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010 違和感と答え

「知らない天井だ……」


 目覚めたヨウタは、テンプレのひと言を口にしてから身体を起こした。


 前日の夜、ミゲルによって当主の弟らしいフリードという男に引きあわされたヨウタは、納屋に連れていかれたほかの三人の子供とは別に、兵舎のなかの物置のような一室を与えられた。前夜は、その部屋にあるボロきれを重ね合わせた寝台もどきの上で寝たのである。


 死ぬ前のことを思えば、とても快適とはいえない状況だったが、目覚めは信じられないほど爽やかだった。それで、奴隷としての自分がどれほど過酷な環境におかれていたかが想像できた。頭も、前日とは比べものにならないくらいスッキリしている。徐々に、自分が人間だと言うことを思いだしてきたヨウタだった。




 しばらくするとドアが開き、昨夜ヨウタの身体を拭いたメイドが湯と手ぬぐいを持って入ってきた。ノックがないことにヨウタは少し戸惑ったが、考えてみればノックは礼儀であり、奴隷の子供に対して礼儀もクソもない、と思い直した。


「身体を拭いてあげるわ。終わったら、食事を持ってくるわね」


 やけに待遇がいい、と感じる。やってきたばかりの奴隷の子供など、最低限の食べ物だけ与えて放っておくのが普通だろうに。


「ありがとうございます」


「お礼がちゃんと言えるのね。いい子」


 メイドは小さく笑うと、手を伸ばしてヨウタの頬を撫でた。美しい笑顔だったが、どことなく媚びたような感じもする。だが、彼女がヨウタに媚びる理由は想像がつかない。


 ヨウタは、このメイドに似た顔をどこかで見たような気もしていた。思い切って伏せていた顔をあげると正面から視線がぶつかる。彼女はわずかに頬を赤らめて目をそらせ、黙ってヨウタが前夜から身につけている貫頭衣のような服を脱がせ、濡れた布でヨウタの身体を拭き始めた。前日のゴシゴシ、という感じとは違って、顔から足の先まで優しく撫でるような拭き方だった。




 メイドが持ってきた食事は、パンと温かいスープに腸詰めが一本だった。素直においしいとは言いがたいが、それでもスープは身体全体に染み渡っていくように感じる。

 ヨウタは奴隷の生活をしたことはないが、得体の知れない拾いものの奴隷の子供に与えるには、温かい食事は破格の待遇だろう。その意味するところは不明だが、もらっておいて損はないと判断した。ヨウタの境遇を考えれば失うものはないのだ。まずまずの睡眠と食事で、自分の頭と身体が貧相な器なりに正常に機能し始めるのをヨウタは感じていた。


(しかし、誰に似てるんだろう、あのメイド。大人の女の顔なんか、まともに見たことなかったしなぁ……)


 そんなことを考えながら出された食事を食べ終えたところで、ヨウタは小便を催した。リープフェルト邸に来るまではまともな食事が与えられていなかったらしく、それまで一度も便意を感じていなかったのだが、そんなところにもヨウタは人間らしいものを感じてしまう。


(と、それどころじゃない。トイレどこだ?)


 部屋の中には見当たらない。ドアを開けると、あのメイドがいた。


「どうしたの?」


「あ、あの、おしっこに行きたいんですけど」


 ヨウタがストレートに尋ねると、頷いた彼女は自分の後についてくるようにうながして兵舎の外に出る。そして、板で囲まれた区画の前で立ち止まる。


(半分野ざらしか。そういえば、けっこう羽振りのいい貴族でも、地元のお抱え兵士のトイレはこんなものだったな)


 勇者ハルキたちと旅をしていたころのことをヨウタが思い出していると、メイドが振り返って、またも顔を赤らめながら尋ねてきた。


「ひとりで……できる?」


 ヨウタは固まった。精神年齢が青年を卒業しつつあるヨウタにとって、それはあまりにも想定外の問いかけだった。


「あ、だ、だいじょうぶです!」


 硬直を脱してヨウタは必死に辞退した。これをご褒美ととる人がいないわけではないだろうが、少なくとも、ロリコンのヨウタにとって大人の女に小便の世話をされるなど、罰ゲーム以外の何ものでもない。ヨウタは慌てて板張りエリアに飛び込んだ。そして、大きく息を吐きながら所定の位置について小便の体勢をとる。そしてヨウタは再び硬直する。


(なんだ、こりゃあ!?)


 貫頭衣をまくり上げて取り出したマグナムはどう考えてもおかしい。とても四、五歳のそれではない。子供の身体に不釣り合いなほどの威容を誇るそれは、ついこの間までの、いちおう大人だったヨウタのそれを存在感において大きく超える、エクスカリバーともいえるものだった。あまりの驚きに、便意すら引っ込んでしまう。そして、頭の中で違和感として接続不良を起こしていた回線がふいにつながった。


(あのメイド、まさかこれが気になって……?)


 背筋がゾクッと震えた。このようなところで貞操の危機が襲ってこようとは、さすがのヨウタも想像していない。だが同時に、真の危機が訪れたときにはいかんともしがたい、ということも理解してしまう。奴隷のような身分でこういう家に入りこむとき、格上の使用人の発言力は大きい。この家に居すわるなら、メイドの気分を害することは得策ではない。




 ヨウタがリープフェルト侯爵邸に来てから三日がたった。日ごとにお世話に親身さが加わるメイドをギリギリでかわしつつ過ごしていたヨウタは、この日、さらなる驚愕の中に身を置くことになる。


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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