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#10 カケルくんとタイラ先生。 #2

 * * *  * * *



 それからしばらくは、家だけで化粧(メイク)の練習をした。

 やっぱあんな風に言われたら悔しいしょや。

 アイラインが一番苦手でどうしても太くなるから、タイプが違うのも色々試してみたりして。

 でもちゃんと勉強はしてる。メイクは休憩時間だけって自分で決めたし。


 コツを覚えて、目元に時間掛けるようにしてみた。だいぶ上手くできるようになってから、早起きしてナチュラルメイクをして、講習に向かった。

 今日はタイラ先生だけでなく、他の先生も目を丸くしてた。

 服装も毎日頑張って考えてるし、前よか大人っぽく見えてるかなぁ。



「トサカ先生、漢字の練習ってどうやったらいいですかぁ?」


 タイラ先生もいるところで、あえてトサカ先生に話し掛ける。タイラ先生だったら、またてきとーにされそうだったから、他の先生の反応が知りたかった。


「とにかく書いて覚えるのが一番だけどなぁ。語呂合わせで覚えられるならそれもいいけど」

 年号覚えたりするのも語呂合わせだよね。()()になりそう。

「他にも何か方法ありますか? 似たような字だと間違えちゃったりするんですけど……」


 いくつかアドバイスをもらって、最後に「ってかウチ、今日はメイクして来たんですけど、いつもと違ったりしますか?」と訊いてみる。


「あぁ、それで雰囲気が違ったのか。急に大人っぽくなったからどうしたのかと思ったよ」とトサカ先生は笑った。

「ウチ、大人っぽいですか? やったぁ」

 トサカ先生はお世辞とか言わない人だから、悪いとこ指摘される時はキツイけど、いいことしか言ってくれないタイラ先生よかは信じられる。


「いつもよりはね……でも『ウチ』って言ってる間はまだ子どもだなぁ」

 トサカ先生は結婚してて二歳の女の子がいるパパさんだから、ウチにもパパみたいなことを言う。


「そんなに急いで大人になる必要はないんだよ」



 トサカ先生と喋ってる間、タイラ先生はずっと聞いていたと思う。

 最近お気に入りっぽい髪の長い子がウチと一緒にいたから、ってのもあるんだろうけど……まだ少しはウチのこと気にしてるかな。どう思ったろう。

 あとでちょっとだけ訊いてみようかな……



 * * *



「懲りないですね、あなたも」って、ドアを開けた途端に言われた。

 でもウチの顔を見た途端、目を丸くしていた。

 どう? こないだより上手くメイクできてると思うんだよ。


()()()でなくて香織だよ。名前で呼んでよカケルくん」

「香織さん……あなた受験生ですよね?」

 ウチがにこって笑顔向けたのに、カケルくんは、なしてか困ったような顔。


「そうだけど。受験生が絵のモデルやっちゃ駄目?」

 口を尖らせて、心もち上目遣いで見つめる。

「勉強しましょうよ」

 これ、ママやパパにはよく効くんだけど、カケルくんには効かないのかなぁ……ため息つかれちゃった。


「……今日はこんな服なんだけど」と、スカートをちょっとつまんで見せる。

 今日はフリルレースが付いているキャミソールに、ショート丈の半袖カーディガン。それから、丈が長めでふわっとしたギャザースカート。

 ほんとは膝丈か膝上が好きなんだけど、膝下丈の方が大人っぽいって雑誌に書いてあったし。


「ん~……これはこれでいいですけど、立ち姿の方が絵になりそうですね」とカケルくんは顎に手を当てながら言った。

 そういえば、セリカさんの絵もウチがモデルになってからもずっと、座ってるポーズを描いてたんだっけ。


 カケルくんの好きな服装がわかって来たと思ったのに、外したかなぁ。先生たちにも大人っぽいって誉められたし、イケてると思ったんだけどなぁ。


「したらワイシャツにする? なんかカケルくんあれ好きそうだったし」

「好きなわけじゃありません」と、カケルくんはムッとする。

「えー、したって照れてたっしょや」

「照れてません――着替えはお好きにどうぞ。洗濯してあります」


「なして洗濯?」

「他のモデルさんが着用しましたので」

「あ、そういう時に洗濯するんだぁ」

「香織さんじゃないですけど、メイクなさるモデルさんもいらっしゃいますから。ファンデーションなど付いていたら、次に着るかたが不快に思うでしょう?」


 なるほどね。


 ウチが好き勝手に洗面所や作業部屋に行っても、もう文句を言われなかった。おやつをキッチンの冷蔵庫に入れたりもした。

 ただ、一番奥の部屋だけはまだ行ったことがない。多分そこはカケルくんの私室だと思う。



 結局、「折角だから」そのまま立ち姿を描くことになった。

 やってみてわかったけど、立ってる方がキツいかも。楽な姿勢にしてくれたらしいけど、時間が経つと段々ぐらぐらして来る。



「カケルくんはさぁ、絵を描いて暮らしてるの?」と、口だけ動かして質問する。


「まぁ、そういうことになりますね」

 シャシャッと、鉛筆が擦れる音が聞こえる。


「絵って売れる?」

「……いえ」

「あ、そうなんだ。したら他にバイトとか?」

「……」


「仕事、してないの?」

「今はそうですね。絵を描いて、色んな――コンテストのようなものに出品して、買い手がつくのを待つ、というか」

 言われてみれば、ウチがここに来るようになってから、毎日同じようなカッコで絵を描いてるとこしか見てない。


「どうやってごはん食べてるの? モデルさんも時給っしょ? ってか、ここだって借りてるんでない?」

「……まぁ、色々と。いいじゃないですか、そんなこと別に」

 ふぅ、とカケルくんがため息をつく。同時にアラームが鳴った。



 カーデはやっぱ脱ぐことにした。ここ、エアコンないから暑いし。


「知ってる? 仕事してない人のこと、ニートって言うんだって」

「俺はニートじゃないですよ」

 肩をほぐしながらウチが言うと、またムッとされた。


「ウチね、頭いくないし勉強も好きくないから、家政科か農高に行くかも知れなかったの」

 うちわを借りて、汗ばんだ首元を仰ぐ。

「学力とは別に、家政科は楽しそうじゃないですか」

「ウチ、裁縫も料理もそんなに好きくなくて」

「一体なんなら好きなんです?」

「まだわかんないよ」



 将来なんて、全然想像できないし。


 ピッとタイマーをセットする音が響く。


「いずれ、自分の道を決めなければいけない時が来るんですよ」

「カケルくんも?」

 ポーズを付けられながら問う。


「……そうですね」


 後ろ髪に、カケルくんのため息が掛かった。



「ひょっとして、就職とか考えてるの?」

「まぁ、食っていかなきゃいけないですから――秋に二次試験があるらしいです」と言いながら、カケルくんはまたスケッチブックに向かう。


「絵描きさんになる夢は?」

 ウチは熱い視線を受け止める。


「三十歳まで、と決めていましたから」

「何を?」


「……好きに生きることを」


 手が止まった。視線が左上に外れる――遠くを見るように。


「俺にも親がいますからね、成人済みとはいえ、いつまでもフラフラしてると心配するでしょう。だから三十歳までは絵を中心にして生きる、それまでに芽が出なかったら就職する――そういう約束なんです」


 見ているのが過去か未来かはわからないけど、カケルくんの人生は、ウチが思ってたほど好き勝手で気楽ではなさそうだった。


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