表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

#07 モデルとゲージュツ。 #1

 セリカさんは、「あたしねえ、抹茶の水羊羹がすっごくすっごく好きなのよ」と主張して、抹茶のだけ二個もらって帰ってった。

 セリカさんを見送ってからウチも帰ろうとしたら、「ところで、ずっと気になってたんですけど」と、カケルくんに呼び止められた。


「なに?」

 ウチがかわいいって、カケルくんもやっとこさ気付いたかな? したら、も少し愛想よくしてくれてもいいと思うんだけど。

 でもカケルくんはため息をついてから、「()()、いつ染み付けたんです?」と、自分のデコルテ辺りを指差した。

「え? 染み?」と見下ろすと、青い染みがクリーム色のシャツに付いている。


「ヤっバ。さっきアイス垂らしちゃったんだぁ」

 急いで食べたんだけどなぁ。

「アイスですか?」と、カケルくんはまた呆れ顔になった。

「あなた、子どもみたいですね――あぁ、子どもでしたね」

 ふっと煙を吹いて、灰皿に煙草を押し付ける。


 なしてこう、いつもひと言ふた言多いのかな、この人……

 ちょっとムカついたけど、でもしてくれるって言うから、また染み抜きをしてもらう。



 昨日ウチが脱いだワイシャツがそのまま脱衣カゴにあったから、シャツを脱いでそれを羽織る。

 鏡に映る、ブカブカなワイシャツ。セリカさんみたいなぽよよんがない胸……全然ないわけでないけどさ。

 そりゃぁ、セリカさんみたいなモデルさん見てたら、ウチなんて全然色気なく見えるだろうけどさぁ。

 でもウチまだ成長中だし。谷間だってこれからできるんだし。


 ワイシャツを着てボタンを止めたら、下になんも履いてないみたいに見えることに気づいた。ショートパンツ履いてるのに……へぇ、なんだかおもしろぉい。



「……下は脱がなくてもいいんですよ?」

 洗面所から出て来たウチに、カケルくんは一瞬眼を丸くしたけど、その後腕組みをして渋い顔になった。


「履いてるよ、ほら」とワイシャツの両端を持ち上げて見せる。

「ばっ……年頃の娘さんが、そういうことはしないでください!」と、カケルくんは慌てたようにそっぽを向いた。

 叱られちゃった……いや、びっくりしたのかな?


「え、まさか履いてないと思ったの? したら、んなことするわけないっしょぉ。ってか、カケルくんて若く見えて実は結構おじさん? 『年頃の娘さん』なんて、うちに来るおじいちゃんみたいな人しか言わないよぅ」

「知りませんよそんなこと」


 カケルくんは不機嫌な声で言い捨てると作業部屋に向かった。この人、ウチといると八割はムッとした顔か無表情だよね。

 で、残りの二割が呆れ顔。

 ウチは肩をすくめながらカケルくんの後に続く。



 昨日と同じ丸椅子に座って染み抜きするのを待っていたら、急にカケルくんが振り返ってしかめ面をした。


「だから、そういう座り方は()()()()()と言ってるんです」

「今日はショーパン履いてるからいいしょや。なんも、見えるわけでないし」

 したから脚を閉じないで、パタパタさせる。


「見えるかどうかではなく……そういうポーズはね、あなた、挑発してるようにしか見えませんよ?」


 挑発?

 耳慣れない言葉。ウチは眼を丸くする。


「カケルくんはウチに挑発されるの?」

「そんなわけないでしょう。まだ――」

「さっきのおねえさんみたいなムッチムチの方が好きなんだ?」と言いながら、口が尖る。どうせウチ、色気ないしね。


「何を言ってるんですか、急に」

 カケルくんは呆れたように言って後ろを向いてしまった。


「ウチ、太るのやだなぁ……」

 クラスの子はダイエットしなきゃっていっつも言ってるし。ウチは細い方だけど、やっぱ太るのは好きくない。

 でもぽよよんって揺れるのはいいな……胸だけおっきくなんないかなぁ。


「セリカさんは太ってはいませんよ」

 後ろ向きのまま、カケルくんが反論した。

「ええ? でもさぁ、お腹とかぷよんってしてさぁ」

 アイドルとか女優さんとかは、あんなにぷよんってしてないし。

 そう考えていたら、カケルくんがまた振り返った。


「みんなそうなるんです。むしろ、今の若い子はやせ過ぎだと俺は思いますけどね。ちゃんとごはん食べてますか?」

 じとーって冷たい眼で、ウチを見る。


「でもさぁ、テレビとか雑誌とかのモデルさんって、みんな細いっしょや」

 ウチがほっぺたを膨らませたら、カケルくんはちょっと困ったような顔をした。


「セリカさんは、お若い頃はほんとにスタイルのいいモデルさんでしたよ。今の若い人たちのように細かったわけじゃないです。でも、というか、だから、女性的な美しさがきちんとありました。今でもあの年齢であのスタイルは、不自然なく美しいと思います」


 優しそうな笑顔で「お子さんも二人いらっしゃるし」と付け足す。ウチにはそんな顔しないのに。なぁんか、ずるいしょや。


 でも、お母さんなんだ、あの人。

 そう考えたら、ウチのママよりスタイルいいかも。でもお母さんなのにヌードモデルとかするのは、やっぱり変な感じ。

 恥ずかしくないのかなぁ……それとも、ゲージュツだから平気なのかなぁ。


「ウチ、ゲージュツはよくわかんない」

 肩をすくめると、カケルくんはやっと少しだけ優しそうな表情をウチに向けた。

「芸術ってのは自分で見たり触ったりして、これがいいとか、こういうのが好きとか、思うことなんじゃないですか」

「ふぅん……」


 いいとか好きとか思うこと? なんかあったかなぁ……



 シュー、シュー、とエアブラシが鳴る。

 ミシン台はやっぱりゴゴゴゴうるさい。

 カケルくん、ひょっとして染み抜きするの結構好きなのかな? 左右に揺れる寝癖頭は、なんだか楽しそう。


「できました」と服を持って来てくれた時もまだ少し笑顔だった。


「ほんとキレイに消えるねぇ……ねえ、ウチもゲージュツになれる?」

「それってモデルの話ですか?」と、カケルくんは眼を丸くした。

「うん……脱がないけどさぁ」

 脱いだってどうせ、ウチみたいな子どもじゃ色気もないだろうしさぁ。

「脱ぐだけがモデルじゃないですってば。このワイシャツ姿だって素敵ですよ」


 うわ、真面目な顔で誉められちゃった。かわいいとかでなくて素敵、だって。


「えー、なんかやーらしー」

 面と向かって誉められたら、なんか照れくさいしょやぁ。


「……誉めたの、返してください」ってまたムッとされた。

「やぁだー」返すわけないしょ。

「素直じゃないですね」と、カケルくんは呆れたような顔をした。

「ねえ、萌える? ウチ萌える?」

「萌えるってのとは違いますけど……」


 うーん、違うんだ?


「したらば、どういうのが萌えなの?」

「んー……そうですね、例えば……」と、カケルくんは真剣な表情でウチを見た。

 ってか、やっぱヤバいこの眼。セリカさんを見てたのと同じ眼。刺さる。


「袖なら、折り返さずにそのままで」と手を伸ばして来て、巻いていたワイシャツの袖を元に戻した。

「長いから、こう皺が寄るじゃないですか」

「うんうん」

「シャツ全体に皺を寄せた方が陰影がキレイですから、腕を少し内側に――」


 ウチの腕や脚をマネキンみたいに動かしてポーズをつけてから、「こうかな……」と、少し離れて確認したカケルくん。


 直後にぶわっと赤面した。


「え……えっ?」

 なして?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

cont_access.php?citi_cont_id=574155401&s ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ