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008 ある奴隷の選択

会話はありませんがモノローグ多数。ヨウタの転機がやってきそうな……

 ヨウタとともに馬車に乗せられていた三人の子供はいずれもやせ細り、薄汚れていた。男か女かも判別が難しいほど、みな同じようにみすぼらしいなりで膝を抱えていた。両手は鎖でつながれている。見ると、陽太も同じだった。


「おい……」


 ヨウタは彼らに声をかけたが、三人はチラと視線をヨウタに送り、すぐにまた目を落とす。その一連の流れにも、生気はほとんど感じられない。


(たぶん、外から見たらおれもこんなものなんだろうな。これが存在が希薄、ていうことか……)


 ヨウタは、老人の言った「存在が入れ替わる」ということを実感していた。頭も身体も、感覚はヨウタ・キサラギのものだった。だが、脳みその働きは霞がかかったように鈍く、全身の筋肉も反応が遅い。自分自身が心身ともに衰弱しているのだ。


(魔法も使えるはずだけど、力は弱くなると爺さんが言ってたし、それがさらにどこまで弱まっているかもわからない。しばらくは、様子を見るしかないか……)


 そう、ヨウタは脳みそを長く働かせる体力、気力も奪われていた。彼は目を閉じ、身体の力を抜いて馬車の振動を感じた。持久力を失っている身体は、ほどなく浅い眠りに落ちていった。




 ガタン、という音を立てて、振動とともに突然馬車が止まった。浅い睡眠の中にいたヨウタも目覚める。だが、あいかわらず全身の反応は鈍い。


 耳を澄ますと外がやけに騒がしかった。剣戟の音も聞こえる。明らかに戦闘が始まっている。馬車が襲撃を受けたのだろうが、誰が誰に襲撃を受けているのかがサッパリわからない。

 ヨウタはなんとか様子を確認したいと思ったが、馬車に窓はなく、といって後方の出入り口まで動くのもおっくうなくらい身体が反応しない。まわりをみると、三人は外の騒ぎにも反応せず、ボーッとしている。


(このままジッとしているというのが選択肢その一。馬車の持ち主が勝てば状況はこのままで、負ければ自分たちの運命は襲撃者が握る。だけど持ち主が商人か盗賊かもわからないんじゃ……クソ、頭が働かねえ)


 ヨウタは止まりそうになる脳細胞をなんとか動かし、今の環境が相当悪いということから、環境が悪化しても知れていると判断した。馬車の持ち主が善意の人間なら、もう少しでも優しい環境を用意してくれそうなものだというである。この選択肢は微妙だということに他ならない。


(なんとかあそこの出入り口から外に出て戦闘のスキを突いて逃げる、というのが選択肢その二。剣戟の音は馬車の片側に集中している。そっちに全力で逃げれば……って、この体調と腕の鎖じゃ、全力って言ってもな。それに、逃げられたとして、どうやって生きのびる?)


 ヨウタには、気力体力ともにすり減った今の状況で、知らない場所に放り出されて生きのびられる未来はあまり見えない。しかし、今の自分、そして目の前の子供たちを見た上で、このままジッと流れに身を任せることが、マシな未来につながるようにも思えなかった。脳内のギリギリのせめぎ合いの末、ヨウタは結論を出す。


(逃げてみるか)


 ヨウタは抵抗する全身の筋肉に活を入れながら立ち上がった。多少の魔力は感じられたので、魔法で身体能力を強化することも考えたが、それで魔力が底をついてしまっては後々困ることになる可能性がある。ヨウタはそのまま扉に歩み寄り、静かに扉を引いた。




 扉から頭を出して様子をうかがうと、ヨウタの感じたとおり、戦闘は馬車の右手で行われていた。どちらが優勢、とハッキリわかる状況ではないが、馬車を背にして戦っているほうが身なりが明らかに悪い。


(こちら側が商人と質の悪い傭兵、もしくは盗賊、というところかな。やっぱり、選択肢その一はナシだ)

 

 馬車のほうに気を向けている者はいないように見えた。ヨウタは左手に飛びおりる。脚はその衝撃を吸収できず、尻もちをつく。なんとか立ち上がって走り出そうとしたが、後ろ髪を引かれるような何かを感じてヨウタは立ち止まった。


(おいおい、立ち止まるなんて、ありえない選択肢その三じゃないか……なにやってんだ、おれ)


 理解不能な自分の行動を呪いながら、ヨウタの目は戦闘の混乱の中にいるひとりの兵士を見ていた。汚い身なりの戦士二人を相手にまずまずの立ち回りを見せているが、相手を圧倒するには至っていない。一騎打ちにこだわっていない相手との戦い方ではない。そのうち死角から一撃を食らって死ぬパターンだ。


(あれ? あの男の鎧の紋章、どこかで……)


 その兵士の鎧には紋章が刻まれていた。それで襲撃側が貴族のお抱えの兵士であることがわかる。このまま保護されても、悪くて奴隷のままどこかに売られるぐらいで命は多少長らえる、という考えが一瞬ヨウタの頭をよぎる。


(思い出した! リープフェルトだ!)


 その紋章は、クレアの家に関する資料を漁っていたときに何度も見た、リープフェルト侯爵家の紋章だった。


(これも何かの縁だ。逃げるのをやめて、保護を求めてみるか)


 その兵士たちがリープフェルト家お抱えだとして、今のリープフェルトにクレアがいるとはヨウタも思わなかったし、侯爵家だからといって押収した奴隷の扱いが人道的だという保証がないこともわかっている。それでも、ヨウタはかつて唯一関心を抱いた貴族家との奇妙な縁を勝手に感じていた。




 ……と、ヨウタが注目していた兵士のうしろから、汚らしい傭兵もどきが剣を振り下ろそうとしていた。ヨウタは脊髄反射のようにその傭兵もどきに向かって、ありったけの魔力で炎の矢を放った。少ない魔力で撃った初級魔法で威力は知れていたが、無詠唱で放たれたその一発はリープフェルト家の兵士を救い、そして戦況を変えた。

 傭兵たちは一方的に蹂躙されていった。その様子を、魔力の枯渇状態で立っていられなくなったヨウタは、尻もちをついた状態でぼんやりと見ていた。




お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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