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98)暴食少女

 ティア達が生活を送る学園の寄宿寮で、一人のメガネを掛けた生真面目そうな女性が廊下を歩きながら呟く。



 「……ふぅ……やっと全員行った様ね。まだ新学期が始まったばかりだけど……この騒がしさには、いつまで経っても慣れ無いわ……もう少し静かには出来ないモノかしら」



 そう呟いた女性の名はベスと言い、彼女はこの寄宿寮における寮長であった。


 寮生達が学園に向かったのを見届けた後、食堂でお茶を飲みながら、一息付く心算で食堂にやって来たのだが……。




 食堂には……一人の少女が一心不乱に食事を摂っていた。



 その少女は髪もボサボサで寝巻姿のままだった。


 しかもその寝巻は血塗れで、右手にはタオルが巻かれている。



 その姿も異様だが……驚くのはその平らげる食事の量だった。


 既に平らげた大皿は5人分は有り、左手には大きなバゲット(棒状の固いパン)を持ち、丸かじりした後が有る。


 タオルを巻いた右手にはフォークが握られ、大皿に盛られた骨付き肉を突き刺していた。


 少女は右手の骨付き肉と左手の大きなパンを交互に、無我夢中で噛り付いている。



 そんな少女を背後から心配そうな顔をした寮母が見つめている。


 彼女はここに住まう寮生の為に食事を用意してくれる。この大量の食事を用意したのも彼女だろう。



 大量の食事を貪る少女は美しいストロベリーブロンドを長く伸ばしており、小振りの可愛らしい顔だちだったが、その食べっぷりは可憐な少女とは言い難く、残飯を漁る豚に見えてしまった。



 寮長のベスは、その少女に見覚えが有った。


 夏休み前、とある事件で有名になりベスも顔だけは覚えていたのだ。



 「……え、えーっと……貴女……確か……ティアさん、よね?」


 「? ふぁ、ふぁい?」



 肉とパンを夢中で齧るその少女、ティアは今更ながらベスの存在に気づき、食べながら返事をする。


 「……食べるか、話すか、どちらかにしなさい。……ティアさん、貴女は酷い生理痛で……今日は学園をお休みした筈……。その貴女が……此処で何しているのかしら?」


 「ふあー、ガツガツ、ふぉなかば、うぐ………ずびじゃっで……! げほっごふっ!」


 メガネを指で上げながら尋ねるベスに対し、ティアは食べながら答えるので何を言っているのか分らない。


 ティアとしては“いやー、お腹すいちゃって”と言いたかったのだが、食い気に負けて食べる事を止められなかったのだ。



 そんなティアに代わり、後ろで見ていた寮母が説明した。


 「……いやー、この子がね……ボロボロの格好で此処に来て……“血が足りない……何でも良いからジャンジャン持って来て……”って迫られてね……。

 丁度、昨日の夕飯が余ってたから……出したのよ……。そしたら……もう、飲み込む様に食べるもんだから、驚いちゃって……。

 この子の事は、色々有名な子だから……気に掛けてたんだけど……今迄こんな食べる子じゃ無かった筈なのに……あら!?」


 “ゴトン!”


 ティアを見ながら話す寮母は突然驚いた声を上げた。


 何事か、とベスが寮母が見つめる先のティアを見遣ると――。



 ティアは左手にパンを握り締めたまま、テーブルの上に突っ伏していた。



 「! ティアさん! ど、どうしたの!?」


 「すー、すー、うーん……、レナン待ってて……」


 突然倒れる様に突っ伏したティアを見て驚いたベスが彼女に声を掛けると、当のティアは気持ち良さそうに寝息を立てて眠っている。


 寝言を言っている位だから、健康に異常は無い様だ。


 

 そんなティアに寮長のベスは呆れた様子で呟く。


 「……眠ってるわ……何なのよ、もう!」


 「きっと、昨日……寝られない位、生理痛が辛かったんだろうよ? 此処は片付けておくから……このまま寝かしといてやんな」


 「ふぅ……仕方ありませんね……」


 寮母の言葉に、ベスは溜息を付きながら返答するのであった……。




   ◇   ◇   ◇




 目が覚めるとティアはモヤが掛かった様な白い空間に居た。



 「……ここ……どこ?……」


 自分が居る場所が分らす周囲を見渡すティアに対し、何処からか現れて声を掛ける者が居た。


 

 ……それはレナンだった……。



 「ティア……話が有るんだ……」


 「! レナン! あ、あの……私……」



 突如現れたレナンに戸惑いながらもティアは彼に声を掛けようとするが……。



 「ああ……もう僕の事は気にしないで……。君が僕の事を捨ててくれたお蔭で……、僕は本当に巡り会うべき女性に出会えた……。今日はそのお礼と……お別れに来たんだ」


 そう言ったレナンの真横に漆黒の厳つい鎧を来た人物が現れた。


 「……紹介するよ……、この国の英雄でも有り、姫殿下でも有る黒騎士マリアベルだ。

 彼女はとても強くて気高いんだ……君と違ってね……。

 彼女は僕が辛い時に横に居てくれた……素晴らしい大人の女性だ。

 君が婚約破棄したお蔭で……こんな素敵な人と出会えた。本当に僕を見限ってくれて有難う。

 僕は彼女と生涯を過ごすよ……。勇者の僕と彼女はお似合いだろう? 君も僕を捨てた訳だし、丁度良いと思ってね……それじゃ……そう言う事で……」



 そう言ってレナンはティアに背を向け、横に居た黒騎士と共にズンズンと歩いて行く。



 「待って! レナン! お願い、話を聞いて! レナン! レナン!!」


 黒騎士と歩いて行くレナンをティアは追い掛けるが、何故か一向に進まない。


 彼女は大声で叫ぶがレナンは振り返りもせず、先を行く。ティアは追い掛けながら必死で叫んだ。



 「嫌だ! こんなのは嫌だ!! 待って! レナン、レナン!! ……は!?」



 ティアは必死になって叫んで……気が付くと寮の食堂で立ち上がって、手を差し伸べていた。



 「……ぐすッ レ、レナンは……?」


 ティアは周囲を見渡すが、レナンは居なく代わりに寮長のベスが困惑した顔で見つめていた。


 「……ティアさん……貴女……盛大に寝ぼけていたわね……。何度も起こしたけど全然起きなくて……もうお昼になったわよ?」


 「……そうか……夢……だったんだ……。良かった……、本当に良かった……」 



 ベスの言葉でティアは自分が夢を見た事を理解し、崩れ落ちる様に座り込み涙を流し呟いた。



 そんなティアの様子を見たベスは、思う事が有った様でティアの肩に手を置き、優しく慰めた。


 「……貴女も辛い想いをした様ね。とにかく、今日の所は自室でゆっくりなさい……」


 「ぐす……有難う御座います。ベスさ……」


 “ぐぅううううう!!”


 ティアが寮長のベスに礼を言っている最中に彼女のお腹は又も盛大に鳴り響いた。


 「「…………」」



 気まずい空気が二人の間を流れたが、ティアは気を取り直して明るく話す。


 「アハハ……寝てたらお腹すいちゃって……寮母さんに、パン貰って部屋に戻り……」


 “ぐぎゅるるるるー!”



 「……もう分ったから……パン頂いて部屋にお戻りなさい……」


 「はい、そうし……」


 “ぐるるるるう!”


 ベスへの返答は鳴り響くお腹の音で、まともな対応が出来なかった。


 ベスは眉毛をピクピクしながら笑いもせず、左手でしっしとばかりに手を振りティアを追いやる。



 彼女なりに気を遣っているのだろう。ティアは赤面しつつも、しっかりと大量のパンを弁慶さながらに抱えて、食堂を後にしながら呟く。


 「コレ……ヤバいよ……日常会話がお腹の音になっちゃてる!」


 “ぐぎゅるうう!”


 「早く師匠のトコに行って対策を考えないと……」


 “ぎゅるぎゅるうう!”


 ティアが焦りながら呟く間にもお腹は遠慮なく鳴り響く。


 仕方なしにティアは手にした長大なパンを齧りながらクマリの元へ向かうのだった……。


いつも読んで頂き有難う御座います! 


追)一部見直しました。

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