003 ヨウタ・キサラギ3
衝撃と失望のクレアとヨウタの出会いであります。
集められた新入生の中にいたクレア・リープフェルトは、落雷のような衝撃をヨウタに与えた。
前世において、ヨウタは常々、「ロリコン」というのは不思議な言葉であると思っていた。ロリータ・コンプレックスを縮めた言葉であることは誰にでもわかるが、そのそもそも成り立ちが曖昧な単語が、カッチリと定義されることのないまま、あたかも市民権を得た言葉であるかのように人の口にのぼる。少なくないケースでは、「オタク」とセットで、そこはかとない犯罪臭をあえて漂わせるように使われる。納得がいかなかった。
もちろん、「オタク」と「ロリコン」にデフォルトでの結びつきはない。定義がハッキリしないのだから、そもそも結びつきようがない。そして「ロリコン」の犯罪臭は、むしろ西洋貴族社会に巣くう闇から発した部分が少なくないのだ。
ヨウタのような大和民族にはいまひとつピンとこない部分もあったのだが、ラテンでもゲルマンでもスラブでも、西欧民族の子供は顔の完成が早い。ようやくハイハイを脱したぐらいの幼児が顔はほとんど大人、というケースも少なくない。この「未成熟な身体に大人の顔」が、ある種の「ギャップ」に溺れてしまうたぐいの人にはたまらない、とヨウタは聞いたことがある。そういう人が手もとに自由になる金があれば、それにものをいわせる。ここに最初の犯罪的ルーツ。
また、いくら顔の完成が早いといっても、時間が経過して身体の成長が追いつけば、「ギャップ」は失われる。それをどうしても失いたくないと考えるあまりに道を外してしまう人は、幼児の時間を止めようとする。止め方は想像に任せるしかないが、ここにもうひとつの犯罪的ルーツ。
前世において、西欧文化の影響下にある人々がことさらに子供に対する性的虐待に厳しかった背景には、このような自らの犯罪の歴史に対する後ろめたさが存在している。それは、あれだけ厳しい糾弾の裏側で、欧州、米国における小児虐待の報道が後を絶たなかったという事実にもあらわれている。
クレアに目を釘付けにされたヨウタは、これまで背負いつつも深刻に捉えることのなかった「ロリコン」という自分の十字架が、急速に闇の重みを加えていくのを感じていた。
人形のような整い方をした顔の造形に、これまた人形のような金髪と青い眼。成熟を開始する直前の状態の身体に、不釣り合いなくらい細く長い手足。この瞬間にヨウタは、かつて自分が言い訳に使っていた前世の中世西欧社会の闇が自分自身のものとして取りこまれていくのを、否応なしに感じた。
(ヨウタは「カリスマ」から「ペドフィリア」にクラスチェンジした!)
クラスとしては「盗賊」とか「享楽殺人者」に近い、崖っぷちに近いところまで来てしまっていたヨウタであったが、彼自身の意識は依然として「節度あるロリコン」のままであった。したがって、彼の教育方針と方法論は、クレアの入学によってもブレることはなかった。新入生を含めて男女を平等に扱い、個別ではなく少人数指導に時間を割き、生徒の親との対話も時間を惜しまず行った。高等科に送り出した生徒の評判は変わらず高い。
「節度あるロリコン」のつもりのヨウタは自分の闇を闇として認識していた。そして、その闇を誰にも気づかせまいと心に決めていた。心の中でのクレアへの執着が高まれば高まるほど、彼は理想の教師への道をひた走っていたのである。
ヨウタの教官としての評判はますます高まっていった。そして半年ほどが経過する。
ヨウタは、属性として「ロリコン」のほかに「悪役令嬢フェチ」を持っていた。ただし、実際問題として悪役令嬢などそうそう現実に存在するわけもなく、こちらの属性は世界を転移してから表面化することはなかった。この状況を一変させたのがクレアだった。
悪役令嬢は美少女でなければならない。だが、悪役令嬢的な美しさというものは存在する。他人に冷たい目を向けるその瞬間が、あらゆる批判をはねのけるほど美しく、かつサマになっていなければならない。入学式でヨロけてぶつかってしまった同級生を睨みつけるクレアは、この条件を完璧に満たしていた。
ヨウタは、久しぶりに自分の心が沸き立つのを感じた。長く忘れていた「悪役令嬢」への憧れを、クレアはまざまざと思い出させてくれた。そして、クレアの成長に大きな期待をかけた。
彼女が正しく「悪役令嬢」への道を歩んでくれるのであれば、クレアが初等科を終えたときに高等科の教育に関わってもよい、すなわち、これまでのポリシーを曲げてもよいとまでヨウタは思った。クレアというヨウタにとってど真ん中のストライクのロリータの登場によって、皮肉にも彼の「ロリコン」という十字架は彼の背中からズリ落ちかけていた。
だが、希望は失望に変わり、期待は落胆に変わる。クレアは「悪役令嬢」たり得る存在ではなかった。彼女はただワガママで傲慢なだけの、甘やかされた貴族の娘にすぎなかった。ヨウタにとっては、彼女自身も、彼女を取り巻くすべても、手遅れだった。
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