアが右手の秘石に意識を送るとアクラスの秘石は音を立てて光り出し、紅い光が右手を覆う。
「……残りは5匹……私が3匹狩る。お前とクマリ達は残りを」
「モグモグ……んぐ……残り? 冗談じゃ無いわ……私が5匹、貴女はゼロよ」
「アハハハ! 面白い、ティア フォン アルテリア! 勝負だ!」
「ええ、黒騎士マリアベル! 勝つのは私よ!」
マリアベルはティアの言葉が面白くて戦いの最中、笑ってしまった。そして彼女に勝負を挑み、ティアもそれに応える。
こうして、王都でのダイオウヤイト殲滅戦が始まった――。
いつも読んで頂き有難う御座います! マリアベルとティアが並び立つ姿……。貴重な機会なので、だからこそ大事にしたいと考えています。
次話は3/11(水)投稿予定です! よろしくお願いします!