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殺しにくるはずの勇者に幸せにすると言われたんだが。

作者: 聖蓮


「魔王様、あなたを幸せにしたいのです」


そう言ってくるりとこちらを見ては、流れる所作で侍女の礼をとった。

侍女の背後には鉄と燻るような焦げた匂いを纏う物体が倒れている。

自称勇者を名乗る魔王討伐隊の一味だ。


ーーーー


勇者一味が魔王城攻略に乗り出した。

その情報は耳に挟んではいた。

が思うことは少ない。今回は随分と早かったな、程度だ。

魔王は神によって、"絶対に"滅びるように作られている。

世界を永く永く使えるように、人間の数を調節し、

戦争の激化する国は攻撃し大人しくさせ、

人間の生み出した澱みが出来れば己が内に取り込む。

そうして使えなくなりそうな"消費期限"が来れば

勇者が俺を殺して、次の魔王が生まれる。

だからこそ勇者に興味はなかった。

いつか必ず来る終わりを知らせる存在。

ただそれだけの、それ以上でもそれ以下でもなかった。

俺は諦めるように椅子から立ち上がる。

魔王の玉座まで至るのだ、そこそこの力は持っているのだろう。

出来るならば、余り苦しみたくないものだ。

歴代勇者にはいたぶりながら殺すやつだっていた。

今代はそんな手打ちでないことを祈るばかりだ。


ーーーー


「あらあら情けないですわね、勇者様、只の一介のメイドに

ボコボコにされるなんて鍛錬が足りないのではなくて?」


自称勇者を踏みつけて、黒いメイド服を着たそいつは口を開く。

なぜこうなっているのだろうか。

勇者が玉座に突撃してきた。

俺は抵抗せず何も発動させなかった。

が、次の瞬間。


「ぐ、ぐあぁっ」


そいつらの頭上に魔法陣が出現し青火の玉が現れ直撃した。

潰れたドゥドゥ(ヒキガエル)のような声を上げて倒せ込む。

不思議に思い、魔法の痕跡を辿れば驚くほど近くだった。

傍らに控えていたメイドの1人だ。


「魔王様の御前で無礼でございますね」


侍女は倒れているそれらに近づき、魔法で浮かせ運び出そうとする。

その姿を捉えてからというもの、魔王の血が叫んでいた。

「こいつが勇者」だと。

なぜ勇者のくせにメイドの形をしているのか、

そもそもなぜ魔王であるおれを助ける真似するのか。

第一、俺は疑問を口に出す。


「俺を殺さなくていいのか?」


自傷気味に聞こえてしまったかもしれない。

が、しかしそれも仕方ないと思うのだ。

目を瞑れば、歴代勇者にされた数々の記憶が蘇る。

そして疑問を持ちことなく、受け入れ続けた歴代魔王。

沈黙が続く。

聞こえていなかったのだろうか、と不安に迫られた頃。

それは突然告げられた。


「魔王様、あなたを幸せにしたいのです」


優しげな声色。

くるりとこちらを見てその瞳に囚われる。

今まで見てきたどの宝石よりも綺麗な空の瞳。

直ぐに視線は伏せられ、見えなくなるが動悸が止まらなかった。


「あなたが望むならば、すべての苦しみから貴方をお守り致します」


興味が湧いた。

この勇者らしからぬ勇者に。


ーーーー


相も変わらず人間から自称勇者が送られてくる。

だが俺は生きていた。

歴代魔王のように殺されるわけでなく、

消耗品のように使い捨てられるのでもなく、

俺は生きていた。


「魔王様」


メイド服を着る勇者はこちらを見て微笑む。

朽ちた城は真新しい磨きあげられた居城に。

空気も澄み、何処か暖かな居心地のよい空間。

以前より近衛兵の力が増し気力に満ちているように見える。

他の侍女達も身なりと佇まいがいい方に変化している。


「幸せになって頂きたいのです」


そう言って両手に抱えた紙束を俺の机の上に広げる。


「貴方様に見合います!お妃様候補です!

さぁさぁ!見た目が好みの方を選んでくださいませ!」


俺は自然と眉間によってしまう皺を伸ばすように手をあてた。

とても楽しそうに見合い話をしだすこいつが勇者などと、誰が信じるだろうか。

だがいつのまにか俺は、俺を思って行動を起こす彼女を好ましく思っていた。この勇者はことある事に俺に世話を焼く。

と、同時に頭を悩ませた。

理由はまだわからないが、この勇者は"魔王を幸せにする"ことが目的らしい。

"俺"でなくとも、それこそ次の魔王でもよかったのではないか。

そう思うと少し面白くない。

いや、かなり不満だ。

本来なら勇者として俺を殺して、人間達のもとへ行き華々しい人生を送るのが普通なのではないか。

記憶は死ぬまでしかないのだから、その先は想像の域を出ないが。

魔王を幸せにすると言ったその身で、彼女は勇者として得られるべき幸せを殺しているのではないか。


「お前にはなにか希望はあるのか」


勇者、メイドに問いかける。

そしていつも彼女は「魔王様が幸せになることです」というのだ。

いつもの返事が脳裏に聞こえれば、何故か気分が落ち込み地面を見ていた。

やはりいつも同じ返事なのだ。

聞くのがどうかしていた、そう思い言葉を取り消そうとする。


「やはりなんでもな「私の為です」は?」


割入ったのは彼女の声だ。


「私の為なのですよ」


顔をあげればイタズラが成功した少女のように笑っていた。

心の上に乗っかっていた重しが溶け、ストンと何かが落ちてきた。

ああ、殺してなどいなかったのだ。

ならば、なればこそ。






殺しにくるはずの勇者に幸せにすると言われたんだが。だったら。


魔王が勇者を幸せにしようと努力するのも悪くないだろう?

ーーーー

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