鋼鉄のカラクリ
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私達の祖先は、良くも悪くも普段通りの生活をしていた。
「あの日」までは。
それは、なんの前触れもなかったらしい。
宇宙から、飛来した、侵略者。謎の生物。「エイリアン」という表現が一番しっくり来るだろう。
多くの犠牲を出すなか、祖先はついに対抗手段を編み出した。
対エイリアン用ロイド、その名は「ハナビ」。「困難を打ち破る人」と書いて「破難人」だ。花火を平和の象徴にしているとか、エイリアンを花火みたいに爆散させるとか、名付けの由来はたくさんあるらしい。とある日本人技術者が中枢プログラムを開発したことから、世界中で「ハナビ」という名称で通っている。
高さ約2メートルのボディの中に、地球上のあらゆる技術が詰め込まれている。まさに地球の威信をかけた、最終兵器。当然、それを操縦するパイロットは人々から英雄視される。
……っと、どうやらエイリアンの軍団が攻めてきたらしい。基地の警報が、これでもかと鳴り響く。私も、配置につかなければ。
「司令、黒金雀さんと金子凛さん両名、配置につきました!」
「第33世代ハナビ『クロウト』、第29世代ハナビ『シャイニージパング』、配置完了!」
「システムオールグリーン! 射出カタパルト、角度よし!」
「エイリアン、現在56体! 今後、敵の追加が予想されます!」
『クロウト、メインコンピューターとサブコンピューターの同期が完了しました』
『シャイニージパング、メインコンピューターとサブコンピューターの同期が完了しました』
「行けます!」
「同じく!」
「クロウト、シャイニージパング、発進!」
「「発進!!」」
司令室とはガラスで隔たれた操縦室で、スーツ姿の女性、黒金雀とスモッグ姿の女の子、金子凛が歯を食いしばりながらも熟練された動きでハンドルやレバーを遠隔操作していく。二人とも優秀なパイロットではあるが、本職は普通のOLと幼稚園児だ。あちこちでちやほやされているから「普通」とはまた少し違うかもしれないが。
◆
「敵影、無し! 増援もありません!」
『殲滅完了。雀さん、おつかれさまでした』
『殲滅完了。おつかれさまでした、凛さん』
「黒金雀、金子凛、カウンセリングを受けてから帰るように」
「「はい! おつかれさまでした!」」
黒金雀と金子凛の二人が帰っていくのを横目で見送ってから、私は司令室から少し離れた制御室へと向かった。私、伊粉こまちの仕事は、ハナビに関わる電子機器の整備。こうやってハナビが帰還した後は、電子機器に問題がないか毎回チェックするのだ。
私を含む一部の人間にしか知らされていないが、実は人類の知恵を結集させた「善」の代物のハナビには「悪」とも言うべき倫理的に重大な欠陥を抱えている。
サブコンピューターとして「人」を組み込んでいることだ。
人工知能を使えばいいじゃないかと言われそうだが、人工知能ではちょくちょく問題が発生する。ロボットを題材にしたアニメや特撮などの創作物に登場する人工知能によくみられるのが、人工知能による人間の感情の不理解。そしてそこから来るマシンの暴走。メインコンピューターに機械的な演算を行わせ、それ以外の繊細な挙動や感情の処理を生身の人間の脳に行わせることで、祖先はその問題を解決した。多くの関係者がただのシステム音声だと思っている声は、実は組み込まれた人間の声がデータ化されたものなのだ。
「…………」
指紋認証と物理キーの二重ロックが掛けられた蓋を開けると、色とりどりの配線に接続された私の幼馴染み、日野灯がリクライニングチェア型の台に載せられていた。彼女はシャイニージパングのサブコンピューターにするため、二年前に体を改造された。ちなみにシャイニージパングの「シャイニー」の部分は彼女の名前からとったものだ。上層部のいらん気遣いがうかがえる。
シャイニージパングのメインコンピューターが安全にシャットダウンされたことを確認してから、配線が束になった部分のバルブを緩める。すると配線から解放された彼女は、左目があったはずのところに接続デバイスのプラグだけが残った状態となった。
サブコンピューターとして選ばれた人間が改造される箇所は、主に二つ。一つは消化器官。人間としての生理的機能を排除するためだ。そしてもう一つは、左目。眼球を取り出してハナビとの接続デバイスに取り換え、視神経と繋ぐのだ。視神経は、脳と接続デバイスとの電気信号の架け橋として機能する。この二つの改造を施されることで、食事も排泄もする必要が無くなり、接続デバイスからの充電によって生命活動が維持できるようになる。戦闘中に空腹になったり催されると困るという設計思想なのだということは分かるが、幼馴染みの左目から充電コードがのびてその先が家庭用の電源に繋がっている光景は今でも見慣れないし、見慣れたくない。彼女を選出した上層部をぶん殴ってやりたい。
サブコンピューターとしての役目を終えた彼女はゆっくりと目を覚まし、体を起こした。
「……体調は、どう?」
「……ふつー、かな」
「……そっか」
「……ねえ」
「……なに?」
「あたし、もう人じゃないのかな」
「……いつも言ってるじゃん。人だよ、灯は。そして幼馴染みで、私の恋び…………」
「ご飯食べないのに? トイレ行かないのに? 外へデートにだって、もう行けない」
改造された人間は、基地からの出入りが厳しく制限される。敵が現れた際に不在だと、その分ハナビの出動が遅れるからだ。サブコンピューター無しでは、ハナビは動かせない。
「……それでも、灯は灯だから」
「本当にそう思ってくれてる?」
「思ってるよ」
「……そう…………だよね。……ごめんね、変なこと聞いて……」
「……っ! そうだ、次に外出が認められたら、二人で一緒に…………」
「次の外出日は再来月の予定だ」
「……司令」
厚手のコートに身を包んだ、長身の中年男性。私達現場で働く者にとっては一番の上司であり、この東日本支部の最高責任者、百田司令官だ。
「清掃班から日野君への伝言だ。『早く体を洗いに来い』」
「……すみません。今、行きます」
「伊粉君、君はまだ彼女のことを人間扱いしているのか。人間としての彼女は二年前に死んだ。君の目の前にいるのは、人を素材にした、ただの部品だ。なんの情も持ち合わせてはいけない。恨むなら私を恨め」
「彼女は部品じゃありません!」
「そろそろ諦めたらどうだ」
不安そうに見つめる彼女の横で、私は首を横に振った。
「……そうか。まあ君がどう足掻こうと、彼女の待遇は変わらない。いち整備士の君には、この運命は変えられない。彼女達のような尊い犠牲の上に成り立っているんだ。今の世界は」
なにも言えない私達を尻目に、司令は背を向けた。
「……そうだ。君達にこれを渡しに来たんだった」
私達の方を見ずに投げてきたのは、とある指輪ショップのカタログだった。
「私の知り合いが店長をやっている店だ。もし君達の互いの想いが変わらないのであれば、二人でおそろいの物でも買いに行きなさい。支払いについては、私の方から店に連絡をつけておく」
「司令……」
「……私も、日野君が家庭教師だった頃から二人のことは応援していたんだかな。彼女のことは、非常に残念だよ。一介の支部の司令官の権限では、上の決定は覆せなかった。本当にすまない。さきほどの失言についても、撤回する。カタログを渡すにあたって、君達の意志を今一度確認したくてね」
「こまち……」
「灯……」
「「…………ありがとうございます」」
エイリアンとの戦争は、これからも続く。戦争が終わるのが先か、灯の精神が摩耗するのが先か……。
それは、分からない。
でも、今までは恨めしいだけだった司令官が私達の味方だったことを知れただけで……。
なにかが進展したような、気がした。




