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#08 モデルとゲージュツ。 #2

「……ごめんなさい。もう結構です。早く着替えて来てください」


 顔を押さえてそっぽを向かれた。急になしたの? カケルくん。


「ねえねえ、今ウチに萌えたぁ? 挑発されないんでなかったの?」

 面白くなってからかうと、カケルくんは顔を赤くしたまま、またむすっとした。

「それとこれとは別問題なんです」


 別問題? わかんないなぁ。萌えたんでないの?

 したらカケルくん、なして今赤面したのさ?

 しかもなんか不機嫌だし……ウチ、かわいくないのかなぁ。自信なくしちゃう。



「明日も……」

「え?」


「明日も来るんですか?」


 そっぽを向いたまま、カケルくんがつぶやく。


「……来てもいいなら」

 ってか、いいってことだよね?


「じゃあ明日はモデルになって下さい。服は着てていいですから」と無表情に戻ったカケルくんがシャツを渡してくれた。

「あ……いいの? うん、わかった!」


 やったぁ。なんか嬉しい。

 絶対かわいくして来よう。



 * * *  * * *



 衣服に皺が多い方が女性的になる、というカケルくんの――そのあとに「凹凸に乏しい人でもね」とぼそっと付け加えていたから、ケリを入れたけど――アドバイスを元に、柔らかい生地でギャザー多めの半袖ブラウスを着て、次の日の講習に行った。合わせたのは、膝丈のフレアースカート。


 タイラ先生が教室に入って来た途端、目が合った。

 んん、やっぱり効果あるのかな?


 でも授業中は全然普通。

 数教科終えて帰りの仕度をしている時にも、タイラ先生はウチの教室には顔を出さなかった。

 先生は自分が人気あるのを知ってるから、いつも各クラスに顔を見せて生徒たちと喋っているのに。


 うーん。いつもと違う雰囲気だから気になっただけかなぁ。

 まだ何か足りないのかな……それともやっぱメイクしなきゃ駄目?



 * * *



 去年の夏期講習の時、ウチはだいぶ仲良くなって来たタイラ先生に告白した。

「タイラ先生みたいな人が彼氏だったら、みんなにちょー自慢しちゃうんだけどさぁ」って、笑いながら。

 もちろんその時は、本気じゃなくてお世辞半分だったし。


「じゃあ、高校合格したら付き合おうか?」と、タイラ先生は笑いながらこたえてくれた。

「うそっ? ほんと? やったぁ。したら、ドライブとか連れてってくれる?」


 タイラ先生はスマートなスポーツカーに乗ってる。話を合わせてくれてるだけだろうな、と思いながらおねだりしたら、先生はうなずいた。

「わかった。じゃあ合格したらドライブだな。絶対合格しろよ」って、イケメンな笑顔でウチの頭を撫でた。

 ファンサービスだと思っても、やっぱり嬉しい。



 それから時々、タイラ先生に居残りで教えてもらってた。

「本当は、時給に関係ないからこういうことはあまりしないんだけど」って先生は言ってた。でもウチがかわいいから特別に内緒で、って。

 その時も、ほんとかどうかは考えなかった。ただ、先生と一緒にいられる時間が嬉しかったし、わからないところも丁寧に教えてもらえるからラッキー、くらいにしか考えてなかった。


 先生は、ウチが課題を解いている間に、ウチの長い髪をそっと一束取ってもてあそぶ。なんだかそれだけで自分が大人っぽくなったような気がして、いつもドキドキした。

「香織はかわいいなあ……()()でもこんなにかわいいんだから、将来どれだけ美人になるんだろうな」なんてことも言ってくれた。


 これが恋とか好きってことなのかも知れない、と考えるようになったのは、先生が髪だけじゃなく、ウチの首や肩の辺りもそっと撫でるようになった、秋頃から。

 それまでウチは、眼つきがキツいとかばっかり言われてたから、かわいいって言われるのがすごく嬉しくて、もっと誉めてもらいたくて、勉強も更に頑張るようになった。



 去年の冬休みに、そのやる気もふっつりと途切れてしまったけど。



 * * *



 ガヤガヤしながらみんなが一斉に帰るトコがあまり好きくなくて、いつも最後の方に教室を出てる。したから今日もみんなが帰るのを、テキストを読み返しながら待っていた。

 しばらくしたら誰かがすぐそばに立った。


「今日はなんだかかわいい格好だね。デート?」と声を掛けて来たのは、タイラ先生だった――ほんとは香水の匂いでわかってたけど。


「特に予定はありません」

 ウチはテキストをぱたんと閉じる。先生は机に肘を引っ掛けるようにしてしゃごんだ。

「じゃあ、僕のためにこれを着て来てくれたのかなぁ……香織は、淡いピンク色も似合うんだね」

 そう言って、ウチの肩の辺りに手を伸ばし、髪の毛をそっともてあそぶ。


 ってゆーか先生、さっきまでどこに行ってたんだろう?


「そうだったら嬉しいですか?」

 やっとタイラ先生の方を向く。

 今更訊いても全然意味がないってわかってても、やっぱり訊いてみたくなる。


「嬉しいけどねえ。香織が僕のために何かしてくれて、嬉しくないわけがないじゃないか」

 先生はにこっと微笑んだ。演技みたいに完璧な笑顔。

「せんせ、他の人にも同じこと言ってそう」と、ウチが苦笑すると先生はきょとんとした。

「誰かそんなこと言ったの? 僕は香織だけだよ。だって約束したじゃないか」


 ウチは笑顔を作れなかった。

「そうですね……約束、しましたね」



 しらじらしい。


 大人ってこういうことなんだろうか。

 したらカケルくんも、ああ見えて実は上手いことやってんのかな……

 あの照れた様子も演技だとしたら、相当な役者だと思うけど。



 * * *



「なんでそんなにおめかししちゃったんですか」


 また呆れた顔になってる。なんで、って、こっちが訊きたいよ。


「モデルっていうから」

「そんな格好で講習に行って、誰かに何か言われませんでした?」

 カケルくんはウチを促してドアを閉める。

「あ、さっき先生に、『デートか?』って訊かれて」

「先生に? ですか?」と、カケルくんは首を傾げた。


「あ……うん、あの、ウチ仲がいい先生がいて……難しいけどK高受かりたいから、その先生にわかんないとこ訊いたりして」

 なんだか上手く説明できない。

「そうなんですか……香織さん、K高を受験するんです?」

 今度は不思議そうな顔で見られた。

 昨日、勉強が好きくないって話したから、ウチが先生と仲いいのは不思議なのかなぁ?



 セリカさんが座っていた場所に丸いラグが敷いてあって、カケルくんはそこにウチを連れてった。

「じゃあ折角なので、その服でもデッサンしましょうか。横座り、できます?」

「こう?」

 ぺたんと座ってみせると、カケルくんはウチを見つめる。


「それでもいいですけど……画面に奥行きが出る方がいいんです。もう少し、こちらをこうして――」


 脚の角度や手を着く位置を、カケルくんが少しずつ変えて行く。ちょっと前に倒れるような姿勢が不自然な気もしたけど、手に体重掛けられるので意外に楽だった。


「とりあえず――そうですね、十五分間お願いします」

 そう言って、カケルくんはタイマーをセットする。

「瞬きと呼吸以外は、なるべく動かないようにお願いします。もし姿勢を保てないようでしたら、教えてください」


 そしてそれから十五分間、ウチはマネキンになってカケルくんの視線を一身に受け続けた。


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