009 リープフェルト侯爵家
今生でのヨウタの方向性が定まり始めます。次に待つのは?
戦闘が終わると、一人の兵士がヨウタに近づいてきた。ヨウタの前に腰を落とし、顔を覗きこんでくる。
「魔法を撃ってくれたのは、きみかい?」
先ほどうしろから不意打ちを喰らいかけていた兵士だった。
ヨウタはぼんやりと兵士を見上げた。
(この男は、本気でこんなガキンチョが魔法を人に向かって撃ったと思っているのだろうか?)
リープフェルト家が存在するということは、老人が言っていたとおりここが前と同じ世界ということで間違いない。ならば、今の自分のような子供が魔法を思ったとおりに操るなんてことは、まずありえないはずだ。ヨウタは、兵士の真意を測りかねたが、とりあえず頷いておくことにした。
ヨウタの肯定を見た兵士は、ヨウタの頭に手を置いて笑いかけた。
「助かったよ。お礼をしなきゃね。腹も減っているんだろう?」
兵士の言葉に、ヨウタは自分がそこそこいいカードを引いたと感じた。「子供が魔法なんか操るはずがない」という思い込みで判断しなかったこの兵士なら、このあとはそう悪い扱いにはならないのではないかと考える。扱い自体は子供あつかいだったとしても、だ。ヨウタは今一度兵士に頷いた
その後の移動は、そこまでに比べてずいぶんと快適だった。ヨウタと三人の子供たちは簡単な食事を与えられ、兵士たちの馬車に乗せ替えられた。その馬車は質素ではあったが、先ほどまで乗せられていた者とは比較にならないほど清潔で、つくりもしっかりしている。床に直座りをしてもり身体に負担がこない。たかが実用本位の馬車なのに、天国のように感じられた。
そして、体感にして三時間ほどの旅を経て馬車はリープフェルト侯爵領最大の街であるサンメールにたどりつき、その中心にある侯爵邸でゆっくりと動きを止めた。
馬車から降ろされたヨウタたち四人は、バラックのような建物の前に連れていかれると、いきなり水をぶっかけられた。何を、と思っていると、ヨウタが助けた兵士の指示でメイドらしき女性たちがいっせいに四人の身体を拭き始めた。見ていると、垢と汚れが面白いように落ちていく。そこで、ヨウタはこれが兵士たちなりの好意なのだと気づいた。
(まあ、拾ってきた奴隷をわざわざ風呂に入れたりしないか。この兵士たちですら、風呂なんか使ってないだろうしな)
ヨウタを担当していたメイドは、はじめ微妙に距離を取って無表情で仕事をこなしていたが、汚れが落ちて行くにつれて表情が和らいでいき、距離も近づいていった。下半身を拭き始めると、少し頬を赤らめたりもしている。そのスキにざっと観察したところ、年は十代後半、多少控えめな凹凸のスレンダーな身体つきに、Sっぽい匂いもするキツめの目つきの整った顔立ちだ。黒髪をボブに切りそろえている。レベルとしては高めの女性なのだろうが、ヨウタから見れば育ちすぎである。
(やっぱりはじめはイヤだったのかな。よっぽど汚れてたんだなぁ、おれ)
メイドたちが全員の身体を拭き終わったところで、件の兵士がヨウタだけを連れて本邸とおぼしき建物に向かった。正面玄関の前で片膝をつき、ヨウタにもそれにならうようにうながす。しばらくすると、建物から齢三十ほどの身なりのよい男性が姿をあらわす。
(これがリープフェルトの当代だろうか? クレアの父親となんとなく似てるな)
ひざまづきつつチラと前を盗み見たヨウタは、少し死ぬ前の数日に思いを馳せた。
「ミゲル、首尾はどうであった?」
三十男がヨウタの横で顔を伏せている兵士に問いかけた。
(ミゲルね。こうやって報告に出向くってことは、隊長格なのかな。まあ、戦い方は群を抜いて安定してたしな。あの時以外は……)
「は、フリードさま。荷をあらためようとしたところ攻撃を仕掛けてきましたので、やむをえず殲滅いたしました。荷は押収してきております。ただ、荷の中に四人ほど子供の奴隷が含まれておりました」
フリードと呼ばれた男は、すこし痛ましげな表情を浮かべた。
「そうか、気の毒なことよな。だが、ここにとどめておくわけにもいくまい。まもなく兄上も戻られるしな。王都の……そうだな、ジルベルト商会にまかせよう。あそこであれば、そうひどく扱われることもあるまいよ」
(当主ではなかったか。だが、卸し先を選ぶってことは、この男は悪人じゃなさそうだな。いや、むしろ善人の部類か。おおかた、当代である兄が奴隷を嫌っているんだろうな)
ミゲルと呼ばれた横の兵士が、ここで顔を上げた。
「それについて申しあげたき儀がございます。制圧はほぼ問題なく終わりましたが、実は、その、自分が少し油断いたしまして、背後から斬られかけました。そこをこの子供が、信じられないことに魔法を撃ちこんでくれまして、おかげで九死に一生を得た次第です」
この瞬間、ヨウタは自分が運を引き寄せたことを確信した。
「なんと。それはほんとうなのか? 見ればまだ幼いではないか。にわかには信じられんが……」
「はい。もちろん威力は小さいものでしたが、炎の矢を正確に敵に撃ちこんだのです。子供たちはかなりひどい扱いを受けており、この子を含めてみな、かなり衰弱していたのですが、その中でこの子だけが馬車から外に出て、戦場を冷静に見て、もっとも効果的に魔法を使ってくれたのです。正直、魔法自体よりも、その目に恐怖したほどでございます」
ヨウタは、自分の中でのこのミゲルという兵士の評価をワンランク上げた。魔法の威力にも自信がなく、相手の動きも読み切れない中で、彼はとにかく一瞬戦場の動きを止めることだけを考えたのだ。ミゲルは、それを十分理解していた。
「ミゲルにそこまで言わせるか。で、どうせよと言うのだ?」
「わたしとしては、このまま手放すのは得策ではないと考えます」
「わかった。どうなるかはわからんが、兄上と話してみよう」
(おっしゃ、流れ来てるんじゃね?)
ヨウタはひざまづいたまま、密かにガッツポーズを取っていた。
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