113)激突
うら若い女性教師ユニに激怒され、表で立たされたティア。
穏やかで優しい教師であるユニが激怒する事等、この学園では初めての事だったが……。
怒らした当の本人であるティアは全く気にせず(良い意味で)、大きな布袋を抱えたまま、廊下で一人立たされながら何やらブツブツ呟いている。
「……うーん……女将さんから作って貰った……このマンジュとか言う、このお菓子……異国のお菓子らしいけど……食べやすくて美味しいのは凄く良い……。
でも、甘いからお茶が欲しくなる……。それに……隠れて食べるには大きいから……一発でユニ先生にバレちゃったわ……。女将さんには悪いけど……違うの考えて貰おうかな……」
ティアがそんな事を呟いていると、鐘の音が響いてきた。授業の終わりを報せる鐘だ。
授業が終わった教室から女性教師のユニが出て、ティアの前に立つ。
「……どうティアちゃん、分って貰えたかしら?」
「はい、ユニ先生! やっぱりこのマンジュは美味しいけど携帯食としては……」
「ちーがーう! 全然違ーう! 私は授業中に食べるなって言ってんの! ハァハァ……もう、いいわ……次から気を付けなさいよ!」
ティアの回答に、又もユニはブチ切れる。ティアの所為でユニの温厚なイメージは淡くも崩れ去った様だ。
「は、はい! 分りました! ……所で先生……お詫びにコレを……」
「……全くもう! ……一応貰っておくわ……有難うね」
ブチ切れたユニに対しティアは慌てて謝罪し、ワイロを差し出す。
それは木漏れ日亭の女将がクマリに頼まれて、ティアの為に作った携帯食の“マンジュ”と言うお菓子だった。
マンジュは異国で考案された茶菓子で、小豆を煮た後に潰して作ったあんに、生地の白皮を巻いて蒸したお菓子だ。
一口齧ると口の中一杯に広がる甘さが特徴的だった。
ティアから数個のマンジュを手渡されたユニは困った顔を浮かべながらも拒否せずしっかりと受け取った。
どうやらティアの目論み通りワイロは成立した様だ。
ユニが立ち去った後、ティアはマンジュを齧りながら教室に戻ろうとすると……レナンが心配そうな顔を浮かべて近付き話し掛けてきた。
「……ティア……大丈夫? 何か有ったんじゃない?」
「レ、レナン……な、何でも無いよ……」
心配するレナンに対し、秘石による副作用の事は言えず誤魔化してしまうティア。
そんな彼女の様子からレナンは、何となく事情を察し話題を変えた。
「ティア……その右手の怪我……大丈夫? 何だったら、僕が治療するけど……?」
「あ、ありがと! でも……もう治ってるんだ……。だから大丈夫……」
「そう……ゴメン……何も出来なくて……」
ティアに傷の事を言われたレナンは、何も出来なかった事に悔やんで俯いた。
対してティアはレナンが自分の事を案じてくれている事に感激すると共に、秘石の事を言えない罪悪感で胸が一杯になった。
……だから……何も言わずにレナンを抱き締めて囁いた。
「……本当に……ゴメンね……。こんな私を心配してくれて……有難う……。私、頑張るから……待……」
「ティア、今すぐ離れて欲しいんだけど?」
レナンに“待って欲しい”と伝えようとした時、ティアの背後から美しくも冷たい鈴の様な声が響いた。
――それは、ソーニャだった……。
「……前にも言ったけど……幾ら姉弟だと言っても……“誤解”が生じては迷惑なの」
「……ソーニャ……アンタ……」
ソーニャは誰にでも優しいレナンを責めず、彼に抱き着いたティアに冷たく言い放った。
対するティアもソーニャに向かい睨み付けた。
そんな二人にレナンは場を収めようと、静かに話す。
「……違うよ、ソーニャ……僕はティアの右腕を治療しようとして……彼女は、その事を感謝したんだ……」
「……ええ、分っています……。レナンお兄様は“誰にでも”お優しいですから……。でも、……誰彼構わず優しくされると……“勘違い”されますわよ? お兄様とティアとの関係は“とっくに”終わってますから……。その辺りをお忘れなく」
レナンの釈明に、ソーニャはあくまで優しく話し掛けるが……その言葉にはティアに対しては皮肉と拒絶の意志を込めていた。
それを聞いたティアは、怒りを露わにしてソーニャに言い返す。
「……今に見ていなさい……必ず、レナンを取り戻すわ……」
「あらあら……既に誤解されている様ですけど……レナンお兄様とマリアベルお姉様は国命により婚約された間柄。自ら進んで婚約破棄した……しかも大罪を犯した伯爵家御令嬢様では……どうする事も出来ませんわ」
睨むティアに対しソーニャは不敵に言い放つのであった……。
いつも読んで頂きありがとう御座います!
追)段落直しました。