表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/15

#03 倉庫と染み抜き。 #1

 甘い物と水分を補給して、ようやく立ち上がれるようになった行き倒れ――カケルくんが、「うちで手当て、します?」と埃まみれの顔のまま見下ろした。

 白目の多い眼が、ウチを見つめる。


 普通そーゆー時ってさぁ、男子って「手を貸そうか?」とかするもんっしょ?

 気が利かないのかなぁこの人。

 しょうがないから「したら立たせてよ」と手を伸ばしたら、カケルくんは何故か困ったような顔になった。


「なに、ヤなの?」とウチは口を尖らせた。

「いいですけど……汚れますよ?」

 カケルくんは困った顔のままこたえる。

「そんなん、今更だよ。え、カケルくん、そったら((そんな))ことで悩んでたの?」

 変なの。後で(ほろ)えばいいしょや。

 どうせ転んじゃった時に、ワンピも埃まみれになっちゃったしさぁ。



 擦り傷が大きい右脚側をカケルくんが支えてくれようとする。でもまたなんか悩んでるから、「なしたの?」と訊いた。


「えっと……すみません。抱いて行ければよかったんですが……」

「え? や、いいよぉそんなん、ウチ重いし。ちょっこし((少し))なら歩けないことないし」


 したって((だって))カケルくんまだフラフラしてるしさ、ウチを抱っこするのは全然無理っしょや。ってゆーか、抱っこされるとかウチ考えてなかったよ……驚いた。



 結局、カケルくんとウチは、お互い肩を貸し合って倉庫に向かった。

 カケルくんは水道の近くにあるドアに鍵を差し込み、そのまま開けてから鍵を引き抜く。

 倉庫の中は体育館みたいに床が張ってあって、ウチは玄関っぽいとこに座らせてもらった。


「休んでてください。救急箱取って来ますから」


 そう言って、カケルくんは部屋があるらしいドアの方へ向かった。

 ちょっと食べたりしたからか日陰になったからか、声はさっきよりずっとしっかりしてる。



「膝もそうだけどさぁ……それよりワンピ、汚れちゃった」


 ひとりで残されたウチはため息をつく。まだ新しいワンピースなのに、埃だけでなく膝の辺りの布が擦れてしまったうえに、血が付いてた。

 血って取れにくいんだよね……すごいがっかり。凹む。




 カマボコ型の倉庫の中は外と比べてだいぶ暗く、外よりも蒸していた。

 上の方に明かり取りの窓が並んでるけど、あれだけじゃ下まで光が届かない。天井には照明がいくつかついてるのが見える。

 倉庫の隅の方に、体育館とかで使うような大きな送風機があったけど、動かしてない。使えば涼しくなるのかなぁ。


 壁には板が何枚も立て掛けてあって――あれ、板じゃない。全部絵だ。

 キャンバスに描かれている裸の女の人の絵と、風景画と静物画……あとなんだろう。(ドラゴン)? それがたくさん。


「あぁそっかぁ。さっき水道んとこで気になったの、絵の具のにおいだったんだ」


 そういえば、脂くさいってのも、どっちかっていうと絵の具とか溶剤みたいだった。したら、カケルくんはここで絵を描いている人なんだろうか。こんだけ広さが必要って、絵の教室とかやってるのかな?


 撮影に使うような、スタンドの付いた大きなライトがいくつか、絵の近くにまとめて立ててあった。あれは絵を描く時に使うのかな……やっぱり、天井のだけじゃ暗いんだろうか。天井、高過ぎだし。



「お待たせしました――あぁ、それ、汚れちゃってますね」


 顔を上げると、眼鏡を掛けたカケルくんがこっちを見てた。

 随分印象が違う……ってか、眼鏡のせいだけでないっぽい。頭ボサボサは変わってないのにどこかさっきよりスッキリしてる。


「……顔と手を洗って来ました」


 カケルくんがムッとした顔で付け足した。ウチが何を言いたかったのかわかったみたい。髭も剃ったんだ……つるっとしてる。

 ひょっとしたらこの人、ウチとあんまし変わらない()()かも。高校生か大学生か、それくらい。

 髪もちゃんとしてお洒落したら、もうちょっとカッコよくなりそうなのになぁ……



「ワンピさぁ……こんなんなっちゃって、がっかりなんだけど」


 手当てしてもらいながらボヤく。

 このワンピ、肩や裾に透かしレースが付いてて、裾の方は落ち着いた色合いの小花模様も散らしてあって、少し大人っぽい感じが好きだったのになぁ。

 家に帰るまでには血も乾いちゃうよね。ってかもう乾いてるのかも。

 洗濯だけじゃきれいにならないし、模様を避けて漂白するのってウチじゃ無理だし。怪我したことよりも(へこ)んじゃうよ。



「染み抜き、しましょうか?」

 消毒した膝にガーゼを当てながら、カケルくんが言い出す。ウチの反応を確認するみたいに、ちらっとだけウチの眼を見て。


「え、でも染み抜きって高いっしょ?」

「クリーニング店でしてもらえばそれなりですね。でも俺、ここでできますから」


 ここ、と言いながら、カケルくんは壁にくっついているドアを指した。さっき救急箱取りに行ったドア。つまり、あっちになんかあるってこと?


「ほんと? できる?」


 カケルくんに向き直って問うと、一瞬、考えるような表情になった。


「あの、でも……それ脱いでもらわないと――」

「や、やっぱロリコン!」


 咄嗟に両腕を身体の前で合わせた。

 しまった。うっかり生足も触らせちゃったしょや。ちょっとでもいい人って思って失敗した?

 学校でも「夏休みには変な人に遭わないように……」って言われてたのに。


 でもカケルくんは、ウチの勢いに呆れたような顔でため息をついた。


「やっぱ、って酷いですね。もちろん着替えは貸しますよ。Tシャツなどでよければですけど」

「あ、あぁ、そうなんだ……そうだよね」


 なんだか気まずい。


「――ってか、今更子どもの裸で動揺するトシじゃないんですが」

「はぁ? なんか言ったぁ?」

「何も……で、どうします? した方がいいですか?」


 やる気のなさそうな顔でウチの膝にガーゼを貼り終えると、カケルくんは立ち上がって首を傾げた。

 でもさぁ今さぁ、ぼそっと莫迦にしたよね?

 ちょームカつく!


 口がへの字になりそうなのを気合で押し留めながら、ウチは頭を下げる。

「……したら、オネガイシマス……」


「ふぅん」と、返事なのか鼻息なのかわからない声が、頭の上から聞こえた。




「こっち洗面所兼脱衣所なんで、ここで着替えてください。あ、顔を洗いたかったらどうぞ。タオルもあります」


 そう言ってカケルくんは服を二着持って来た。

 ワイシャツとTシャツ。広げてみるとどっちも白い。どっちも大きい。

 ってゆーかこれ、カケルくんが着るにしても大きくない? さっき肩貸し合って歩いた時も、そんなに身長差感じなかったし……

 ウチ今一五二センチだけど、多分十センチくらいしか違わなさそうだし。

 これ、誰が着てる服なんだろう?


 鏡を見たら、カケルくんほどでなかったけど、ウチの顔も埃っぽかった。

 ばしゃばしゃと顔を洗って、ついでに手や腕にも水を流す。水は気持ちいい冷たさで、暑かったのもさっぱりした。

 用意されていたタオルは真っ白でふわふわだった。


 洗顔フォームは男物しか出てなかったけど、タオルとかシャツとか、男の人の一人暮らしとは思えないような準備のよさだよね。

 ってか、カケルくんは一人暮らしでないのかな。ここ、他に家族とかも住んでるのかなぁ? でもこんなとこに?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

cont_access.php?citi_cont_id=574155401&s ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ