#05 水羊羹とぽよよん。 #1
イケメンで大人なタイラ先生のことを好きになったのは、ウチらの年頃なら当たり前の流れだったと思う。
他にも、国語のトサカ先生や社会のカワサキ先生もカッコイイって思ってたけど、やっぱり一番はタイラ先生。
でも、あくまでも先生と生徒で、大人と子ども。ウチなんかが釣り合うわけないって知ってる。
しかも他の女子にもモテモテだから、相手にしてもらえるはずないのもわかってたし、ウチに向ける笑顔はいかにも営業用スマイル、って感じだったし。
だからその時は、アイドルに憧れてはしゃいでるような気持ちだった。
* * *
塾から家までの途中にあるコンビニ。そこに寄ったウチは、店の奥に向かって大声で呼び掛ける。
「おばあちゃぁん。水羊羹のセット、置いてる?」
コンビニといっても、昼間はおばあちゃんがお留守番しているようなローカルな店。昔の個人商店を体裁だけコンビニにしたような感じ。
売ってる物もコンビニの商品半分、あとは近所の畑の野菜とかお米とか。冬にはおばあちゃんのお漬物も並ぶ。
レジは二台あって、コンビニ用とそれ以外用。
コンビニって全部言われた通りにしなきゃないって聞いたことあるけど、ここは、なしてかこんな不思議なお店になっている。
小さい頃から、ここがコンビニになる前からウチは時々この店に来ていて、このおばあちゃんが好きだった。
ウチのじいじとばあばも近所に住んでるけど、ここのおばあちゃんの方が色々話してるかも。したって、なんかここで話しても、パパやママに筒抜けになることないしさ。
友だちとここで待ち合わせして、ついでに買い食いもしてた。
今は中学生だからいいけど、小学生の時はほんとは買い食い禁止で……でもみんな、学校の先生とかも「おばあちゃんの店ならいいっしょ」って雰囲気になってた。
おばあちゃんは、ひとりひとりがいくらお小遣いを使ったのか、いつの間にかちゃんと把握してて、お金を使い過ぎる前に止めてくれたし。
「香織ちゃんいらっしゃい。水羊羹ね、あるよ……フルーツゼリー入ってるのもあるけど。何個入りがいい?」
レジの奥の部屋から、おばあちゃんが顔を出す。
「水羊羹だけのがいいかなぁ……こーゆーの、ひとりで食べても困らないのって何個だろう?」
「香織ちゃんが食べるのかい?」
そう言いながら、おばあちゃんは箱をふたつ持って来た。
「ううん、人にね、お礼に持ってけって、ママが」とウチが説明すると、おばあちゃんはしわくちゃな顔を更にしわくちゃにさせてニコニコした。
「そうかい――したらね、八個入りにしようか。熨斗は? おばあちゃん書いたげるよ?」
「えー、そこまでしなくてもいいんでないかなぁ」
あらたまったお礼ってわけでもないし……多分だけど。
用事の買い物を済ませると、ウチはアイスを買って食べた。バニラやチョコのもあるけど、今日はソーダ味のアイスキャンディ。
棒が二本付いているから、半分に割って分け合うこともできる優れもの。
妹たちはこれを一本ずつ食べるけど、ウチはもう中学生だから全部食べても叱られないんだよね。
でも、のんびり食べてると溶けちゃうから、後半は結構慌てちゃう。
昨日、膝にガーゼを当てて帰ったら、ママに見つかって問い詰められた。
したから行き倒れを拾った話をして――染み抜きの件はアレだから伏せといたけど――したら、手当てしてもらったお礼を持って行きなさい、って言われた。
「なして? したってさぁ、ウチが助けたんだよ?」って言ったら、「よそのお宅にお邪魔したんでしょ?」だって。そうだけどさぁ……
「うちの両親がよろしくと言っていました」ってのも伝えなきゃないらしい。めんどくさいけど、お金も渡されちゃったし。
「でも、水羊羹って食べるのかなぁ?」
おばあちゃんのコンビニからカケルくんの倉庫まで、元来た道を戻りながら首を傾げる。
ま、いらないって言われても置いてけばいっか。
* * *
「……何しに来たんですか」
思いっきり『迷惑なんですけど』って顔でカマボコの横にあるドアから出て来たカケルくんは、今日も頭がボサボサだった。髪の毛切ればいいのに。
でも埃にまみれてないから、くせ毛かなんかだと思う。後ろの方が特にハネてるから、寝癖かな。
絵の具があちこちに飛んでいる紺色のエプロンと、白いTシャツにチェック柄のハーフパンツ。裸足でサンダル……ちょーダサい。
「ださっ」と、思わずつぶやく。
見るからにモテなさそう。タイラ先生とは大違いだよね。
「喧嘩売りに来たんならお引き取りください。俺、暇じゃないんで」
「あああっ。つい心の声が。あのね、ママがお礼しなさいって言うから――」
ムッとした顔で戸を閉じられ掛けて、ウチは慌てて水羊羹の入った紙袋を差し出した。
「お礼? なんのです? 染み抜き?」と、カケルくんは少し目を見開く。
「いや、ウチ染み抜きのことは言ってなくて……でもあの、膝の手当て、してくれてありがとうって……」
そういえば、昨日ちゃんとお礼言ってなかった気がする。
「――ウチも、お礼言い忘れちゃったから」
「そうですか。それはわざわざご丁寧にすみません」
冷めた顔でそう言うと、カケルくんは水羊羹を受け取らずにまた扉を閉めようとする。
え、ちょっと待って?
わざわざ来た人に、一休みしませんかとかないの?
呆然としてたら、閉じ掛けた扉の向こうが目に入った。
「あれ、サンダル、あれ女物っしょや……彼女が来てるんだ?」
真珠色の、ちょっと高そうなデザイン。
お邪魔しちゃったかな?
「違いますよ」
「え、したって昨日なかったしょ」
「あなたには関係ありませ――」
「ちょおっとぉ? せんせぇー、まぁだぁ?」
閉めようとしている扉の向こうから、なんか鼻に掛かった甘ったるい声が聞こえて来た。
「――先生? ってかやっぱ彼女っしょやぁ」
隠されたのがなんだか怪しくて、ウチの口が尖った。
ロリコンじゃなさそうだけど、やーらしーい。そう思ったら、寝癖もなんだかえっちく見えて来た。
「彼女じゃないですってば――モデルさんです。裸婦スケッチをしてたので、外から見えたら失礼になるじゃないですか。だからさっさと閉めたいんです」
カケルくんはちょっと慌てたような声になる。
「え? ラフスケッチが見えたら駄目なの?」
うちが首を傾げると、カケルくんはなんか困ったような表情になった。
「……そんなに気になるんだったら、見学します?」
「うん? いや、気になるってわけでもないけど……したらお邪魔します」
ため息つきながら、カケルくんがドアを開けてくれる。ウチがしつこいから追い返すのを諦めたっぽい。でもウチも、水羊羹受け取ってもらわないと困るし。
倉庫に入り、カケルくんがドアを閉める。
ウチのことを無表情で見ていたカケルくんは、奥に振り返って呼び掛けた。
「セリカさんすみません。あの、知り合いの子が見学したいって言ってるんですけど……駄目ですよね?」
はぁ? なにその訊き方。
「えぇ? いいわよぅ。なぁに? 男の子?」
「いえ、女子ですけど」と、こたえながらまたため息。失礼だなぁ。
「じゃあ全然平気よぅ」
ちょっと甘えたような声が返事をした。セリカさんっていうんだ。