#10 カケルくんとタイラ先生。 #2
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それからしばらくは、家だけで化粧の練習をした。
やっぱあんな風に言われたら悔しいしょや。
アイラインが一番苦手でどうしても太くなるから、タイプが違うのも色々試してみたりして。
でもちゃんと勉強はしてる。メイクは休憩時間だけって自分で決めたし。
コツを覚えて、目元に時間掛けるようにしてみた。だいぶ上手くできるようになってから、早起きしてナチュラルメイクをして、講習に向かった。
今日はタイラ先生だけでなく、他の先生も目を丸くしてた。
服装も毎日頑張って考えてるし、前よか大人っぽく見えてるかなぁ。
「トサカ先生、漢字の練習ってどうやったらいいですかぁ?」
タイラ先生もいるところで、あえてトサカ先生に話し掛ける。タイラ先生だったら、またてきとーにされそうだったから、他の先生の反応が知りたかった。
「とにかく書いて覚えるのが一番だけどなぁ。語呂合わせで覚えられるならそれもいいけど」
年号覚えたりするのも語呂合わせだよね。わやになりそう。
「他にも何か方法ありますか? 似たような字だと間違えちゃったりするんですけど……」
いくつかアドバイスをもらって、最後に「ってかウチ、今日はメイクして来たんですけど、いつもと違ったりしますか?」と訊いてみる。
「あぁ、それで雰囲気が違ったのか。急に大人っぽくなったからどうしたのかと思ったよ」とトサカ先生は笑った。
「ウチ、大人っぽいですか? やったぁ」
トサカ先生はお世辞とか言わない人だから、悪いとこ指摘される時はキツイけど、いいことしか言ってくれないタイラ先生よかは信じられる。
「いつもよりはね……でも『ウチ』って言ってる間はまだ子どもだなぁ」
トサカ先生は結婚してて二歳の女の子がいるパパさんだから、ウチにもパパみたいなことを言う。
「そんなに急いで大人になる必要はないんだよ」
トサカ先生と喋ってる間、タイラ先生はずっと聞いていたと思う。
最近お気に入りっぽい髪の長い子がウチと一緒にいたから、ってのもあるんだろうけど……まだ少しはウチのこと気にしてるかな。どう思ったろう。
あとでちょっとだけ訊いてみようかな……
* * *
「懲りないですね、あなたも」って、ドアを開けた途端に言われた。
でもウチの顔を見た途端、目を丸くしていた。
どう? こないだより上手くメイクできてると思うんだよ。
「あなたでなくて香織だよ。名前で呼んでよカケルくん」
「香織さん……あなた受験生ですよね?」
ウチがにこって笑顔向けたのに、カケルくんは、なしてか困ったような顔。
「そうだけど。受験生が絵のモデルやっちゃ駄目?」
口を尖らせて、心もち上目遣いで見つめる。
「勉強しましょうよ」
これ、ママやパパにはよく効くんだけど、カケルくんには効かないのかなぁ……ため息つかれちゃった。
「……今日はこんな服なんだけど」と、スカートをちょっとつまんで見せる。
今日はフリルレースが付いているキャミソールに、ショート丈の半袖カーディガン。それから、丈が長めでふわっとしたギャザースカート。
ほんとは膝丈か膝上が好きなんだけど、膝下丈の方が大人っぽいって雑誌に書いてあったし。
「ん~……これはこれでいいですけど、立ち姿の方が絵になりそうですね」とカケルくんは顎に手を当てながら言った。
そういえば、セリカさんの絵もウチがモデルになってからもずっと、座ってるポーズを描いてたんだっけ。
カケルくんの好きな服装がわかって来たと思ったのに、外したかなぁ。先生たちにも大人っぽいって誉められたし、イケてると思ったんだけどなぁ。
「したらワイシャツにする? なんかカケルくんあれ好きそうだったし」
「好きなわけじゃありません」と、カケルくんはムッとする。
「えー、したって照れてたっしょや」
「照れてません――着替えはお好きにどうぞ。洗濯してあります」
「なして洗濯?」
「他のモデルさんが着用しましたので」
「あ、そういう時に洗濯するんだぁ」
「香織さんじゃないですけど、メイクなさるモデルさんもいらっしゃいますから。ファンデーションなど付いていたら、次に着るかたが不快に思うでしょう?」
なるほどね。
ウチが好き勝手に洗面所や作業部屋に行っても、もう文句を言われなかった。おやつをキッチンの冷蔵庫に入れたりもした。
ただ、一番奥の部屋だけはまだ行ったことがない。多分そこはカケルくんの私室だと思う。
結局、「折角だから」そのまま立ち姿を描くことになった。
やってみてわかったけど、立ってる方がキツいかも。楽な姿勢にしてくれたらしいけど、時間が経つと段々ぐらぐらして来る。
「カケルくんはさぁ、絵を描いて暮らしてるの?」と、口だけ動かして質問する。
「まぁ、そういうことになりますね」
シャシャッと、鉛筆が擦れる音が聞こえる。
「絵って売れる?」
「……いえ」
「あ、そうなんだ。したら他にバイトとか?」
「……」
「仕事、してないの?」
「今はそうですね。絵を描いて、色んな――コンテストのようなものに出品して、買い手がつくのを待つ、というか」
言われてみれば、ウチがここに来るようになってから、毎日同じようなカッコで絵を描いてるとこしか見てない。
「どうやってごはん食べてるの? モデルさんも時給っしょ? ってか、ここだって借りてるんでない?」
「……まぁ、色々と。いいじゃないですか、そんなこと別に」
ふぅ、とカケルくんがため息をつく。同時にアラームが鳴った。
カーデはやっぱ脱ぐことにした。ここ、エアコンないから暑いし。
「知ってる? 仕事してない人のこと、ニートって言うんだって」
「俺はニートじゃないですよ」
肩をほぐしながらウチが言うと、またムッとされた。
「ウチね、頭いくないし勉強も好きくないから、家政科か農高に行くかも知れなかったの」
うちわを借りて、汗ばんだ首元を仰ぐ。
「学力とは別に、家政科は楽しそうじゃないですか」
「ウチ、裁縫も料理もそんなに好きくなくて」
「一体なんなら好きなんです?」
「まだわかんないよ」
将来なんて、全然想像できないし。
ピッとタイマーをセットする音が響く。
「いずれ、自分の道を決めなければいけない時が来るんですよ」
「カケルくんも?」
ポーズを付けられながら問う。
「……そうですね」
後ろ髪に、カケルくんのため息が掛かった。
「ひょっとして、就職とか考えてるの?」
「まぁ、食っていかなきゃいけないですから――秋に二次試験があるらしいです」と言いながら、カケルくんはまたスケッチブックに向かう。
「絵描きさんになる夢は?」
ウチは熱い視線を受け止める。
「三十歳まで、と決めていましたから」
「何を?」
「……好きに生きることを」
手が止まった。視線が左上に外れる――遠くを見るように。
「俺にも親がいますからね、成人済みとはいえ、いつまでもフラフラしてると心配するでしょう。だから三十歳までは絵を中心にして生きる、それまでに芽が出なかったら就職する――そういう約束なんです」
見ているのが過去か未来かはわからないけど、カケルくんの人生は、ウチが思ってたほど好き勝手で気楽ではなさそうだった。




