115)レナンの制止
午後からの剣術指導の授業中……ティアとソーニャは模擬仕合と言う建前の“決闘”をする事となった。
そして昼食後の昼休み……。その件で、ティアはレナンに呼び出され問い詰められていた。
「無謀だよ、ティア! 決闘なんて今すぐ止めるんだ」
レナンは今、一人……。
いつもなら監視役のソーニャが横に居る筈だが、彼女は午後からの模擬仕合の申請をイアン教師に行う為、職員室に向かっていた。
真剣な声で詰め寄るレナンに対し、ティアは内心嬉しくて仕方なかったが、超頑張って平静を装った。
「べ、別に……アアア、アイツなんて……余裕だし……」
“ぐるるるうぅ!”
平気な様子を作るのに疲弊するのか、ティアが喋った後、彼女のお腹は盛大に鳴り響いた。
その事に恥ずかしがりながら、脇に抱えた布袋からマンジュを複数取り出し、一度に口に放り込む。
お腹の音より、その食べ方が女子として致命的であるが、残念思考のティアには気が付かず、レナンに話しを続ける。
「ふぁいじょうぶ! ほほぶべにぼっだびぼじべ……モグモグ……ゴクン……いれば問題無いよ!」
「「「…………」」」
ティアはレナンに“大丈夫! 大船に乗った気持ちで……”と言いたかったのだが、ティアの前に居たレナンだけで無く、彼女の傍に居たリナやジョゼも伝わらず飲み込むまで、ティアが何を言ってるのか分らない。
「……おーい、ティアさんよ。お前何喋ってるか全く伝わらんぞー?」
「ティアちゃん……せめて一個づつ、食べて」
ティアの惨状に友人のリナとジョゼが世話を焼く。対してレナンは心配そうに語る。
「いや、ティアは分ってないよ……。ソーニャは現役の白騎士なんだ。彼女は幼い頃からマリアベルの元で鍛練を積み……本当に強い。そんな彼女に対し……体の具合が悪い君が挑むなんて……」
「……えーっと……レナン君? このアホ娘のどこが……具合悪いって?」
レナンの言葉を聞いたリナが我慢出来無くなり、ティアの事では鈍くなる彼に突っ込みを入れた。
「リナさん……ティアは最近おかしいと思うんだ……。突然意識を失うし……一日中、体から異音が……。幾ら食欲が有るとは言え、こんな不健康じゃ……実力者のソーニャには、満足に戦えないと思う」
「レ、レナン……!」
ティアを美化する習性が有るレナンは、残念な副作用は病気に依るモノと曲解されている様だった。
本気で心配するレナンに対し、ティアは感激している。
そんな二人の様子を見ていたリナはティアに呆れながら語る。
「……オイ、ティアよ……お前、何が有ってもレナンを取り戻せ。多分、お前を嫁に貰ってくれる貴重な男は……レナン以外は絶対いないだろうよ……」
「当たり前じゃない! 私はレナンを絶対取り戻す!」
「……ティアちゃん、一応言っとくけど……悪口言われてるよ」
呆れながら話すリナの言葉に、応援されていると勘違いしたティアは力強く返すが、横に居たジョゼが、ティアに優しく教えてあげた。
そんな3人のやり取りを見ていたレナンは……。
「……ティアにはミミリ達以外にこんな良い友人が居るんだね。だからお願いだ……。君達からも……ソーニャとの決闘を止めるよう言って欲しい」
「……あー、大丈夫だ、レナン。このアホは残念度が爆増した結果……戦闘力も上がったみたいだから、ソコソコ行けるだろ」
「そうよ。レナン任せなさい! 私が、あのソーニャの奴を軽くぶちのめして……マリアベルに宣戦布告してやるわ!」
“ぐうううぅ!”
リナの言葉の後、ティアが決意を持ってお腹の音と共に声高らかに宣言した時……。
「へぇ……、それは楽しみだわ……」
鈴の様な音色の声でソーニャが、いつの間にかティアの後ろに立ち、冷たく声を掛ける。
「ソーニャ……」
「……レナンお兄様、朝も申し上げましたが、余り過度にソーニャに心配されるのはどうかと……。お忘れですか、その首輪より……お兄様が見聞きした状況をお姉様に伝える事を……。これ以上、お姉様を困らせる様な真似はお止めになって下さい」
突然現れたソーニャに戸惑って彼女の名を呟いたレナンに対し、ソーニャはしっかりと釘を刺した。
そんな彼女にティアは……。
「……その首輪で……レナンを縛っているのね……許せない……!」
「お兄様を捨てた貴女に……そんな事言う権利が有るとでも? まぁ、いいわ……。ティア、模擬戦で私が貴女を地べたに這い蹲らせてあげる……。そんな貴女の無様な姿を、お兄様の首輪を通じて、マリアベルお姉様に見て頂きますわ」
「ふん! コッチのセリフだわ! ボロボロになって泣きべそ掻いたアンタを……その首輪を通じて覗き見してる、アンタの姉に見せ付けてやる!」
こうしてレナンの制止も空しく、残念令嬢ティアと悪徳令嬢ソーニャの決闘は始まってしまった。
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