014 新しい自分
新しい生活は、プラスもマイナスもいろいろあって……
「知らない天井だ……」
ヨウタがリープフェルト侯爵邸でこう呟くのは二度目だ。はじめはバラック小屋のような兵士の宿舎の一室で、そして今日は使用人専用棟とはいえ、屋敷の本館に接続されたそれなりに立派な建物の中の一室だ。物置部屋のような狭さとはいえ、ベッドもある。待遇は確実にステップアップしている。
そして、もうひとつ違いがある。最初に知らない天井を見たのは、一人だった。いまも一人ではある。だが、つい先ほどまでヨウタの横ではうつ伏せになったヒルデが小さな寝息を立てていた。
前夜、シルヴィアの部屋で一人残されたヨウタのところに着替えを持って戻ってきたヒルデは、そこでヨウタを貴族のお坊ちゃまのような服に着替えさせると、手を引いてこの部屋までヨウタを連れてきた。質素なベッドに彼を腰掛けさせたヒルデは、腰を落として目線を彼に合わせ、頬に手を伸ばす。その表情には思い詰めたものも感じられた。
「明日になれば、きみは奥様のものね」
ヒルデの目にこころなしか力が宿り、視線がヨウタの腰のあたりに落ちる。彼は背筋がブルッと震えるのを感じた。
「まだ奥様は知らないわけだし、最初をもらうくらい、いいよね?」
ヒルデが静かにヨウタをベッドに押し倒す。ヨウタは金縛りに遭ったように身体が動かせなかった。
ベッドから降りて立ち上がると、ヨウタはいきなり自分の情けない姿に気づいた。シャツは羽織っているだけで、下半身はスッポンポンである。剥き出しのエクスカリバーを含めて、体中からヒルデの香りが漂っている気がする。慌ててズボンを探し出して身につけ、改めてベッドにドサッと腰掛けた。
「ショタコンキラーって、キッツいなぁ……」
ヨウタとしても、初めて経験したそういう行為が快感を伴わなかったとはいわない。五歳やそこらの子供として普通かはともかく、普通に快感を生み出すべき行為をして、生理的に得られるべきものは得た。だが、そこにときめきはなかった。失ったチェリーの対価として見合っていたのかは疑問が残る。
ロリコンのヨウタにも、ロリコンなりにチェリー喪失への幻想ともいえる夢はあった。それがはかなく消えたいま、こんどはその夢の喪失の対価を回収しなければならない。
(出来るだけ早くクレアのそばに貼りつけるようになるには、ジョージのやり方にならうしかない。この流れを受け入れなきゃならないってことだ。でなければ、別の方法を探すしかないけど、試行錯誤なんてしているヒマはないからな)
ヨウタは窓を開けて外に這い出ると、そっと魔法の起動練習を開始した。見てくれも地味で周囲から見て驚きの少ない初歩の地属性魔法を発動させてみる。
小量の土を盛り上げ、また戻す。それを繰り返しているうちに、ヨウタは違和感を感じ始めた。
いまのヨウタの魔力は死の直前とは比べものにならないほど小さく、高度な魔法は発動方法は知っていてもとても使いこなせない。それは老人との会話でわかっていたことだ。だが、初歩の魔法を連続して発動させているうちに、ヨウタは自分がかつてよりも効率的に魔力を使っているのではないか、ということに気づいた。
初歩とはいえ、連続して発動させていれば、子供の魔力などすぐに枯渇する。なのに、ヨウタの魔力にはまだすこし余裕がある。使う魔力量が小さいのか、回復が早いのか、それはすぐにはわからない。ただ、魔力使用の効率を上げる、というのは、かつてのヨウタが工夫に工夫を重ねてもほとんど出来なかったことだ。特に、いま発動させているような初歩の魔法は、単純なだけに工夫の入りこむ余地はほとんどない。
ヨウタは、自分の身体に魔力を通してみた。筋肉の反応を上げることで身体の動きを補助する魔法だが、筋肉の魔力に対する反応が以前よりも強いことに気づく。
(ひょっとして……こいつは魔族の血が入っているのか?)
ヨウタはひとつの仮説にたどりついた。魔族は人間よりも魔力との親和性が高い。そのため、人間に比べて器用に魔力を操作することが出来る。かつて戦いの中でヨウタが魔法を使う際、いつも相手をうらやましく思っていたポイントだった。
(爺さんは、鍛錬すればあのときのおれと同じくらい魔法を使いこなせるようになる、と言っていた。でも、もしおれが考えていることが正解なら、以前のおれを超えられるか? だとすれば、爺さん、いい仕事してくれたぜ! ひょっとしたら、ショタコンキラーの苦行にも使えるか?)
勇者との旅の中で知らず知らずのうちに魔法バカになっていったヨウタは、自分に魔族の血が入っているかもしれないという、普通の人が思い悩むような可能性を、完全にポジティブな方向にのみ捉えていた。
「何をしているの?」
呼びかけてくる声に振り返ると、そこにはシルヴィアがヒルデとともに立っていた。部屋を抜け出したヨウタを探していたのだろう。浮かれていたヨウタは、いきなり現実に引き戻されて少し凹んでしまった。
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