#02 行き倒れとウチ。 #2
行き倒れくんの態度は、どうもはっきりしない。
やっぱ怪しいかも。ってゆーかこの人、服も汚かったし。
家って言ったけど、ほんとはお金なくて倉庫にこっそり住んでるとかで……それならありそう。あれかな、ホームレスとかいう人。
仕事失敗したりして、お家も取られちゃって……んで、今は若い人でもホームレスになる、って、こないだニュースでやってたし。
でもさぁ、この町でホームレスやってんの?
だったら夏はまだいいけど、冬はやばいよ。マジ死んじゃうよ。本州のあったかいとこならいけるかもわかんないけどさぁ、ここは雪とかハンパなく積もるんだからさ。
ママさんダンプもジョンバもなかったら、倉庫にだってあっという間に入れなくなっちゃうよ?
ウチが勝手に想像していると、困ったような声がまた足元から聞こえて来た。
「――で、ねえ、聞いてます? 後でお返ししますから」
ごめん、全然聞いてなかった。
「やー、そんな無理しなくてもさぁ? ウチだって少しくらいならお年玉残ってるし、あげられるよ?」
行き倒れくんに笑顔を向ける。だって、困ってる人には親切にしなさい、っていつも言われてるし。
漫画のまとめ買いしようって考えてたけど、いくら残ってたっけなぁ……
「やっぱり勘違いしてる。だから、ただ単に三日徹夜してなんも食ってなかっただけですってば」
行き倒れくんは憮然としてる。しゃごんでんのが大変だったのか、胡坐に変わってた。
「はぁ? ただ単にって――三日も? 逆にそれ、すごくない? ウチだったら絶対お腹減ってなんか食べるよ。どーゆーこと?」
「あなたには関係ないじゃないですか――そんなことより、何か、食べ物。ないんですか?」
そう言って、行き倒れくんは腕組みした。声の感じ、イライラして来てるみたいだよね。
お腹が減ると怒りっぽくなるってのは聞いたことあるし、ウチもイライラしちゃうことあるけどさぁ……でもそれ、人に物を頼む態度でないっしょ。
でも口には出さずに、ウチはバッグの底を探った。出て来たものは、さっきコンビニで買った小さなメロンパンと、塾の休み時間に開けた食べ掛けのプレッツェル。あとはガムだけど……ガムは論外。
悩みながら行き倒れくんにメロンパンとプレッツェルを渡すと、呆然とされた。
「……喉渇きそうな物ばっかり」
したからレモンティーがあったんでしょうが。
「文句言うなら食べなきゃいいしょや」
「文句なんて言ってません」
ウチに取られると思ったのか、行き倒れくんは慌てて食べ始めた――のはいいけど、やっぱり食べづらそう。メロンパンにむせてる。
ちょっと悪い気がして来る。
何か飲み物……でもこの辺自動販売機もないよね。
「あ、そうだ。あんたん家から水汲んでくればいいしょ。ウチ行って来てあげるよ」
「あ、あぁ……そうですね。玄関脇に水道の蛇口がありますから――お願いできますか?」
コホッと咳き込みながら、行き倒れくんが小さくうなずいた。
「おっけーおっけー」
ウチは空のペットボトルを掴んで倉庫に走る。
蛇口は火傷するくらい熱くてちょっとしか触れなかった。ハンカチを当てて三角形のハンドルを回す。
最初に出て来たのも熱湯だったけど、少し流している間に水も蛇口も冷えて来た。ハンドルにも水を掛けて冷やす。
敷地内には小さな畑があった。支柱が立ててあって、トマトやキュウリがなっていた。トマトは真っ赤に熟してる。美味しそう。
その向こうにはヒマワリとコスモスも咲いている。倉庫の壁際には屋根からネットが吊るしてあって、朝顔の葉っぱが絡んでいるのも見える。
どこかから、シンナーのような塗料のような、揮発性の臭いが漂っている。どっかで嗅いだことがある臭いなんだけど、なんだったかなぁ。ペンキじゃなさそうだけど……
「ひょっとして、倉庫じゃなくて工場だったのかなぁ?」
でも屋根の塗装は随分塗り直してなくてまだらになってるし、なにしろ倉庫そのものだし、およそ人が住む場所には思えない。
水が通ってるし、行き倒れくんがここに住んでるっぽいのはほんとらしいけど。
う~ん、めっちゃ気になるぅ。
でも覗いてみたい誘惑に負けなかった。誰か誉めてくれてもいいんだけど。
「はい、水」
手渡すなり、行き倒れくんは無言でごくごく飲みだす。ウチはまたしゃごんで頬杖ついて、その様子を眺めた。
これはもっかい水汲んで来なきゃないかもね。
「あんたさぁ。名前、なんていうの?」
「――別に不審人物じゃないですよ」
半分くらい一気に飲んでからひと息ついて、行き倒れくんはそう言うと、ぐい、と手の甲で口をぬぐう。
埃っぽい顔が、口の周りだけまだらになった。肌色になった辺りは、まばらに短い無精ひげが見えている。
「んなこと言ってないっしょ。『あんた』じゃ呼びにくいからさぁ」と苦笑した。
「――山本、カケルです。っていうか、普通は訊く方から名乗るのが礼儀なんじゃないですか?」と、不機嫌そうな声が返って来る。
メロンパンをもぐもぐしながら手の甲を見て、自分がどんな状態なのか気付いたみたい。チョロチョロと少しずつ、手の甲に水を掛けて反対の手の甲でまたぬぐってみている。
両手がまだらになって、薄汚れた水がポタポタ地面に落ちた。
「え? そうなの? そんなん学校で習ってないよぉ……んじゃあウチ、釘宮香織。よろしく、カケルくん」
ウチがにこっと笑ってみせたのに、カケルくんは何故かムッとした表情になった。
「くん……? 年上の人に対してはくんではなく――」
「もーめんどくさいなあー。いいしょやーそんくらい。ってかウチ、恩人なんだからね! お・ん・じ・ん!」
膨れながら文句を言うと、カケルくんは途端にしゅんとした。
「あ……言い過ぎた? ごめん。でも男の人にさんづけとか、なんかね、あんまし言わないしょ」
「あぁ……そうですね。あなたくらいの年齢なら」
カケルくんは、それで納得してくれたみたい。
「じゃあくんでいいです。ときに釘宮さん――」
「香織でいいよ?」と、ウチは改めてにっこりしてみせた。
「じゃあ香織さん……その、見えてますよ、さっきから」
「え゛! ば、莫迦っ! そーゆーのは名前よか前に教えてよね!」
ウチが慌てて立ち上がったのに、指摘したカケルくんはしらっとした顔で平然としてた。
「あぁ――わざとなのかな、と。たまにそういう女子がいるもので」
「はあ? 信じらんないしんじらんない! あんたサイテー!」
JCのぱんつを見たっていうのに、全然慌ててもないで……しかも『たまに』ってなに? 他にも女子を何人も知ってるみたいな。余裕かましてんの?
ニヤニヤされるのも嫌だけど、全然照れたりしないのも、なんか腹立つしょや。
「別に……子どものパンツのひとつやふたつ、見えたところでなんもないんですけどね」
なんなのこの人。
「ちょーサイテー!」
ウチは頭に血が上ってしまって、そのまま走り去っ――
ずしゃっ
「いったああああっ!」
「――あぁ、そんなヒールで走ったりするから……」
カケルくんの呆れたような声が聞こえた。




