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#06 水羊羹とぽよよん。 #2

「セリカさんがいいって言うんなら……じゃあそこ、サンダル、脱いでください」

 カケルくんの表情は「やれやれ」って言いたそうに見える。


 華奢なミュールの隣に、ウチの子どもっぽいしっかりした(かかと)のサンダルが並ぶ。

 ウチだって大人っぽいの持ってるけど、昨日はそーゆーの履いてて転んじゃったから、今日はしっかりしたの履かなきゃ駄目って言われちゃったんだよね。



 昨日と違って、玄関っぽい上がり口のすぐ奥に衝立が何枚も立てられていて、そのせいで全然奥が見えない。

 セリカさんって、どんな人なんだろう。モデルさんっていうから、きっとスタイルいいんだろうなぁ……


「お邪魔しまぁす……」と、衝立の奥に足を踏み入れて――



「わわっ。カケルくん、何やってんのさっ」


 ウチは驚き過ぎて顎が外れそうになった。




 倉庫の中にはおねえさん――よりはもうちょっとだけ年上っぽい人――がいて、素っ裸の腰の辺りにシーツをさらっと掛けただけ、っていう格好で座っていた。

 慌てて眼をそらしたけど、ウチ、結構しっかり見ちゃったよ。


 ――やっぱえっちいことしてたしょやぁ?


 (とが)める眼つきでカケルくんを睨む。


「だから、裸婦スケッチだって言ったじゃないですか」と言いながら、カケルくんは呆れたような顔で腕を組んだ。


「らふ……? ああ!」

 ヌードのことかぁ。


「……今やっとわかったんですか? あと十分くらいしかないんです。申し訳ないけど、香織さんはその辺で適当に過ごしててください」

 カケルくんはそう言うと、さっさとセリカさんの方へ向かった。


「いいのよぅ? 少しぐらいならサービスしても」と、ポーズを取りながらセリカさんが言う。

「そういうのはよくないです。時間で来ていただいてるんですから」

 椅子に座った途端、カケルくんはザカザカと腕を動かし始める。

 ヌードの女の人が目の前にいるんだからデレデレするのかと思ったら、なんか睨んでるみたいな顔でおっかない。


 っていうか、セリカさんの方にもびっくりしたし、モデルさんっていってもやっぱりえっちいとか思ったけど。でもスケッチしているカケルくんの様子を見ていたら、なしてか段々、そういう感じでなくて……




 ピピピピッ


 ピピピピッ


 ピピピピッ



 突然鳴りだしたアラームに、ハッとした。

 真剣な表情のカケルくんと、ライトを当てられてマネキンみたいになってるセリカさんの様子を見ていて、いつの間にかウチまで固まっていた。催眠術を掛けられた人みたいに。

 呼吸も忘れてたみたいで、すごく息苦しい。慌てて深呼吸を繰り返す。


 カケルくんも驚いたように手を下ろす。

「あー……ありがとうございました」って、少し呆けた声で挨拶をしながら、アラームを止めた。

 それが呪文だったようにマネキンから人間に戻ったセリカさんは、「お疲れさまでした」とにっこりしながらバスローブを羽織る。

 同時に、たわわな感じにぽよんと揺れた。


 ウチにはあの半分もないんだけど……いいなぁ。



 なんだったんだろう、さっきの不思議な時間。

 ものすごく……なんていうか、薄ぅいガラスでできたような時間。そぉっと扱わないとすぐ割れてしまうような繊細さ。そんな感じ。


 えっちいとかきれいとか、そーゆー単純な言葉じゃ表せない。

 あれがゲージュツってことかなぁ。

 描かれた絵だけでなく、描いている時間も全部合わせて……

 セリカさんを洗面所の方へ案内して行く後ろ姿を見ながら、ウチはぼぉっと考えていた。


 カケルくんが座っていた椅子へ近寄ってみる。アルファベットの『A』みたいな形の台に、大きなスケッチブックが開かれていた。

 ざっと走らせた鉛筆のアタリ線と、ヌード女性の輪郭。お腹がぷっくりしていて腰回りがむっちりしている、温泉やプールの更衣室でよく見る普通の体型にしか見えない。


 スケッチブックをめくると、違うポーズのセリカさんが出て来た。

 足だけ描いてるページがある。手だけを描いたページもある。顔のアップを描いているページもある。アンニュイな表情。苦しそうな表情。夢見ているような優しい表情――



「でもさぁ、もっとスリムに描いてあげてもいいんでないのかなぁ」

 ぼそりと感想を漏らすと、「それじゃスケッチになりませんよ」と後ろから声を掛けられて飛び上がりそうになった。


「ああびっくりした」

「いや、ここ俺の家ですからね?」と、カケルくんが呆れたような顔でウチを見る。


 だよね。


「ねえ、スケッチって、見たまま描かなきゃ駄目なの?」

「……」

 あ、またじとーって眼になった。その眼、なんかものすごく莫迦にされた気分。

 ってゆーか、ウチ、カケルくんに呆れられてばっかりな気がする。


「中学でも美術はあったでしょう?」

「ウチ、美術苦手……見るのは好きなんだけど、描けないし」

 写生会は、絵の上手い子のを真似して描かせてもらってたなぁ……それでも全然違うくなっちゃうのは、なしてだろう。


「描きたいという気持ちがあれば描けるようになりますよ」

 カケルくんは煙草に火を点けた。煙たそうな顔になる。


「ウチ、描くより描かれたいかなぁ……」

「え?」

「え? ……あ、なんも」


 なんか、さっきみたいな熱っぽい視線で見つめられるのって気持ちよさそうだな、って思ったんだけど。でも裸にならなきゃないのはいやだなぁ。


「香織さん、モデルになってくれるんです?」と言いながら、顔を少しだけそむけて、ふぅ~、っと煙を吐いた。

「ええ? ウチ脱げないよ、無理無理っ」

 慌てて手をわたわた振ったら、カケルくんが笑う。

「脱ぐだけがモデルじゃないですよ」


「わ、笑った!」

「……駄目ですか?」


 あぁまたむすっとなっちゃった。


「えと、初めて見た気がして」

 だってカケルくんの笑った顔ってちょっと……全然雰囲気違ったし。

「そりゃ、昨日会ったばかりですからね。最初からヘラヘラしてる方がどうかしてるんじゃないですか」

 煙草をくわえたカケルくんは、今度はへの字口になった。


「ウチ、ヘラヘラしてないしょ……あ、ってか、はい、これ」

 思い出して、水羊羹を差し出した。カケルくんは「あぁ、どうも」と受け取ったけど明らかに困惑してる。

「セリカさん、水羊羹って食べます?」と、洗面所の方へ声を張り上げた。


「え、普通あげた人がいる前で他の人にそれ訊く?」

 呆れちゃう。せめてウチが帰ってから訊いてくれないかな。


「でもお気持ちだけで……というか、俺、水羊羹食べそうな顔に見えました?」

 紙袋から箱を取り出して、眉間に皺を寄せながら包装紙を剥し始めた。

 なしてそんな顔してんの? って思ったら、爪でテープをきれいに剥そうとしているみたい。

「わかんないけど、ウチ、水羊羹って夏の定番だと思ってるし。あと、パパは普段甘い物食べないけど、ウィスキー飲みながら食べたりもするし」

 あんことウィスキーが意外に合うんだ、って言ってたし。


「へぇ、ウィスキーですか……わかりました。ではこれはありがたくいただいておきます」

 途端にちょっと嬉しそうな表情になった。お酒飲むんだ。


「変な人」

 っていうか、大人のくせに、正直過ぎ?


「……って、普通面と向かってそれ言います?」

 カケルくんは、またムッとした表情で煙を吐いた。


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