116)残念令嬢VS悪徳令嬢-1
午後からの剣術指導の授業が始まった。ティアとソーニャの2人は訓練場に歩む出る。
彼女達は“模擬仕合”と称して決闘を行うのだ。
皮製の胸当てを装備した二人は木剣を構えて睨み合う。
そんな様子をティアの付き添いのリナは面白そうに眺め、ジョゼはオロオロしながら困惑している。
対してレナンはソーニャの付き添いだ。彼はティアとソーニャの二人を心配そうに見守っていた。
審判役は指導教官のイアンが務め、クラスメイト達は模擬戦の見学としてティア達を興味津々に見つめている。
睨み合っていたティアとソーニャだったが口火はソーニャから切った。
「……良く逃げ出さず、私の前に立ちましたね……褒めて差し上げますわ、ティア?」
「……それは私のセリフよ、ソーニャ……てっきりマリアベルって女に泣きついてるかと思ったわ……」
二人は睨み合ったまま互いを罵り合うが……ソーニャが気になっていた事をティアに尋ねる。
「……ところで……貴女の脇に抱えてるの……カバンかしら? 中に何が入ってるの?」
「ククク……コレには凄い秘密が有るのよ……アンタにも仕方なく見せてやる! ジャーン!!」
尋ねたソーニャに対し、ティアは秘密だと言うカバンの中をあっさりとソーニャに開いて見せた。
その中には……大量のマンジュが入っていた……。
「……何それ……唯のお菓子じゃないの……」
「コレは! 兵糧よ!! この兵糧のお蔭で、私は爆発的な戦闘力を長く保てるって訳よ! どうだ、驚愕して慄け!」
自慢げにティアが見せたカバンの中身に、ソーニャは脱力しながら心底呆れ、対してティアは胸を張って叫ぶ。
「……レナンお兄様……あんなアホな子と同居していて……良くマトモに育ちましたね?」
「いや、ティアは純粋で元気な良い子だよ?」
呆れ果てたソーニャは付き添いのレナンに問うが、ティアを盲目的に美化する習性のレナンはあっさりと答える。
「……はぁ、多分……お兄様がティアを助長し……どんどんアホになったのでしょうね」
「……その点は同意するわ……」
溜息を付いたソーニャの言葉に、反目している筈のリナも納得して呟く。対してティアは怒って叫んだ。
「何をゴチャゴチャ言ってるの!」
そんな中、審判のイアンが模擬戦の開始を促す。
「双方、おじゃべりは終わりだぞ。模擬試合の前に伝えておく!
これは試合だ。お前達に最初に渡した護符である程度の衝撃は緩和されるが、命を奪うような危険行為は禁止とする。また、魔法は使用しても構わないが、最初に説明した通り、範囲は下級のみ。
それ以上の魔法は装備させた護符では衝撃を吸収出来ん! 戦意を失った場合や、戦闘を続行出来なくなった場合は敗者とみなす。反則を行った場合も同様だ! それでは、試合開始!!」
試合開始の合図と共にティアが叫んだ。
「まずは私から行くわよ、ソーニャ!!」
“ダッ!!”
叫び声と同時にソーニャに向かい駆け出したティアは勢いよく右手の木剣を右下段から左上段に切り上げた。
“ブオン!”
対してソーニャはティアの動きを良く観察しており、切り上げられた一撃を木剣でいなして対処する。
“ガイン!”
切り上げを難なくいなされたティアは、勢いをそのままに体を回転させて、ソーニャに切り掛かった。
強力な斬撃にソーニャは手にする木剣で受けた。
“ガギン!”
「……随分荒っぽい剣ね……普段の“お淑やかさ”が出てるわよ!」
荒っぽいティアの斬撃を受けたソーニャは憎まれ口を叩く。対してティアは負けじと押し返しながら言い返す。
「アンタみたいな、性悪女には……これ位で丁度良いのよ!」
「良い性格してるのは……自覚してるわ!」
ソーニャは返答しながら、押し返すティアの剣に対し、半歩身を引いて後ろに下がる。
“ガクン!”
ソーニャに下がられた事で経験の無いティアはバランスを崩し、足がグラついた。
ソーニャはその隙を逃さずティアに上段切りを放つ。
対するティアはソーニャの剣を迎えうつ体勢では無い。
「終わりです、ティア!」
「「ティア!」」
「ティアちゃん!」
勝利を確信してソーニャが叫び、レナンもジョゼも叫んだが……。
“キイイン!”
甲高い音がしたかと思うと、ティアが有り得ない速度でソーニャの上段切りをあっさり躱した。
“ヒュン!”
そして、体を捻って後方に宙返りして着地する。
“トン!”
「「「「「…………」」」」」
ティアが見せた華麗な動きに、見学していたクラスメイト達は絶句していたが、やがて……。
「「「うおおおお!!」」」
割れんばかりの歓声を発した。
クラスメイト達は現役騎士であるソーニャが相手では、早々と負けると思っていた残念令嬢のティアの奮闘に興奮した様だ。
「見事な回避だ! ティア フォン アルテリア!」
審判役のイアン教師も感嘆して叫んだ。対してレナンは真剣な顔つきでティアを見つめていた。
「……驚きました、ティア……貴女にそんな回避が出来るとは……どうやら、腕を上げた様ですね」
「まだまだ、私の力はこんなモンじゃ……モグモグ……ゴクン……無いわよ」
人外の動きを見せたティアに対し、ソーニャは素直に称賛し、ティアはマンジュを齧りながら不敵に答えるのであった……。