006 如月陽太1
神はずいぶんフランクなヤツのようです。
「ブハハハハハッ、おまえさん、ほんまもののバカじゃろ?」
ヨウタの目の前では、白い服に身を包んだ老人が、腹を抱えて笑い転げていた。
「うるさいなぁ。いい加減にバカ笑いすんのやめてくんない?」
「だからバカはおまえさんだと言うておろうが。ブハハハハハッ!」
ヨウタはぶっきらぼうに老人に切り返している。ただ、ヨウタとしても自分の死に方が美しくなかったのは十分承知しており、切れ味もいまひとつ鈍い。バカといわれても反論は難しいのだ。老人の再度のツッコミに、言葉を失って黙り込む。
ヨウタの目の前でしつこくも笑い続けているのは、ヨウタがつい先ほどまで生きていた世界を司る神である。老人自身は神だと自称したことはないが、ひとつの世界を管理し、異世界から転移させられる途中だったヨウタにその場でチートを与えてくれたのだ。彼としては神と呼ぶのがしっくりきていた。
「ヒィ、ハァ、勘弁してくれい、たまらんわい」
「だからいい加減にしろってぇ!」
「そんなことを言われてものお、おまえさんには、魔王とやり合っても運がよければ生き残れるだけの力を与えてやったはずじゃぞ? 実際、生きのびたんじゃろが。それが幼女のパンツに見とれて普通の馬に蹴られて死ぬとは……ブハハハハハッ、く、苦しい……」
「うるせえなぁ。幼女じゃなくて少女だよ! そこんとこ間違えんな!」
「ほぉ、幼女に目を奪われていたと言われて怒るとは、おまえさん、『ろりこん』とやらの看板はおろしたんか?」
「へ? あ、あれ?」
ヨウタは戸惑った。そう、ヨウタは間違いなく幼女に目を奪われて死んだのだ。本来なら、彼としては悔いのない死に方であったはずだ。なのに、ヨウタの心にそのような爽快感は微塵もない。
「節度のあるロリコン」を自認していたヨウタにとって、「少女」とは関心の対象外の年齢も含む、まったく意味のない概念のはずであった。なのに、ヨウタはいま、自分の心を釘付けにしていた脚と白い布の持ち主を、その意味のない言葉で表現しようとした。
「おまえさん、クレアとかいうおなごに惚れたか?」
「そ、そんなはずはない! おれはすべての幼女を見守る男だ! すべての幼女を支配するおれが、個人に心を奪われることなどあり得ん!」
「偉そうにしとるが、わりと最低に近いことを主張しとるぞ、おまえさん」
「おお、最低でけっこうだ! 誰にどう思われようと、おれはおれの信じる道を行く!」
「お、開き直りおったか? だが、クレアとやらにもか?」
「う……」
ヨウタは即答できなかった。なぜ即答できないのか、ヨウタは自分でも理解できない。また、「惚れたか?」と問われても、彼はそういう感情を自覚したことがなかったため、答えようがなかった。
ヨウタにとって、クレアは美少女になりかけの美幼女だ。絶品の美幼女だ。だが、それだけともいえる。「悪役令嬢」になれる器を無駄にして、ただの「性格の悪いワガママな貴族の令嬢」に成り下がってしまった、残念な幼女だ。
だが、同時にヨウタは、クレアを取り巻く環境をハッキリ見てしまった。あの環境では、クレアがいかにすぐれた資質を持っていても、それを花開かせることは出来ない。最後の最後、それこそ死ぬ直前になって、被害者としてのクレアをヨウタは見てしまったのだ。ヨウタには、クレアの怨嗟の叫びが聞こえるような気がしていた。
「どうしちまったんだ、おれは……?」
「あれこれ悩むのはかまわんが、死んでしまっとるんだからどうしようもないじゃろ」
「それを言われると……」
実際問題としてヨウタは死んだ。クレアに執着があろうとなかろうと、二度と彼女と相まみえることはないのだ。これ以上思い悩んでも、まったく無意味であろうと、ヨウタはあえて頭の働きを中断させた。
「で、どうするんじゃ? このまま輪廻の中に戻るのなら、この世界でもええし、もとの世界に戻してやることも出来るが?」
「それ以外の選択肢ってあるのかよ?」
「普通はないのぉ。この世界で輪廻の流れに乗るか、もとの世界でか、その二択じゃ。じゃが、おまえさんには思いっきり楽しませてもらったからのぉ。特別にもう一度この世界に、おまえさんの人格のままで戻してやることもやぶさかではないわな」
老人の言葉に、ヨウタは思い切り身を乗り出した。
「ぜひ!」
「食いつきがええのぉ。といっても、あの続きを生きるわけにはいかんぞ? おまえさんを送り込むというのは、存在が特別に希薄な特異な人間と入れ替えるということじゃ。時も場所も年齢も選べん」
「あんたにもか?」
「わしにもじゃ。この端末が無作為に抽出してくる特異点に送り込めるだけじゃよ」
老人は自分のうしろのテーブルにのっているパソコンもどきをポンポンと叩いた。文明らしい匂いがなにもない空間で、それはひときわ異彩を放っている。
「ちなみに特異点ってなんなんだ?」
「言うたとおり、存在が特別に希薄な人間じゃ。まあ、いろんな原因で肉体的にではなく心がほとんど死んどる、ということじゃな。じゃから、どの特異点もけっこう厳しい状況に置かれとると考えてええ」
「キッツいなぁ……」
「そんな美味しいばかりの話があるわけなかろ。少しはリスクを取ってもらわんとな」
ヨウタは悩んだ。もちろん、彼にもとの世界に対する未練がないわけではない。ただ、人格を含めて、もとの世界で積み重ねた十七年をすべて手放して、となると微妙なところだ。それであれば、どこで次の人生を送っても変わらないのではないかとも思えるのだ。
ヨウタはさらに思う。地球文明の香りのない先ほどまでの世界も、慣れればそれなりに快適に生きられた。よほどヤバい世界でなければ、どこの輪廻に乗ったとしてもそうだろう。それに、如月陽太という人間はここで終わるのだ。ヨウタには気にする意味が感じられなかった。
(なんだかんだで、戦い以外はラクに生きられてきたからなぁ。ツケを払え、ということなのかも)
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